見出し画像

「花神」

命が長かった庭の花は枯れたが

道々、養分の少ない日陰の斜面にも花々が咲き

静かに季節は引き渡されてゆく

紋白蝶が遊ぶ庭

同じ蝶であるのかはわからない

ずいぶん前から見ているから

そう儚い夢でも命でもないのかも知れない

月は出たり

出なかったり

低く上り

いつまで経っても同じような高さにいて

見る度に迫り来るように見えていた

月が近付いて見えるのは

少し怖い気もした

そのうち

まだ冥い夜の木々の横に

ぼわん・・と立っていた


珍しく喉の渇きを覚える

口の中の渇き

持て余した養分の残障

余らせた粉茶の熱いのが飲みたい

人を招ぶことはないが

時折細く小さな猫が横切る

痩せたようでも

以前と変わらないようにも

なぜかいつも顔が見えず

後ろ姿である

一人でも良いのだが

近頃では皆、近寄らない事を心得ていて

有難い

寂しきこともある

まだ自分には時薬が必要である

例外は必ずあって

勝手知ったるのか結界を抜けて入り込んで来る

わからぬものはいつまでもわからぬもの

そっと身構え

息を飲む


花を生けるのが好きなあの人が

つと、花を見つめ

手を添える

真っ直ぐとしている

恐縮ながら自分が炭を継がせて頂き

野焼き風情の無調法者では身が強張る

やはり

香の調香には

薬の調合に長けたあの人が

と、いつか会いたいと思うもの

なぞらえて

日々をやり過ごす

どこで咲いているのか高貴な花の匂いがする


しばらく前に漂って来たのは

雨に濡れた後のくちなしの香りだったのか

鼻腔に残るのは消えない白い記憶

消せないのではなく薄れてゆく

確かにいたのかも知れないが

今はない悪魔のような人々

悪夢は彼らの中で続くかも知れないが

そこを選んでいるのは彼らである

かやの向こうの出来事であるが

熱風を伴って蜃気楼のようによみがえってくる

あれもまた餓鬼

思い出したように蛙が嗤う


まずは一服

ひと休み

悪夢も幻も

ただのひとよの事である


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?