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~菅平へ忍び寄るコロナの影と同級生からの提案~

年が明けた2020年3月、歩は大学のラグビー部同期で、菅平で旅館業を営む友人Kから久しぶりの電話を受けた。
Kは菅平の旅館組合や全国旅館業青年部の役員を務めるなど、地域内外で精力的に活動しており、菅平の未来を担う若手のホープとして周囲から期待を集めている人物であった。
一方の歩は一聡とともに、ペットを軸とした不動産会社『ガシット』を立ち上げたばかり。保護ペットや災害支援に長く関わる中で身に付けた経験と知見を、ペットと暮らすうえで欠かせない『住』の部分に活かしていきたいと考え、よりよい豊かな生活スタイルを多くの人々に提案しようと作った会社で、業態を問わず色々なつながりと可能性を模索していた時期でもあった。

そんな近況報告をしていく中で、KやKの家族が菅平で所有する土地や建物を、もっと有効に活用できないかという話になった。
長年ラグビーの合宿で、ひときわ思い入れのある菅平。
その地に対して、自分の仕事が役立つことができるかもしれない。
歩はある種の高揚感を禁じえなかった。
Kとの電話を切った歩は、すぐに一聡にその内容を伝えた。
それからクルマのエンジンを点け菅平に向かうまで、さほどの時間はかからなかった。

世間は、中国で発生した新型コロナウィルスが蔓延しはじめ、SNSでは医療従事者に感謝の意を伝えようと、腕立て伏せをする動画で溢れていた。

Kに案内され、まだ根雪が残る菅平を見て回ると、冬の間は使われているが夏の時期には全く使われていないスキーハウスや、活用されていない空き地などが点在していた。
『空き地や使用されていない建物を有効活用して、何かできそう。』

というのが、初めて合宿シーズン以外で訪れた菅平の感想だった。

東京の事務所に帰り、菅平のことについて色々調べてみると、これまで30年近く夏の合宿シーズンにしか訪れてこなかった菅平の知らなかった部分がたくさん出てきた。

まず、菅平には夏の合宿シーズンである7月中旬から8月いっぱいまでの約1ヶ月半の期間に、800を超えるスポーツチーム、のべ約70万人が訪れること。
菅平の宿泊施設は、もともとレタス農家だった人々が畑をグラウンドに整備し、スポーツ合宿を誘致したのが始まりとされている。
したがって、チーム全員で寝食を共にすることを前提とするスポーツチームには、標高1300mの高原で冷房要らずの気候もあいまって、大部屋、大浴場、大食堂といった施設を有する旅館は好都合である。
また冬の菅平は降雪量こそ少ないものの、それ故に人工降雪機の整備が進んでいて、スキーシーズンに雪不足で悩まされることがない。さらに非常に寒冷な気温のため、降雪機で降らせた人工雪は溶けづらく、ゲレンデのコンディションを維持しやすい。
学校単位でのスキー合宿を検討する際、天候や降雪量に左右されず、数か月前からスケジュールを組める菅平は、ニーズにマッチする。
こうして、夏はスポーツチームの合宿地として、冬はスキー合宿や学校単位のスキー教室を受け入れる、一年に二度の繁忙期によって生計を立てる菅平独自のビジネスモデルが確立され、それに伴って、『ラグビー合宿の聖地』としてのブランドが出来上がっていった。

調査をする中で一聡と歩が注目したのが、70万人のうち約半数が、選手以外の父兄、OBやフアンであることだった。
菅平の宿泊施設が合宿用であることから、これらの人々はどこで宿泊しているのか。
周辺のペンションもあるにはあるが、とても30万人以上を受け入れることはできない。
調査を進めていくと、これらの人々は、長野市、上田市街、軽井沢などで宿を取り、目当てのゲームや練習を見るためにそこから毎日クルマで数十分から一時間以上かけて菅平に通うか、首都圏から日帰りを繰り返していることが判明した。

さらにこうした人々は、菅平でゲームや練習を見終わると、行くところがない。
菅平内にあるコンビニや飲食店はどこも長蛇の列。
ちいさな子ども連れやペット連れの人々は、さらに食事場所やトイレを探すのに苦労する。
午前中のゲーム観戦が終わり、午後の練習までに4時間ある。でもその間行く場所がないから仕方なくクルマの中で時間をつぶす・・・。これが菅平を訪れる30万人以上の現実だった。

数十年間にわたり菅平に通い続けていた一聡と歩の二人だったが、どちらかと言えば選手側、チーム側で関わってきたこともあり、こうした現実には気づかなかった、というより気にしていなかったというのが正直なところだった。

二人は、菅平で行き場所や時間をつぶせるような落ち着いた場所に困っている人々を『菅平難民』と名付け、こうした人々を救済するための仕掛けを、Kの遊休地を活用して作りたいと思うようになっていった。

もしそれが実現できたなら、WRCの直前に開催した『TOKYO RUGBY CLUB』や、WRCの会場周辺で見た、選手とフアン、年齢性別の垣根を超えたラグビーコミュニティの楽しい雰囲気が作れるのではないかと思った。


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