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循環型農業へのこだわりを共感してくれる消費者に伝える

いわて ひろファーム  関口農園 関口泰史さんプロフィール

二戸市で代々続く農家の後継ぎとして活躍する関口さんは、稲作とじゃがいも栽培と葉タバコ栽培に取り組んでいる。何代目か質問したところ、もう何代続いているのかわからないほど昔からこの地で農業をしているそうだ。
幼い頃からいつかは農家を継ぐことを意識していた関口さん。大学を卒業してから一度就職して15年ほど会社員として働いた後、脱サラして家業を継いだ。就職したのはスーパーの精肉店。すぐに家業を継がず就職したことには理由がある。
「ほとんどの農家は作って販売は農協に任せています。それでは、農作物の単価が上げられないので、小売、販売の勉強もした方が良いと思って社会勉強も兼ねて就職しました」
関口さんは農家として作物を作るだけでなく、それぞれ違った農作物を作る4人の農家とともに「いわてひろファーム」という生産者グループを結成し、ECサイトでの農作物の販売にも力を入れている。

手間がかかっても循環型農業の実戦で安心と持続可能な農業を。

お米は「いわてっこ」という品種を作っている。「いわてっこ」は「ひとめぼれ」と「東北141号(こころまち」を交配して生育された、岩手県オリジナルの品種である。田んぼで化学肥料を使わない栽培にこだわり、発酵鶏糞の堆肥を使っている。

関口さんの田んぼ

二戸地域はブロイラー(肉鶏)が盛んな地域であり、発酵堆肥の材料として鶏糞がたくさんあったそうだ。発酵鶏糞を使った堆肥を使ったお米が欲しいというニーズがあり、地元のJAや農業改良普及センターなど各機関が研究して地域で発酵鶏糞堆肥を使った稲作に取り組んだ。当時はこうした技術を知らなかった関口さんだったが、実際にやってみたら良かったので、今もその栽培方法で稲作に取り組んでいる。

発酵鶏糞を使った堆肥
散布前


安全で良いものが栽培できる一方、発酵鶏糞堆肥には課題もあった。初期生育が悪く、雑草の対策が大変で元の肥料に戻る人も多かったそうだ。また、発酵鶏糞の供給元の地元の大手の養鶏会社がバイオマス発電で鶏糞を使うようになり供給量が少なくなり、鶏糞の価格が高くなってしまったそうだ。
関口さんは新たに鶏糞を提供してくれる養鶏所を探し、独自に仕入れて、現在も発酵鶏糞堆肥を使った稲作に取り組んでいる。今この栽培方法に取り組んでいるのはおそらく自分だけ、と関口さんは語る。なぜこうして手間暇がかかる農法にこだわるのかと尋ねると、関口さんは以下のように語った。
「お客様やインターネットで購入した方々の口コミなども好評であり、他の誰もやっていないということで差別化を図ることもできます。手間がかかっても、価値を感じてもらって購入してもらえることに手応えを感じています」

いわてっこの精米玄米セット

関口さんがこの農法にこだわる理由は他にもある。この地域で農業を持続可能な生業にしていくための、循環型農業の実践である。現在、化学肥料の多くは輸入に頼っている。昨今のように輸入肥料が高騰すると、出来上がるものは同じでも生産コストも高騰し、収支的にも見合わなくなり継続的に栽培できない農家も生まれている。しかし、当初から多少同じ地域の他の生産者よりも高くても、地域のものを使っていれば、社会情勢の影響をあまり受けずに生産・提供ができるため、他の生産者よりも高い単価になっても、その費用で購入してくれる消費者がいる。結果として、価格変動が受けにくく、またすでにその単価で購入してくれるファンが可視化できているため、安定した経営につながり、継続的な農業が可能になるという。

中山間地域ならではの農業 こだわりに共感してくれる消費者に伝える

関口さんの安心安全への取り組みは、肥料だけではない。極力農薬を減らして安全なものを提供したいという思いがあり、様々な取り組みを行なっている。1つ具体的な取り組みを紹介すると、通常種まきの前には農薬でお米(種籾)を消毒するのだが、関口さんは現在は農薬を使わないでお湯で消毒する「温湯消毒」の機械を導入して種籾を消毒している。
「温湯消毒」というのは、種籾をお湯に浸ける消毒方法だ。まずは60度のお湯に種籾を入れ、10分経ったら熱い種籾を出してすぐに冷水に入れなくてはならない。そうしないと、煮立って芽が出なくなってしまうからだ。それが終わると、今度は13度のお湯に1週間程度入れて種籾に水を浸透させて、次は32度にして1日半〜2日かけて芽出しをして、天日干しをしてからようやく種まきをすることができる。機械の大きさは決まっているため、一度に消毒できるのは8kgほどだという。関口さんの作付面積からすると、200kg分の種籾が必要なので、25回同じことを繰り返す。

温湯消毒
芽出し後のいわてっこ種子の天日干し

肥料にしても消毒にしてもとても手間がかかる。
「手間暇をかけているから良いということではありません。中には『米は米だからこんなに手間をかけなくても……』という意見を近隣の農業者からもらうこともあります。日本中の全ての方に納得するものを提供することはできません。何が良いとか悪いとかいうことではなく、このやり方・こだわりに共感して『美味しかった』と継続して購入してくださる方が一定層いれば十分です」

ひろファームでは農業へのこだわりを消費者へ伝えるために、栽培方法や美味しい食べ方などを紹介するリーフレットを作成し、購入者に発送する際に同封している。ECサイトに栽培のこだわりについて情報を載せているが、初めて購入する人の中にはこうした情報を見ずに購入する人もいる。多くは、すでに購入していた人の口コミをきっかけに購入することも多い。ただ米だけを食べても伝わらないので、リーフレットを同封し、思いを込めてこだわりを伝え、顔が見える農産物として買ってもらえると、口コミを書いてもらえたり、またリピート購入にもつながるという。

消費者目線で情報を伝える大切さは、スーパーでの経験も活かされている。
「スーパーではお肉を切って陳列していましたが、このお肉は何に使えるのか、どうすれば美味しいのかなどを料理提案をしながら販売することで精肉部門の売上が伸びました。今運営しているECサイトでも、じゃがいもであればメイクイーンは煮崩れしにくいので、おでんとかカレーなどに合うことを伝えるような説明を同封しています。食べ方も一緒に提案することで購入しやすくなると思います。この地域は中山間地域なので、大規模にできるところと違って作業効率は良くありません。売り方を工夫することが重要で、美味しいものをしっかりとお客様に食べてもらいながらファンを作るようにしています」

仲間を作り、年間を通じて消費者との関係性をつくる

いわてひろファームには、現在5人の農園が参画している。それぞれが得意とするお米、じゃがいも、りんごやきゅうり、にんにく等といった農産物を取り扱っている。当初、関口さんは自分の米とじゃがいもを販売していたが、米とじゃがいもだけでは年間を通じて消費者とつながりを持ち続けることが難しい。年間を通じてその時の二戸地域の旬な農産品を購入してもらえるように、周囲の農園に声をかけて今のネット販売型産直の形になっている。

関口さんは他にも地域の若い担い手を育成するために、県の農業農村指導士となり、新規就農者の研修の受入なども行なっている。
「私は現在51歳ですが、私より若い人が農業に一生懸命になっているなと感じています。これまでは団塊の世代が日本の農業を支えていましたが、もうリタイア寸前になっています。私たちの世代が中心にやっていかないと地域の農業は保てないと感じています。若い人たちの育成も、同じ地域であれば協力したいと思っています」

地域ぐるみでふるさと納税・地域のPRの強化に取り組むにのへシャドーズ
最後にこれからチャレンジしたいことについて伺うと、いわてひろファームとしては、グループ農園の1つが、黒にんにくの加工を始めたので、規格外商品のロスをなくしつつ安定した販売につながるように販路開拓に取り組むとのこと。

関口さんは、農産品だけでなく漆器やお菓子など二戸市の特産品を地域全体で盛り上げるための「にのへシャドーズ」という地域のファンクラブの活動にも力を入れている。二戸市の事業者をはじめ、様々な人が登録・参加しており、関口さんはその中でもふるさと納税に力を入れたいと話す。ふるさと納税を伸ばしている他県の視察研修に行ったり、売り方・見せ方の工夫について地域の人と検討している。
「二戸市のふるさと納税額は約1.2億円(令和4年実績)で、まだまだ伸ばせると思っています。地域の税収が増えると、いろいろなことに貢献できます。今後は産業を超えて地域で二戸市のPRができるように連携していきたいと思います」
今年の3月には市内の菓子メーカーなどとともにお米や蜂蜜、リンゴジュースなどの特産品の詰め合わせの販売を開始した。にのへシャドーズのフィクサーのフィギュアが入っているセットもある。
インタビューの最後に、関口さんは、農業者グループとして、二戸市を盛り上げるため影ながら応援する人として、これまでの小売等での経験も活かしながら、農業生産だけでなく、販路開拓・PRにこれからもチャレンジしていきたいと力強く語った。

にのへシャドーズ記者発表の様子


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