「たぶん、恋愛小説家」_たぶん、消えたら耐えらんない
巧人が珍しく酔っぱらってご帰還
もう来る前には2、3杯飲んでいて
ここでも飲みだして、機嫌が良かったんだ
「あー、疲れた」
でも、最近うれしそうだ
あたし、優しいしね
ピッチ早くなるのもわかるけど
「巧人、飲み過ぎだよ」
わりとまともな、やんわりした言い方をした
でもいつも酔いがまわる頃なんだろうな
あたしを5歳児のように扱って、いちいち行動に質問してくる
「あー、もう!注文の多い料理店か!うるさい客!」
巧人はねとっとした視線で、黙りこむ
ずっといい感じだったのに
はい、蜜月終わりね!!
あたし、なにイライラしてる?
仕事うまく行ってないわけじゃないけど
疲れて来たのかな
ごめん、巧人
あたしはまた巧人の周りをチョロチョロと
落ちている自分の髪の毛を拾う
「あー、やだやだ。なんなのよう、このきったない髪の毛は!!なんでこんなに落ちるのよ!縛ってても落ちる!」
怒髪天て言葉あるじゃない
怒髪天を衝く
怒りで頭から湯気でてる感じ?
天井に向かって髪の毛逆立ってるような
頭に血がのぼってて、だから抜けるのかな
相当なエネルギーの放出
負荷がかかっているにちがいないよね
あたしの頭から出るすごい静電気と
巧人の指先から出る静電気
きっと目には見えない凄まじい気流がいま
巧人とあたしの間のーーこのあたりで
渦巻いて、逆らって、ぶつかり合って、青い炎
頭を冷やすのはあたしのほう・・?
「オレ帰るー、帰るオレー」
巧人が泣きそうにいうから
あたしはしまったと思って、あわてて
「帰るな巧人のバカ~。いる、っていったじゃない!」
はああ、なんか全然フォローなってない
巧人のおっきな、ガラス玉みたいな眼は
潤んで・・
「あんたさあ、飲み過ぎ。白眼が黄ばんでる。ガキじゃないんだから、格好よく飲んでよ!」
ああ、また・・
それでも座ると、自然に手がそこにのびる
可愛いくて触ってしまう
お腹が好き、モジャモジャして来たんじゃない?
まあるく根元が段差みたいになって、ニョキっ
切ったらエリンギの切り口みたいかな
あ、こんなの書いたら誰も食べたくなくなる
食べたくなる
巧人上を見上げてうるんとしてる
「もっと気持ちよくしてくれよ~」
「ムリ、わかんない」
ほんとわかんない
「でもかわいい」
それはほんとに思う
まあ、思わない時もある
すごく触りたくて、触ってあげたいときがある
「横になろうぜ」
巧人がちょっと恥ずかしそうに
ワイルドに言う
ピークを知るおとこ、リードしてくれるのか
でもうまくいかない時もある
巧人の手が自分で邪魔しているんじゃないの?
焦るから、急ぐから、あんたの手が当たってる
「なんだよ~、ダメじゃん今日~」
だって巧人いつもすぐなんだもん
ムードないよ
「はやく入れたいんだよ~」
いろいろ引っ張ったり、握ったり、つまんだり
あたしの顔を舐めたり、キスしたり
めくったり、いじくったり、抱きしめたり
あげくに巧人は自分で握り出す始末
「う~出る、出る、出ちゃう」
なんか巧人あんた、いつもそれ言ってる
あたしはそこに口をつける風にする
巧人は一瞬ひるんで、安心したように枕に落ちる
「あ、出る」
っていうから、あたしは飲んであげた
生温かくてとろってして、キレが悪くて
口に入れたまま、三口かな
おいしいもんじゃないけど今日はいいよ
巧人の顔は見えないけど
きっと赤くなってニヤニヤしてるよ
「もういいよお~」
「今日はネバネバDayだ~。納豆食べなくて良かった~気持ち悪くなってたよ~」
ひどい言い種だろうけど、なめこのお味噌汁を飲んだんだもん
むかし、小説の書き方って児童書読んで
一子って女の子のおばさんが小説家で
安いアパートで小説書いて暮らしているんだ
おばさんは涙をこぼして
味噌汁をかけたご飯を「貧乏小説家めし」
と言ってかきこむのだ
そのシュールな昭和の挿し絵が好きだった
以来、形から入るあたしは
「小説家めし」を堪能している
そういえば昭和のドラマも漫画も
小説家は貧乏でボロアパートに暮らしている
たいてい推理小説みたいに、なりすまし殺人
儲け話で強盗殺人、売れっ子小説家になって
尽くした女を殺害・逆玉の輿乗りかけて露見
ろくなもんじゃなかったけど
毎月安アパートで暮らせるくらいは
原稿料貰えるんだなあ、と思っていたんだわ
あたしは昔からそんなこと信じてるバカ
ネバネバ食べたし元気出たことだし
巧人が寝んねしたら書きはじめよう
巧人さ あんたたまに飲んで荒れる時あるよね
自分で取り返しつかないこと
したと思ってつらくて飲んで荒れるんだよね
あたしに遠慮しないでよ
浮気だって、女の子と遊んだっていいんだよ
今時の女子高生なんてあんたを食っても
脅したり、彼女にしろ迫らんだろ?
さっぱりしてるのとちがう?
20歳過ぎてドロドロしてきた
アオノロみたいなきったないうちらになる前の
生き生きした細胞が泳ぎ回ってる身体
あんたは居酒屋のスタアだもん
あたしみたいに「貧乏めし」食べて
なにをわかってほしくて書いてるのかも
わからないような世の中を憂う小説
あたしとあんたじゃ、あんたに釣り合わないようで
賞味期限も過ぎて、あとは消費期限を迎えるだけの
そんなあたしじゃ申し訳ないようで
最近、あんたが愛おしい
巧人が消えたらさ
やっぱりあたし、寂しさと後悔で耐えらんないよ
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