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「神秘捏造」ミステフィカシオン~女人訓戒士O.D 終

『待ちぼうけー兎の女』終

空気が、揺らいでいるように見えた

遠くに見えるはずの蜃気楼は、今自分の目の前に現れている

私は『その対象』に向かって歩を進めていた

私に気付き、こちらを見ている顔は不明瞭だ

遠いのだろうか、あすこまで

砂浜に続く入り口の道に

縁取りのように咲いたはまなすの花

私は裸足で・・

下駄を何処に置いて来たかな・・

近付けば、下半身から足先までしか見えない

さっきはこの人、まだ波の届かない砂地にいたのに

今は湖面の上に立っているかのように見える

私はふと、何か思い出した

私はみづうみの男に固執している

ここは『あの男の世界だ』


【あなた、やっと来たのね】

そう言っているような


【遊ぼうか、また。あの頃のように】

私は自然と、昔から知っているかのように話かけていた

【ほんと!?遊んでくれるの?】

【ああ、遊ぼう】

その人は頬を染め、目を輝かせた

ぱあっと周りが桃色を帯びた

その桃色は私の記憶の中の、彼女の思い出のせいだ

私は悪い男だった

だが彼女との思い出は良いことしかなかった

それは彼女があの頃の、私の拠りどころ

救いであったからだ

無邪気で純真で愛らしく

いつも跳び跳ねているような

恥ずかしそうに懐に収まりたがったが

それでいて私は彼女を掴み損ねてばかりいた

いつしか褪め行きて

忘れそうだった

いや、忘れていたのだろう

私は薄情で、悪い男だった

憎み合って離れた男なら女はやがて忘れる

鼻にもかけなくなる

男は忘れたくても忘れられない女がいる

そのためにいないはずの女の代わりを求め続ける

そんな女だから、すぐに忘れてしまう

この女も私が一人で死ぬには寂しくて

怖くて道連れにしただけなのかも知れない

私の本当の妻は

妻にしてからは

私は落ち着きを取り戻し、まっとうになった

作品にも、評価にも恵まれ、妻は間違いなく内助の功の質だった

が、私はそれでもダメだった

ダメな人ねと、膝枕を欲しがった

そんな私のほうが

あの狂人の男よりもましなのだと


【じゃあ、行こうか】

【ええ、いいわ。今度こそ】

私たちは顔を見合わせた

女はにっこりとした

この世で一番優しい、清潔な笑顔だと思った

美しい細長い雲が、それは紫色で

凪いだ海の上に架かっていた

私たちは互いの手を握り見上げていた

【教訓】

女ワサイゴノサイゴマデ

或ルオトコニミサヲヲ捧ゲルニツキル

不毛デエゴデアルトイワレテモ

オトコニトッテ

サイゴニ貴方ダケトイウ女ワ

ニヤケテシマウホド嬉シイモノナノダ・・



*****

「ったく、おーさんときたら・・いったいどこまで行っちまったんだかねぇ・・」

玄関先まで出て、往来を見回して見ても、帰って来る気配も、姿形も、影ひとつない

「あれはあれで、いないと変な気分だねぇ・・。寂しい気持ちになっちまうわいねぇ」


「おーさ~ん。お早くお帰りよぉ~」


竹子は右手でラッパを口に当てるようにすると、高らかに往来の向こうに声を響かせた

そこは空にであったか、海にであったか、大川にであったかは定かではない

ただひとすじ、細長い雲が天上の空に渡し橋のように架かっていた



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