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おばさんと電車と死体【リレー小説/⑨】

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「私はAIなんだ。現実世界の身体は存在しない。不正検出対処AI……ネットワーク内の不正行為やウィルスを見つけて対処するプログラム。デバッグプログラムの特別なものという方がわかりやすいかな。警察ではCATと呼ばれている」
「CAT?猫のキャット?」
「プログラムの内部で悪さするネズミを捕まえるのが役目だからね」

 数十分後。

 ぼくとCATはホテルを出ると、パラソルのところまでゆっくり歩いた。
 CATは白いシャツを着ていて、ぼくはブルーグレーのパーカーとギャルソンエプロンを身につけている。ぼくはモブのふりをするために、まじめくさった顔でステンレス製の冷水ポットを抱えている。
 すみ切った空と青い海を背景に、白いパラソルが微風にはためいている様子は、旅行会社のチラシの写真みたいに美しい風景だ。でも今は砂浜の上に、ホラー映画のような凄惨な光景が広がっていた。
 中嶋という男と、篠田という女の子は、凶悪な笑い声を上げながらチェンソーを振り回して、モブたちを追いかけ回している。モブたちは無表情のまま逃げ回り、唸りを上げる電動の刃になすすべなく切り刻まれている。砂浜には切り離された腕や足や首、ズタズタになった血まみれの胴体が散乱して、大量の血が波に洗われ、渚を赤いまだら模様に染めている。
 ぼくは、自分と同じ顔の人間が今まさに襲われて、悲惨なバラバラ死体が砂浜を埋め尽くす光景に吐きそうになった。胃が痙攣し、何度も唾を飲みこんで吐き気を堪える。夢なのに体調って悪くなるんだな、と考えているぼくと、目の前の光景がどうしても受け入れられずにフリーズしているぼく。
 立っているモブが一人もいなくなると、返り血にまみれた中嶋と篠田はチェンソーを止め、ひと仕事終えて爽快という顔つきでおばさんと、僕らの方をみた。パラソルの下にいるおばさんは、相変わらずのんびりとスイーツを食べている。

 破壊されたぼくの身体を踏み越えて、ふたりがこちらに戻ってきた。中嶋はチェンソーをテーブルの下に置き、いつの間にか現れた缶ビールを取り上げてうまそうに飲んだ。篠田はぼくを指差して大声で叫んだ。
「あーっ五体満足がまだ残ってた!ゴッメーン、いま行くわ」
 CATがさりげない動きで前に出て、ぼくを後ろにかばった。篠田はそれを見て怪訝な顔をしたが、歩みを止めずにチェンソーを抱え上げた。するとおばさんが制した。
「マイメロちゃん、駄目。その子はやめてあげて」
 篠田は立ち止まり、いたずらを咎められた小さな子供みたいな表情で
「は?なんで止めんの?ひとりだけ残してるの気もち悪いじゃん」
「その子は夢主だから、いろいろお話しておきたいの」おばさんは重ねてやさしく言った。「わたしのお願い。聞いてくれるよね?」
 篠田は息を呑んだように黙り込んで、チェンソーを下ろした。そしてうつむいて、小さな声で言った。
「……なんかしらけた。もーいーや、帰るわ。ねえクイーンお願い」
「もういいの」
「うん」
「どうする?」
 篠田はチェンソーを地面に放り出し、人差し指で自分の喉をかき切るジェスチャーをしてみせた。おばさんは椅子から立ち上がった。いつの間にか手に日本刀を握っている。
 篠田とおばさんはテーブルから離れて、砂浜の上で向かい合った。篠田は微笑んだ。
「またね」
「うん。またね」
 おばさんは聖母のような優しい笑みを浮かべた。
 それから自然な動きで、日本刀をさっと一閃させた。
 篠田の細い首に赤い線が走り、頭がポロリと後ろに落ちた。中嶋が両手でそれを受け止め、篠田の身体はその場に倒れた。中嶋は篠田の首を持ち上げて、彼女の表情をおばさんと僕らにみせた。しずかに目を閉じた、安らかな顔。
 中嶋は森の方に歩いていき、小さな黄色い花がたくさん咲いている茂みの上にそっと首を置いた。そしてテーブルのところに戻ると、おばさんに呼びかけた。

「クイーン、俺も頼むわ」

第⑩話に続く→

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