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マイルド慶應卒/韓国人

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マイルド慶應卒/韓国人

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兄として-1

私には精神障害者の妹がいる。 そんな妹と兄である私をテーマにしてエッセイを書きたい。自分の属性を押し出して何かを語ることを研究以外であんまりしないんだけど、今日は少し踏ん張って文章にしたいと思う。 今までこういった文章を書きたいと思ったことは何度かあって、割と繊細かつヘビーな内容だから、私と家族についてあまり知らない人の目にも留まるnoteで書くのは躊躇ってたんだけど、ある記事を読んで自分の考えや経験を言語化してみようと思った。 兄として-1  6歳の頃、妹ができた。

    • Pastorale

       社会人生活も二年が経とうとしている。  一応この仕事を続けている内は年に1度くらいは振り返ろうと思う。相変わらずドタバタとした毎日を過ごしている。  私の今年度の大きなテーマは「縦の旅行」だったように思う。カズオイシグロの言葉であるが、私も似たようなことを学生時代の頃からずっと言っていた。ものすごく簡素に言えば似た人とばかりつるんでないで(横の旅行)、社会的背景も人間性も思想宗教も違う人と出会うべきだ(縦の旅行)という話である。自分のことをインテリゲンツィヤだとは思わない

      • 私は風になりたかった 頬を伝った風が私に春を知らせてくれた 私は朝になりたかった はにかんだ光が夜を押しのけ、私に生活と循環を与えた 私は海になりたかった 喜びの海に一粒の涙が溶けていった 私は鏡になりたかった 昨日の誰かの苦しみが今日の私を生かしている 私は星になりたかった 種に水が必要なように 蝋燭の火を吹き消す子供のように いつかは帰ってくるような いつまでも傍に居るような 私は時計になりたかった くるりとまわって、もう一度まわって そして戦争が終わる、そして

        • 潮風

           2023年も23歳もそろそろ終わるらしく、本厄もやっと過ぎ行くらしく、また色々と変わっていくらしく、つらつらと書いていこうと思う。  社会人2年目はあっという間だったし、すごく長くもあった、これ毎年言ってる気がする。体感5年くらいは経った。社会人になってまだ1年半と少しのような気は全くしないし、飲みの席でも5年分くらいの土産話がある。  何もわからないまま社会人という仮面を被らされたのが去年の春、そして相変わらずまだ何もわからないまま店長という職階になったのが今年の春。

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        兄として-1

          三叉路-5

          前話:すれ違う人の中で-4  8月、九州の片田舎、盆で父親の実家に来ていた。まさか社会人になってこんなに家族と過ごすことになるとは思わなかった。  元々行くつもりはなかったが、親父と妹が来れなくなり、盆休みだった俺が着いていくことになった、長男に拒否権はない。会社のバーベキューやら何やらを体よく断れるのはラッキーだった。  久しぶりの実家はカンカンに日差しが照りつけていて、田んぼを挟んだ向こうの家の輪郭が蜃気楼でぐわんぐわんと揺れていた。まぁそれでも東京特有の嫌な湿気がな

          三叉路-5

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          カスハラ、カスハラカスハラ、カスタマーハラスメント、もはやカスタマーじゃなくてカス、カスがやるハラスメントだからカスハラ! 上司とか本部を巻き込むくらいのカスハラ案件は社会人になって3人目だと記憶してるけど、どんな人よりも今までで1番キツい、私が休暇中に初期対応した20年来のベテラン代行者が泣いちゃうくらいだもん、ほんまにイカつい奴! こっちのミスが発端なのでそちらに関しては誠心誠意対応させて貰ったけど、これ以上何も出来ない自店に対して理詰めというか論点すり替えてひたすらこち

          生きる

          ほこりを被った宝物 ひとくみの便箋と万年筆 夜空から生まれた言葉たちが 星屑のように降り注ぐ それは貴方の頭上で弾けて さらさらと海に溶けていく 遠くで誰かの声がする ささやきのような、細波のような 遠くで貴方の声がする ゆらめきのような、夕凪のような 泣けるということ 生きているということ 産声を上げたように そんな日々の向こうに 朝の音色は戻らない 朝の音色は帰らない 今までとても窮屈だったのね 貴方の左目がこちらに語りかける 知らない振りをしていたのでしょう 貴

          生きる

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          来期の計画を立てているけど、簡単に言うとお店に利益を残すために社員を1人異動させなくちゃいけない。紙1枚の辞令をポンと渡すのではなくて、家庭やプライベートを鑑みて私が直接言い渡さないといけない、心が苦しい。ここで私がほっといたとして、私が異動した後に来る店長もほっとくんだろうけど、そしたら間違いなく3年以内にこの店はスクラップされる、そしたら元も子もない。全員の居場所を守るのが私の仕事。仕事はたしかにお金を貰うためにやることではあるんだけど、往々にして人生の中で長い時間を過ご

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          前の店舗ですごくお世話になった準社員の方の正社員登用の面接練習をしてるんだけど、すごくすごく頑張ってる人が、そのお店に無くてはならない存在の人が、面接とかみたいな一瞬の切り取りが苦手なだけで軽んじられて欲しくないなと思うし、別にその能力がちょっと足りないだけで自分を卑下しないで欲しいと思うし、だから「アタシは〇〇さんみたいに素早く売場回れたり服たためたりしないんですよ、だからこういうのくらいは私みたいな口だけのヤツに頼ればいいんですよ」と言うし、そうやって出来ないところを互い

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          うちの会社の店舗には必ず障害者の従業員がいて、たまにそのスタッフさんと休憩中とかに話すんだけど、キャメルのタバコを吸ってたり、休日はバイハのゲームやったり、ボーリングが好きでよく弟と行ったりみたいな、そんな他愛も無い話ばっかりしてるんだけど、その人が私に話しかけるときはいつもすごく嬉しそうで、なんだか親に褒めて貰いたい子供みたいな感じというか、これは妹と話してるときに割と感じることなんだけど、やっぱりそういうコミュニケーションが産まれるのって当人がかなりリラックス出来ているっ

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          社員さんから家族の話をされることが増えてきて、店長が子供の頃は学校来ない子とかいましたかー?って聞かれて、小学校の同級生が不登校だったんですけど、一緒にゲームとかしたりギターとか教えてもらったりしてましたねーって話して、まぁ私は学校行ってたんですけど、全然そいつ人生楽しそうで、学校に行ったか行ってないかとかじゃやっぱなんも変わらんっすね〜って言ったら、主婦さんの表情がすこし柔らかくなった気もして、まぁ私も色々と知ってるからそういう風なことを何も知らないふりをして言ったんだけ

          cubisme

           お久しぶりです、つらつらと。  ひどく端的に言ってしまえば、自分がやりたいことが今更ながら分かってきたというか。  原体験という言葉がある、西田幾多郎とかボードレールのような小難しい話をしたいわけではなく。そういえばこの前ハモネプみてたら西田幾多郎が出てきた、びっくりしたけどそれは一旦いいとして。  ふと自分の人生を振り返ったときに思い起こす瞬間は色々あるんだけど、ざっと三つなのかなと思う。一つ目は5歳くらいの春の夜、家のベランダであぐらをかいて、トンカチを持って母親

          cubisme

          東京

          煙に満たされた喫茶店で 私は珈琲、あなたはチーズケーキ 雨の渋谷駅は水の音がうるさい 濡れたアスファルトで交差する足跡 孤独は一人のときではなくて 誰かといるときに感じるものよ あなたが言う 思い出せない知り合い、忙しそうな友人 無理をして弾いたピアノ、流し込んだビール 18歳、あの頃、時間だけが流れて 愛をためらって、恋にわずらって 青く描いた夢を今では思い出せないの あの頃は何にでもなれる気がしていた あの頃なら何にでもなれたような気がする 結局は勝ちもせず、負けも

          東京

          somehow_

           私は実際のところ結構つまらない人間だし、普通の人間だと思う。高校生になったあたりから、自分の人生が本来の姿よりも輝かしすぎるというか、眩しすぎるもののような気がしてならなくて、見合ってないような気がしてならなくて、かなり荷が重い。自分に期待して生きてきたせいで、自分に何か人と変わっている姿を求め続けて生きてきたせいで、もう今はそれが普通になってしまったんだけど、そうじゃなかった頃の自分に戻れなくなってしまった、でも本当の私はすごく平凡な、なんも面白いところがないそういう人間

          somehow_

          笑いとは傷である

           まぁ似たような話を以前にもnoteでしたことがあるんだけど、今回は笑いに力点を置いて書いてみようと思う。 (note:優しさとは知識である|ps)  笑いとは傷そのものである。これは私が酔っ払ったらよく言っていることだ。  人は事象に対して常に何かイメージを持っている。それは日常生活では非常に有用で、ある枠組みやパターンで何かを分類化することで、スッキリとわかりやすくそれを認識できる。  例えば、今まで出会ってきた人間や物事に対して、「こういうタイプの見た目の人はこういう

          笑いとは傷である

          ガス灯

           東京にいたはずだ。  知らぬ間に迷い込んだ細い裏通りを抜けると、異国を思わせる赤レンガの住宅街に出てしまった。同じ設計のマンションが横並びでびっしりと建っている。どの窓にも灯りはついていない。  私は長い坂の真ん中に出たようだ、怖いほど統制の取れた住宅街が下に下にと続いている。  現代ではめっきり見なくなったガス灯がゆらゆらと揺れている、長い坂道は終わりが見えない。  夜遅くでもなかったはずなのに通りには誰も居ない。ここはどこだろう。すこし怖くなって後ろを振り返ると、い

          ガス灯