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「龍よ 眠れ」 梅の香

はあ・・

腐る

誰か

俺に生き血を・・

与えてくれ!

俺のよどんだ、この汚れきった身体の隅々に

活力を与えてくれ!

空は青い

まだ少し薄い青

綺麗だ

梅の蕾

霞み雲を捕らえるように

天空いっぱい枝の触手を伸ばす

池鴨が群がる湖畔をのんびり歩きたいのなら

一駅前で降り坂を下る

湖畔の中央の底にはウタヒメが住まう

よってこの湖の女神は男女の舟旅を裂くと言われている

その向こう側に梅と竹林の里がある

臨時の列車が停まる駅には花色の娘たちが出迎える

俺は華やかさにあてられ、逆方向に向かう

はうっ

しまつた

気取られたか

娘たちの脇には車掌がいる

臨時駅なので切符拝見とな

無賃ではないキセルでもない

ICで突破しても後の改札でシャットアウト

『御清算があります』

まあ、帰りにここから乗れば同じ車掌ならわかるだろうか

直接梅林から抜けて歩き特急に乗るかもしれない

知らなかったふりだ

旅は気まぐれ

臨時駅併設時用の低い階段を駆け下りる

石段はやけに広く感じた

小山の真っ正面に造られた、下からよく見える石の鳥居に上がってちょい拝み

お参りしないと多分、後ろ髪引かれる気がしていた

殺風景過ぎて

いや、無駄なものが無さすぎてしみる

灰色と黒の社の厳かの中に朱のくぐり鳥居の艷

格好いいな

これが水戸烏の粋か

道に沿って小川が通っている

形代流し

人の形に切り抜いた紙に自分の名や人の名

あるいは息を吹きかけて小川に流す

自分の身代わりに厄を移して祓ってもらう

もちろん有料

年々いくらか値上がっている気がする

せこいが男ひとり

小銭に泣く

白梅よりもやはり紅梅に惹かれる

濃い紅とピンクがかった紅梅は、種類が分かれていて勾配のエリアの段差で、見事なグラデーションになっている

なだらかな山道だが、意外に高く見下ろすと急斜面だ

めまいする虚弱な俺は上がりきった先に、しっかりした造りの飲み食い処にたどり着く

俺は下の茶屋の抹茶セットが好きだ

お抹茶と生和菓子がワンコインで頂ける

和菓子は練りきりが多い

土産物と食い物処は一通り回って見ないと、うっかり目があってつられて買うと後悔する

高い割りにたいして旨くないし、次に見かけたもののほうが、俺の好みだったりするからだ

こんな時ボードを抱えた女神様が突然現れて

「あなたが落としたのは金のチョコバナナと銀の吉原殿中と銅の煮イカですか?」

と聞いてくれたら

俺は喜んで全部もらっていいのだろう

なにしろボードを抱えた女神様は片手しか使えず、なんとも器用に串三本、指と指の隙間に突き刺しているのだから

そして少しくらいお礼に、緋毛氈の長椅子で女神とボードに興じている青年と、ゲームを代わってやりたい

きっと女神はボードゲームをしたくて俺に供物をくれたのだ

「おわっ」

目の前を猛スピードで走り抜ける風!

危うくなぜかもらった串を落とすとこだった

走る鳥・・?

いやにデカイ

「あっ!イマドー!」

青年が突然叫び、駆け出した

ちょうどよいと思い、青年とボードゲームを代わった

デカイ鳥が腹這いで頭から斜面に突っ込んで行くのが見えた

「あなた、強いですね」

女神は腕まくりして言いながらも、つまらなさそうだった

やはりいつもの青年がマッチしているのだろう

しかし、下のほうが騒がしい

小川の辺りからだろうか

「イマドー!」

「ギャー、ハゲタカウルワシキタキツネー」

なんだそりゃ

「テンテンテングマソー!が、水浴びしてるー!」

だからなんだそれは

「山ペンギンです」

どっから来たんだ!

「梅見です。しかし彼?イマドは白梅から採れる梅干し用の希少な実を求めて、ここに現れたのです」

知らんがな

さっき小川に流した形代は、どの辺りまで下って行っただろうか

「じゃ、失礼」

俺は振り向きもせず、食い物処の角を曲がる

俺が座っていた背中側の道は果てしなく感じたし、その一帯に広がる梅林と神楽広場をゆくには遠過ぎると絶望したからだった

武器庫の展示品のような一角があった

つまらなくてすぐ立ち去った

そして裏手が社であるのか、鬱蒼とした木々の頭が回転したような、まためまいを感じた

黒い輪が俺の周りをぐるりとひとめくりした

あの社には石の狐がいたはずだ

なのになぜか石のペンギンになっていた

ああ、ここまで来ればなんて素晴らしき妄想の現実逃避

ふと気づく

ペンギン像の額に形代が張りついている

見覚えのある字は俺の字だ

小川に流したはずの形代がなぜ

山ペンギンのダイブでここまで飛んだのだな

形代は二枚

二体のペンギン像に張りついている

一枚はあいつの名前を書いた

道明寺の桜に対抗して、今回は梅見だからな

もう一枚は自分の名前を書きたくなくて、息を吹きかけた

なんとなくムカついて来てデコピンして行った

そしたらなぜか蛇とライオンの像に変わった

なんとなく懐かしい姿だと思った

俺はまだたくさんのことを忘れているような気がして、帰るために上ってきた道を下り始めた

さっきのデカイ鳥がヒョコヒョコと歩いていた

うん?いつの間に?

低い階段をダッダッと上がり

パーンと線路を跳んで行った

「イマドー!」

さっきの青年までもやってはいけない線路に立ち入った

だからなぜ追いかける

山ペンギンは自由なのだ

彼はすべての世界に自在にある

車掌がなぜかピンクのハンカチを、線路のずっと奥のビルの谷間に振っていた

電車ではなくステウルグスバスザス恐竜が走ってくるような胸騒ぎを感じた

「おーい!イマドー!」

臨時駅の階段を軽やかに上がり、にっこり笑う花娘に照れながら、車掌に行きの無断下車の説明をした

「お土産をどうぞ~。期間限定です~」

にっこり笑う花娘から手渡される

「七色の梅の傘です~」

七種類の梅の品種をかけたらしい

「ありがとう」

「引き続きよい旅を~。お立ち寄りありがとうございました~」

「イマドォォォォ!」

同時にものすごい衝撃音と竜巻のような水しぶきが湖畔に出現した

緑色の湖の水だったが、遠目にも水しぶきの水玉はとても綺麗に見えた

バックン

俺は土産にもらった傘を開いた

おかげで山ペンギンがダイブして引き起こした水しぶきを浴びなくてすんだ

もしあの青年の名を知っていたら、後学のために形代に書いて厄落としをしてやりたかったかもしれない

ウタヒメの住まう湖

きっとボードゲームの女神と

山ペンギンとも気があうにちがいない

虹色の傘が雨のしずくを含んだ梅のように紅くなる

まだ咲ききらない梅の、甘くて酸っぱいガムの匂いがした





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