木原音瀬「COLD」シリーズはあまりに業が深すぎる
BL作家の木原音瀬さんの代表作の1つであることは間違いないのに、『美しいこと』『秘密』『箱の中/檻の外』のように一般レーベルでの発行の兆しのない「COLD」シリーズ。久しぶりにドラマCDを聴き返してみたところ、あまりに業が深すぎて受け止めきれなかったので、その溢れた分をここに文したためます。
<あらすじ>
とても複雑な義兄弟の関係にある藤島啓志と高久透。お互いを唯一のよりどころとしていながら、お互いの幼さと非力さゆえに周りに抗えず、最悪の形で決別した2人が、透の記憶喪失によって再び関係をゼロから立て直す機会を得る。
不器用ながら献身的に透に尽くす藤島。そんな藤島の優しさに惹かれていく透。今度こそお互いを純粋に求め、愛し合えた2人だったが、まさに幸せの絶頂に達したそのタイミングで、透の記憶が蘇るのだった…。
こう書いてしまうと安っぽいメロドラマのようですが、そんな気持ちで聴けるような代物ではありません。木原さんは、主人公を最後の最後の最後のところまで追いつめて、本当の最後の1本に縋らせたうえでそれも叩き折る!というサディズムの極みのような作家さんで、「COLD」シリーズももそんな演出が巧みすぎる作品の1つです。
途中で透が「なんで俺はこんな目に!」みたいな心の叫びを何度か上げるのですが、その度に「作者の趣味だよ!」と言ってやりたくなりました。
さらにいえばこのような不幸どっぷりの恋愛作品というのは、ついつい主人公2人だけの世界に閉じこもりがちですが、「COLD」シリーズは脇やモブも生身の人間として丁寧に描写されていて、かつそれぞれにしっかりしたバックボーンがあります。だからこそそれぞれの人間の背負う業が重いのです。
まずは主人公の1人、高久透の話をしましょう。彼はネグレクト、継母からの虐待、中学での虐めと苦難のフルコースのような幼少期を送って、すっかり性格がねじ曲がってしまった若者です。いつも不愛想で暴力も平気で振るうし、人を信用するということを知りません。
そんな透にとって、記憶喪失は人生をやり直せる「チャンス」だったといっていいでしょう。
透は記憶を失って、人一倍素直な青年に生まれ変わりました。新生活に慣れていくうちに新たな夢を見つけ、夢のためにまい進する透。そしてそんな自分のサポートをしてくれる啓志の優しさに強く惹かれていきます。
そうして未来に希望の持てるささやかな幸せを噛みしめ始めた透に、ある日突然ショックな事実が告げられます。それは、自分が記憶喪失になったきっかけの事故で、1人の人間を殺していたということです。透は被害者の姉にひどくなじられ、殴られ、ショックと罪悪感に狂いそうになりながら、泣いて謝ります。
このシーンがねー…、ほんっとうに重い!!!!
弟を殺され、しかもそれを金で罪をなかったことにされた姉の気持ちが、痛いし苦しい。そして覚えてもいない殺人の罪で責められ、いくら悔いても償いようのない透の気持ちは、なんかもう想像を絶する。しかもこれを、平穏な日常をようやく手に入れ…というタイミングで入れてくるサディスティック神(作者)のサディストっぷりよ! 何で必死で泳いでようやく縋りついた板切れをを砕きにかかるんだよもう!!
しかもこれがなんとこの後もう1回待ってますからね。
6年間の記憶喪失から回復した透のもとに、再び被害者の姉が現れます。今度は自動車事故なんか知るかと開き直ろうとする透に、また苦しめられる姉。そして透もまた、殺人という重い罪には開き直るわけにもいかず、罪悪感に苛まれる透…。
何でこのやり取りを2回も入れた! 死ぬわ! 声優さん上手すぎて聴いてるこっちも死ぬわ!!
しかも透は、記憶喪失中の知らない自分が形成した人間関係を知るにつれ、自分の存在意義を見失います。
みんなが好きなのは、会いたいのは記憶を失っていた別人の自分。幼少期にも誰にも愛されず、今また誰にも望まれずに生きていく意味とは……?
……これも実は2回目です。結果的に勘違いでしたが、透は啓志が好きなのは記憶を失う前の自分だと思い込んで、思い出せない過去の自分の幻影に悩まされました。そしてそれがようやく解消されて…ここでまたかよ!!!
満塁ホームランかよ!ってタイミングでこういうのを入れてくる作者のスキルは、小説よりもっと活用できるジャンルがもしかしてあるんじゃ?ってくらいに冴えわたっています。ホームランどころかバットでボールが真っ二つやん?球(たま)やなくて命(タマ)とりに来とるやん?みたいな。
ここまで長々と語ってきましたが、これで作品全体のせいぜい2割程度しか語ってませんからね。もっと主人公2人がお互いを世界で唯一愛した運命についてとか、BLなんだからそっちを語るべきなんだろうけど…(こちらも考察し甲斐のある関係性なのです)。そんな余力はもうありません。
とりあえず最後に宣言しておこう。
この萌えなさ、立派なクソBL!!!!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?