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「たぶん、恋愛小説家」_男が喜ぶならそうなんだろうw

築45年越えの木造アパート

風呂とトイレは別

間に台所

二間あるし

階段は鉄骨で滑ると怖いけど

意外に頑丈だった

表通りは車が通るけど

アパートの裏の細い蛇腹道は

幼稚園に続くハイキングコース

小さな野花のギャラリー

オールナイトの後の朝

小鳥のさえずりBGMに聴きながら

元気な幼稚園児の歓声を子守唄で聴いている

あたしは机にうずくまって毛布にくるまり、幸せそうに微笑みながらまどろんでいた

売れない貧乏小説家が、ああ小説家でいて良かった、と思うワンシーンだ

カーテンがヒラヒラ鼻先まで飛んでくる

キキキッと自転車の止まる音

ジーンズの摩擦で擦れる音

聞こえないのに

見てないのに

どんなふうに足を宙に回して

地面に足を着いたところとか

赤い柔らかい髪の毛が揺れて

ジーンズの色とスゴく合っていて

中のTシャツが真っ白で

見ててゾクッとしちゃう自分を思い出しているの

階段をタンタン駆け上がって来て

「たっでぃま~」

って、拓人が帰ってくる

・・って、ドア開けて入って来ないなあいつ

あたしは窓からチラッと下を見る

「ふゅいっ、ふゅいっ」

って、拓人が唇尖らせてる

両手の指、唇に当てて咥えてんの!?

「拓人っ!何やッてんのよー」

言い切らないうちに『ピィーーー』って、高く澄んだ口笛が響いた

拓人の口笛!?

すげー高くて遠くまで出るんだ!?

感動しつつ、ココロウラハラなあたしは

「拓人、やめてよ!近所メーワク!」

鬼の形相、可愛くないヒス女の顔で窓から乗り出す

下を見下ろす顔は未来の自分の顔だっていう

あ、なに

みたいなあどけない罪のないキレイな顔をして、あたしを見上げる拓人の顔

年下の顔も心も少年の

体だけは大人の男で心配になるあんた

下向いて、重力に引っ張られて

シワの突っ張ったオバンのあたしの顔なんか

見るな

「何やッてんのよ、バカ」

「へっへー。ツバメがいるの」

「なによ、あんた自分のこといってんの?」

「ツバメがいるんだよー。呼んだら飛んで来るの」

また振り向いて口笛を吹く

一度は回って来て、停まる木もないから旋回していたのだろう

クロスしながら2羽のツバメ?が飛んで来た

「ちょっとツバメに巣を作られたら困る。フン掃除大変だし、大家さんに怒られる」

ツバメが家に巣を作るって幸運の証しっていうけどさ

拓人とあたしが間違ってない仲で、祝福されてるんだってならさ、嬉しいんだけどさ

「わかってるよぉ。でもここのアパートの周り飛んでたからさぁ。あんたに見せたくてさぁ」

うっ・・

顎を突き上げて口笛吹く拓人のノド

拓人、なにがそんなにうれしいの?

あたしはいつだって、なんにだって

あんたのやるこということに、眉間にシワ寄せて否定する

心は捧げたりしないって

だって恋愛小説家だもん

あ、いっちゃったぁ♪

拓人が手を額にかざして空を見ていた

あたしの位置からはツバメとやらの

ツガイノシリが遠のいて行くのが見えた

上に下にクロスしながら飛んで行く

あたしと拓人の幸せのシンボルは去った


「ねー、腹減ったよぉ。なんか作ってー」

拓人が見上げて笑う

「もう!見切りの食パンで作っておいたよ!ピザトースト!焼いてあげるから、早く上がって来なよ!」

「わ~ほんとー。ピザトースト!?」

「もー、うっさいから早く!」

あー、やだイライラする

自分によ、あたし自身にイライラするの

「あ、ねぇねぇ。パンツ洗ってー。ダース・ベイダーのパンツ。うんち、ついちゃった💩」

ブチッ

あたしは今日も何かが切れる音を間近で聞いた



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