見出し画像

コロナ禍のこどもは可哀そうですか?

おひさしぶりです、Rasukottoです。

最近、全然更新ができず、すみません。昨年までは家にいる時間が長く、上手いリフレッシュができなかったのでnoteは最高のリフレッシュ手段だったのですが、学校に毎日登校が許されると、忙しくってそれどころではなくなりました。。

とはいえ、今はギリギリゴールデンウィーク。一本ぐらい書きたくなり、画面に向き合っております。

昨年から、

「今年の子たちは可哀そうだ」

という言葉をよく聞きます。

確かに、
休校、分散登校、部活禁止、行事中止。

できないことだらけといえば、できないことだらけなんです。そこは事実だと思います。でも、正直、

私達はそれしかしらない

訳で、大人がいうほど不幸じゃないのかな、、と思います。勿論、人生の先輩方は、そこが経験できた訳で、それが楽しくて、素敵な思い出になってるからそうおっしゃるのだと思います。でも、根本的にそれを知らない、今を生きる私達にとっては、「自分は今可哀そうなんだ」と思って過ごすより、「今をどう幸せに生きるか」を考えて過ごしたほうが、気持ち的にも物理的にも、幸せな時間の使い方ができるのかな、と思います。

実際、昨年、部活に時間制限がかけられたことで空いた時間に、学校の委員会と部活を掛け持ちしたり、資格を取ったりする友人がたくさんいました。私自身も、オンラインワークショップで障害者の方と交流を持ったり、手話の勉強をちょっとしたりしました。

というわけで、なんか深めの話をしてしまいましたが、

「可哀そうとかいうな!」

という修学旅行がない高3の主張でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?