フライングパン屋【ウミネコ文庫応募/おはなし】

とある町がありました。町のひとびとは、まずまず楽しくすこやかにくらしておりました。というのも、町長さんが腕ききだったからです。腕ききとは、仕事がよくできるという意味です。
この町でくらすひとびとは、おいしい料理を作ったり食べたりするのが大好きなのでした。

町の商店街のいっかくに、できたばかりのお店がありました。大きなかんばんには「フライングパン屋」と書かれています。人びとはかんばんをみて首をひねりました。この店はフライパン屋なのか?それともパン屋なのか?
開店かいてんしょにち。店が開くのをおおぜいの人が待っていました。するとドアからご主人が出てきました。まるいおなかをエプロンで包み、コックのぼうしをかぶったご主人は、まわりの人たちに、にっこり笑いかけました
「みなさん、はじめまして。フライングパン屋、オープンでございます。私どもはこちらの商品をあつかっております」
ご主人が取り出したのは、中くらいの大きさのフライパンでした。ぜんたいは銀色で、のところは赤色です。町の人たちはすこしだけがっかりしました。ぴかぴかのきれいなフライパンでしたが、どうみても自分の家にあるのと同じような、ふつうのフライパンだったからです。

「ふつうのフライパンじゃないか。みなさんはそう考えていますね。たしかに見た目はそうです。しかし、ただのフライパンではありません。しょうこをみせましょう」
店の主人はドアを大きくあけて、お客をなかに入れました。店のなかにはたくさんのフライングパンがずらりとならんでいて、はしっこにガスコンロがありました。そばには大きなカゴに入った山盛やまもりのたまごがありました。その横には店員さんが立っていて、両手りょうてにお皿をかかえています。
「いまから、みなさんに料理を味わっていただきます。お代はとりません。まずは自分の舌で、なっとくすることがだいじですから」
お客はひとり一枚のお皿と、一本のフォークを持ってコンロのまわりに集まりました。ご主人はコンロの前に立ち、バターをひとさじフライングパンに入れました。そしてたまごをひとつ手に取って、かた手で割りました。

フライングパンにころがり出たたまごは、しゅっと小さな音をたて、こうばしいバターのにおいがあたりにただよいました。たちまちたまごの白身しろみはまぶしいほど白く、まんまるの黄身きみはひまわりのような黄色にかがやきました。
「ほいっ」
ご主人はかけ声とともにフライングパンをゆすりました。すると、たまごが空中にふんわり浮かんで、ひらりと白い花びらのようにかいてんし、すいーっすとんとお皿の上に着地ちゃくちしたのです。あっという間においしそうな目玉焼きができあがりました。
お客はフォークで白いところを食べてみました。そして、びっくりしたようにいいました。
「こんなにぷりぷりの、つるつるの、羽みたいにかるーい白身しろみは食べたことがない」
次に黄身きみをすくってみました。口に入れるとクリームのようにとろけて、口いっぱいにおいしい味が広がりました。お客はもぐもぐ口を動かしながら「こんなにたまごの味がぎゅっとつまった、あまいクリームみたいな黄身きみははじめてだ」といいました。まわりの人はそれをきいて、つばをごくりと飲みこみました。

ご主人はつぎつぎと焼いてゆきました。あたりはたちまち、おいしいおいしいと目玉焼きを食べているお客であふれました。それを見て、遠くからも新しいお客がやってきて、目玉焼きを食べました。山盛やまもりのたまごがぜんぶなくなったとき、店のご主人は汗をふきふきいいました。
「うちのフライングパンを使えばだれでも、羽のように軽くてひらひら飛ぶ目玉焼きをつくれます。どうですみなさん、なっとくしていただけましたか」
町の人たちは、われさきにフライングパンを買いました。自分の家でこの目玉焼きを食べることができたらどんなにいいだろうと思ったからです。フライングパンはふつうのフライパンの二倍の値段ねだんでしたが、どんどん売れていきました。あっという間にからっぽになったたなに、店員さんが「売り切れ」の紙をはりました。商品がまたたなに並ぶまで、買えなかったお客は待つことになりました。



さて。町長さんは、町の人に負けずおとらず食べることが大好きでしたので、腕のいいコックさんをやとっておりました。町長さんと奥さんは、コックさんの腕前うでまえにとても満足まんぞくしていて、食事の時間を楽しみにしていたのです。
ある日の夕食のことでした。奥さんは、自分のおっとが、考えごとをしているのに気がつきました。食後しょくごのコーヒーを飲みながら、奥さんはたずねました。
「あなた、元気がないわね。どうしたの?」
町長さんはいいました。
「フライングパンというものを知っているかい?」
「知ってるわ。だれでもとびきりの目玉焼きが焼ける、すごいフライパンでしょ?」
「フライングパンで焼いた目玉焼きを食べてみたいんだけどね。ひとつ大きな問題がある。うちのコックは町いちばんの腕ききだけど、そのコックが作る目玉焼きよりも、フライングパンの目玉焼きのほうがおいしかったら。こまってしまうかもしれない」
「どうしてこまるの?フライングパンがあれば、とびきりおいしい目玉焼きが食べられるのよ」
「ねえ、コックはいまの腕前うでまえになるまでに、きびしい修行しゅぎょうをつんでいるはずだ。朝から夜まで野菜を切ったり、肉をいためたり、クリームをあわだてたり。いろんな練習れんしゅうをがんばっただろう。それであんなに腕ききなんだ。でも、そういう練習れんしゅうをまったくしていない人でも、おなじくらいおいしい料理をかんたんに作る道具ができてしまったら……コックはがっかりするんじゃないかな」
奥さんはやっと、町長さんがなにを心配しているのかがわかりました。町長さんはコックさんの気持ちを考えて、フライングパンを買うことをまよっているのです。奥さんはすこし考えて、こういいました。
「そうかもしれない。でも、あなたはフライングパンで焼いた料理が食べたいのよね?わたしはね、あなたがコックに正直しょうじきにきもちを話して、相談そうだんしてみたほうがいいと思うの。だってプロの料理人りょうりにんは、しろうとの私たちと考えかたがちがうかもしれないでしょう。おもいきって相談そうだんしてごらんなさい」
そうきいて、町長さんはコックさんと話してみることにしました。こまったときはひとりでなやまずに、だれかに相談するほうが、いい結果になることを思いだしたからです。

次の日の昼すぎ、町長さんは仕事場しごとばから家にもどると台所に行きました。町長さんのすがたをみて、コックさんはおどろきました。
「おや、きょうは早いお帰りですね。おやつの準備はこれからですよ」
「うん、わかってる。じつは相談したいことがあるんだけど。話をしてもいいかな」
「もちろんですとも」
ふたりはテーブルのいすに座りました。町長さんはいいました。
「フライングパンというものを知っているかな?」
コックさんは首をふりました。
「あたらしいメニューを考えるのが、うまくいかなくて。あまり外に出ていなかったんです」
町長さんはフライングパンについて説明しました。説明をきいたコックさんは、急に立ちあがって、こうふんしながらいいました。
「すごい!そのフライなんとかを、ぜひ見てみたい」
「フライングパンだよ」
「なんとかパンはどこに行けば手に入りますか」
「フライングパンね、商店街に」
コックさんはエプロンをつけたまま台所から飛び出していきました。町長さんはびっくりしすぎてぼんやりし、こまったなあと思いました。
(フライングパンは売り切れと聞いたけど。買えなくてしょんぼり帰ってくるんじゃないだろうか)
心配しながら待っていますと、コックさんがニコニコしてもどって来ました。手に銀色のフライングパンを持っています。
「ちょうど、新しいのが店にとどいたところだったんですよ。さっそくためしてみましょう。なににしようか、やっぱり目玉焼きかな」
コックさんは冷蔵庫れいぞうこからたまごをふたつ取り出しました。フライングパンを火にかけ、バターをひとさじ入れると、たまごを割りいれます。こうばしい匂いとともに、まぶしい白のうえにふたつの黄色がならんでいる目玉焼きがあらわれました。コックさんがフライングパンをゆすると、ふんわり浮かんだ目玉焼きは、ひらりくるくるすいーっすとんと大きなお皿に着地しました。
「すばらしい」
コックさんはかんげきしたようすでフォークを二本とり出すと、一本を町長さんにわたして、もう一本を自分で手にとりました。ふたりは目玉焼きを食べてみました。羽のように軽くてぷりぷりの白身と、とろりクリームみたいな黄身。こんな目玉焼きははじめてでした。食べおわったコックさんは、うれしそうにさけびました。
「なんて素敵すてきなんだ。新メニューのアイデアがどんどんわいてきます!」
コックさんは町長さんのことをすっかり忘れて、野菜をテーブルの上にならべると、すごいいきおいでなにかを作りはじめました。町長さんはじゃまをしないように、しずかに台所から出ていきました。
これからはもっとおいしいご飯が食べられそうです。町長さんはとてもうれしくなりました。

腕ききのコックさんが考えたたまご料理はたいそうすばらしく、食べるのが自分たちだけではもったいないと考えた町長さんは、町の人たちをまねいて食事会をひらき、みんなにレシピを教えました。
コックさんのたまご料理は町の名物めいぶつになりました。
そしていまでは、この料理の名前が町の名前になっています。
たまご料理が好きな人は、いちどこの町をおとずれることをおすすめします。


(おしまい)


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