窮鼠はチーズの夢を見る

心を抉る心理描写！複雑な展開で先が読めない、男同士の恋愛物語

コミックレビュー第4弾は水城せとなの「窮鼠はチーズの夢を見る」です。【※ネタバレ注意！！】
2020/9 実写映画化されたのでBLとしては有名な作品だと思います。映画はこの作品と、続編の『俎上の鯉は二度跳ねる』と合わせたものになってるみたいですが、今回のレビューは取り敢えず『窮鼠』だけで。

【作者について】水城せとな先生
超美麗な絵と、えげつない心理描写の深掘りが何といっても魅力！他作品には「脳内ポイズンベリー」「失恋ショコラティエ」等があります。どちらも実写化。

【主な登場人物】
・大伴恭一(おおともきょういち)……ノンケ(異性愛者)のエリートサラリーマン。既婚者。容姿はまあまあ良く、モテる。女性から誘われると断れない性格。
・今ヶ瀬渉(いまがせわたる)……興信所の調査員。ゲイ。大学時代、密かに恭一に片想いをしていた。超イケメン。同性の遊び相手には不自由していない。
・大伴知佳子(おおともちかこ)……恭一の妻。今ヶ瀬に恭一の浮気調査を依頼する。
・夏生(なつき)……恭一の大学時代の彼女。独身。

物語の始まりは、恭一が今々瀬にホテルに連れ込まれる所から。
恭一の妻、知佳子から偶然、恭一の浮気調査を頼まれた今ヶ瀬は、その報告書を餌に恭一を呼び出し、不倫の事実を隠す事と引き換えに、カラダを提供しろと恭一を強請ります。
聞けば今ヶ瀬はゲイで、大学時代(今ヶ瀬は恭一と同じ大学で一学年下)はずっと恭一に片想いしていたとのこと。異性愛者の自分は今ヶ瀬とエッチは出来ないが「だったらキスだけでもいい」と食い下がられ、渋々了承。

……結局、(舌無しの)キスだけで何とかその場を乗り切り「アレで家庭が守れたなら安いもの……忘れよう」と忘れた気になったのもつかの間、再度、今ヶ瀬に呼び出される。
実は、恭一にはまた別に不倫の案件があったのでした。

今ヶ瀬「貴方が清算したんじゃなくて、彼女の結婚が決まって終わったんですよね。こないだのもそうだ、いつも相手任せで」
恭一「だからっ俺はいつも被害者みたいなもんなんだよ！俺からは何もしてないのに向こうが」
今ヶ瀬「ならこれは奥さまに明日、お渡ししますから、後は俺でなく奥さまに申し開きなさるということで……」
恭一「…… ……」

今ヶ瀬「『強引に誘われて』『自分は何もしてない』始まりも終わりも全部『相手のせい』」
恭一「……人が良いんだよ俺は」
今ヶ瀬「でも貴方のその性格のお陰で俺はこうやって貴方を好きにできる」

盛り上がって参りました〜！(笑)
この後は(ディープな)キスと……今ヶ瀬曰く「貴方は寝転がって俺のせいにしてて下さい。ホントは内心『ラクだな』って思ってるんでしょ？」と『奉仕』して貰う。そしてまんまと「寝てるだけでただ愛される。ちょっと気持ちいいって思っても仕方なくね？」とか考える恭一。恭一の流されやすさを今ヶ瀬はよく知っており、そこにつけ込んでいるわけで。

BLというと「特殊な性癖を持つ人の嗜好に応えるもの」と思われがちですが(それは否めない部分もある)この作家さんの作品は舞台と登場人物に普遍性があって感情移入しやすい！
「男同士だからこその難しさ、主人公とその相手の心の葛藤のドラマ」が見所です。

週末、妻と一緒に過ごす恭一。しかし二人の間に会話は無い。恭一から買い物を提案してようやく、知佳子は楽しそうな顔をする。しかし恭一は、ショッピングモールで男と親しげに過ごす今ヶ瀬を偶然、目撃。
後日、今ヶ瀬を呼び出して「恋人が居るなら、なぜあんな事をした」と問い詰め、今ヶ瀬に「これ何？たかがキスだけの仲で嫉妬でもしてんの」と返されます。
カッとなった恭一は「二度と俺に関わるな。報告するなら好きにしろ。妻と俺には絆があるんだ！」と、その場を去り……。自宅で離婚届を突きつけられます。

知佳子は離婚するに為に今ヶ瀬に調査を依頼したのでした。不倫は無いという(虚偽の)報告内容にも関わらず、結局、彼女の離婚の決意は変わらず。
恭一は「知ってて黙ってたんだろう」と今ヶ瀬に電話をします。

今ヶ瀬の台詞にあるように、恭一は無自覚に利己的。愛されるばかりで愛さない(愛せない？)男。恭一にとって大事なのは「求められて心地よく過ごせること」。嫌われたくない、誰にでも良い顔をしていたい。誘いを断れないのもそのため。

……こうして見ると恭一がドクズみたいですけど。多分、よくいる男だと思います、彼は。
イケメンすぎず感じのいい容姿、大企業で評価されてて、誰とでも仲良くやれる対人スキルもあり、適度に真面目な常識人。こういう人って結構モテるんですよね。人生もイージーモードだった事でしょう。本人に自覚は無さそうですけども。

妻と離婚し、一人暮らしにも慣れた頃。今ヶ瀬が現れて……。そのまま押しかけられる形で同居を始める二人。
さて、いざ男と同居してみると、そのラクさに驚く恭一。男は出かけるのにいちいち化粧しないし、外食もオシャレなパスタ屋じゃなく牛丼で充分だし、家事もやって貰えて、性欲も満たして貰える。

例の如く、流されている恭一さん。「このままでいいのかも……ラクだし……でもおれホモじゃないしな……」
そんな時、先日の同窓会で会った昔のクラスメイト(女)から連絡があり、またもフラフラ……

適当な嘘をつくも、あっさり今ヶ瀬にバレてしまうのでした。
「大した事じゃない。昔の思い出が美化されてちょっと盛り上がっただけ。お前が俺に変に入れ込むのもそうだろ？」と釈明(？)する恭一にキレる今ヶ瀬。

↑素晴らしい台詞。恋愛ものは台詞が大事ですよねぇ…。

激怒した今ヶ瀬は出て行ってしまいます。
彼が姿を消してから一週間、気がつけば今ヶ瀬からの連絡を待っている自分。そこに例のクラスメイトから連絡があり、懲りずにホテルに行くと……偶然、今ヶ瀬を目撃！(笑)

盛大にブチ切れて今ヶ瀬を押し倒し、襟首を掴んで罵る恭一。呆然とする今ヶ瀬。……彼が会っていた男はただの仕事の依頼人でした。(チーン……)
なんだかんだで二人は自宅に戻りましたが。「ヤらせてくれないなら帰る」という今ヶ瀬を恭一は引き止めようとし。

今ヶ瀬「『駄目』って言う割に貴方はいつも無防備だ。無理矢理抱こうと思えばいつだってできる。それってもしかして貴方なりの『Yes』なんですか？」「けど、それには乗れない」

ここが他の凡百のBL作品と、この作品との違いですね。
異性愛者が同性愛の男を、そう簡単に受け入れられる筈も無いのですよ。キスは出来てもその先となると……相当の『気持ち』が無いと、無理だと思います。(BL小説書いてて言うのもなんですが)
その辺り、普通のBL漫画では割とサラリと流される事が多いんですが、この作品ではその葛藤もしっかりと描かれてます。

ここまで来れたのも「恭一の流される性格」と「今ヶ瀬の必死の努力」そこに、たまたま都合が良い状況が重なっただけ。その事実を、今ヶ瀬は良く分かっている。

じゃあ、どうすりゃいいんだよ！と喚く恭一に今ヶ瀬は、とある事をダメ元で要求。応じる恭一に、今ヶ瀬の方が動揺……。
今までは全て「される側」だった恭一が、初めて自分から「する側」に。

↑「終わる」前提で話す今ヶ瀬が切ない。

今ヶ瀬「ヤバイ。期待してしまいそうになってる。わきまえろ俺。どんなに優しくしてくれたって、あの人はほんとは月みたいに遠い人なんだ」

……さて、『この巻のラスボス』は、恭一の大学時代の元カノ、夏生。
会社の帰りに街で偶然、出会った恭一と夏生は、大学時代に良く行ったレストランに入り、旧交を温めます。
そこに、何と今ヶ瀬と、今ヶ瀬の元カレが登場！！なんて日だ！

元カレの話によれば、恭一が大学を卒業した後、荒れていた今ヶ瀬を見かねた彼が、気持ちを伝えた事で二人は恋人同士になった、らしい。加えて彼は「今ヶ瀬と復縁したいので、その気が無いならキッパリ振ってくれ」と言ってくる。

この後、恭一と今ヶ瀬は二人でトイレに入って口論になり、色々いろいろあった後、二組に分かれ、恭一と夏生は飲み歩いた後、泥酔して自宅に戻る。
恭一の自宅のドアを開けたのは……今ヶ瀬。

俺が居ないと思って女を連れ込もうとしたんですか、と詰問する今ヶ瀬に、おかしな事にならないようにワザと飲み過ぎたんだ、と恭一。

恭一「今ヶ瀬、ごめん。昔も今も……お前をしんどい目に合わせてばっかりだ。お前に悪いよ、もう、やめた方がいい」
「ごめんな　俺がゲイならよかったのに……」

↑はい、ここからはガッツリBL展開だ！！(でも最後まではしない)

……そして今ヶ瀬渉、いよいよラスボスとの対決！！

↑恭一をめぐる愛のタイマンバトル！

「運命の女が現れたら消える」と言ってた今ヶ瀬ですが、夏生は違うと思ってるんでしょうね。
ここで夏生から提案が。
「ね、せっかくだから。恭一、ここで決めちゃおうよ。あたしか今ヶ瀬のどちらかを選んで、今晩、お持ち帰りする！！どう？」

恭一の気持ちがかなり今ヶ瀬に傾いている……と直感した夏生さん、彼が異性愛者と知った上で『選んだ方とこれからセッ◯スする』という方向に話を持っていく、流石。
そう言われたら恭一は今ヶ瀬を選べない。今ヶ瀬とは色々したりされたりしたものの……最後までは、いってないし。

果たして……恭一の選択は。

そして……

……ここからがクライマックス！！

……続きが気になる方は是非とも手にとって、恭一と今ヶ瀬の顛末、その恋の行き着く先をご覧になってみてはいかがでしょうか！

窮鼠はチーズの夢を見る
水城せとな
(フラワーコミックスα)

(※2020/4「窮鼠」と「俎上」が合体したオールインワンエディションが出てます！)