「神秘捏造」ミステフィカシオン~女人訓戒士O.D~
『待ちぼうけー兎の女』③
俺は山の住人
片目の鉄砲撃ちだ
百匹目の獣を撃ってから
間もなく右の目も悪くなりだし
そろそろ土でも耕して暮らそうかと思っていた
ある日茸の出る山で、根っこにつまずいたのか、切り株に当たって首を折っ切った女が死んでいた
その傍らにはほんの小さな女の子が、あどけなく座り込んでおり、俺を見てうれしそうに両手をぱたぱたさせた
俺は拾い上げてあやしたが、なにぶん小さくて母親の死んだこともわかっていないのだった
俺は切り株の脇に穴を掘り、母親の死体を埋葬した
まだ赤ん坊のような女の子を抱いて、家に帰った
赤ん坊など育てたこともない
犬を少しの間、飼っていたが、すべて九十九匹の獣に殴り噛み殺された
俺が九十九匹の獣を仕留めて来れたのは三匹の猟犬のお陰だった
前に妻がいた
若い妻だったが憐れな病で死んだ
妻との間には子どももいなかった
俺は思い当たらず、その子に「ゆう」と名前をつけて育てることにした
「ゆう」は、死んだ妻の名だ
俺は時に「ゆう」を背負い、畑を耕した
潰してしまいそうでやめた
篭に入れて畦に置いておくと鳥につつかれる
獣に噛られそうで、また犬を飼うことにした
犬はなんとなく「キジ」と名付けた
まだ生まれて間もない仔犬で、俺は「ゆう」と「キジ」の世話に明け暮れたが、毎日が幸せで楽しかった
「キジ」はすぐに大きくなり、畦に寝かせた「ゆう」を守り、徐々に大きくなる「ゆう」の善き友に、きょうだいに、家族になった
「ゆう」は、彼を「キジ坊」と呼んで、二人はとても仲が良かった
俺は耕すたび、「ゆう」と「キジ」を確認して、その楽しげな姿に目を細ませるのだった
やがて月日は流れ
時代とやらも変わったらしいが
山に住む我々には何一つ変わることのない、平和な静かな幸せな毎日だった
変わったことといえば、俺の背がゴツゴツとして腰が曲がって来た
髪もずいぶん灰色と白髪が増えたことか
「ゆう」と「キジ」は、艶々とした黒髪と茶色の毛並みだった
俺は別の意味で目を細めながら、二人を見て時々悲しくなるのだった
「ゆう」は年頃になり
嫁に欲しいと里の者から打診されるようになった
「ゆう」は山で拾った子どもだということ、俺が前の妻「ゆう」を病で亡くし、亡骸を山に埋めたことも、皆知れ渡っていた
少し違うことは俺が百匹目の獣としての「ゆう」を撃ち殺したことは、誰にも知られていなかった
だから現に「ゆう」に縁談が舞い込むのだ
俺は口を濁しては、頑なに「ゆう」を嫁には出さなかった
そんなおり、「ゆう」がよくつまずいて転ぶようになった
「どうした、ゆう。近頃、お前よく転ぶな」
「おっとちゃん、目がかすんで白い膜みたいなものが。だんだん一面雪みたいに真っ白い」
俺はふいに雪兎の赤い目を思い浮かべ、ぞっとした
赤い目だ
ずっと昔に見た・・
「里に下りるべ。町まで行って、医者に見せるべな」
「いやだ。山にいる。行きたくない、そんなどご」
「そんなだだっ子みたいなこというな。何かあったらどうするんだ。とうちゃんが背負ってやっからな、明日の朝にもすぐに行くべ」
傍らでくーんくーんと「キジ」が、元気なくないている
「ほれ、キジも心配してるべ。キジのためにも医者行くぞ」
「あい。わかったよ、おっとちゃん。キジ坊、心配してくれてありがとね」
翌朝出発出来るように、俺は荷作り始めた
途中、里の雉神社に御詣りせねばな、と気が急き始めていた
忘れていたはずの、かつて感じた胸騒ぎが、まるで疫神のようにこのうちに忍び込んで来たような気がした
「ゆう」と「キジ」と「俺」で、うまく暮らして来たのに
幸せに翳りが見え始めた、不吉な予感だった
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