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「蛇笏の岡」

森のハズレや山の入り口や行きどまり

棲み付くにはそこしかなかった

神社の床下の、サラついた砂みたいな地面に横たわって、猫みたいにお腹から子どもが下りて来るのを待っている

手枕をしていたけれど
もう髪が汚れても構わなくなってしまった
脂みたいなものが浮いてきて、うねるカジメのようだ
自分の垢と脂に余計に吐き気がする

でももういい
たぶん、勝手にそれは出てくるから


棲み付くのは、物乞いや、病人が多かった

ずっとムシロの上で指を動かして、何か小さなモノヲ作っている翁もいた

「お爺さん、それは何を作っているの?」

翁は歯がなくて、でも肌は艶やかで、とても穏やかそうだった
手のひらを広げて見せてくれた
黒い光沢の、硬そうな小さな木の枝のようだ
流木を小さくしたような趣きがある

あたしはそれが骨か角のように感じた

あたしはそこよりもずっと上に、荒い岩を登ってきた
削られて雨水で泥になり、さらに踏み叩かれて、硬い硬い岩みたいな土の道
行き止りの崖の背に造られた小さな社
その床下に

闇見るぞなく
闇に魅入るる


あたしの赤い腰巻きはいつの間にか
黒茶けた

ベタベタ
変な湯気
グシャグシャなもの
舐めたらあたしのお腹の飢えも癒えるのか
こすってかわいたら
さらさらやわらかい
あたたかいのか

降りる時はよけいに怖かった

風景は変わっていた

嵐の夜に飛んできた薄くて頑丈な錆びた板
その下に幾つも汚れた足が並んでいた
川原のほう
食い違いの段差の下は、大きな川だったのに流れが塞がれている
大きくて太い幹の、長くて真っ直ぐな、枝もない杉が、倒れていたのだ
たくさん人がいて、幹に乗ったり背伸びしたりして、尺を測っているようだ
みんな黙々としていて、煤けたあたしのことには気づきもしない
ずぅっと向こうの山の斜線にまで、その杉の先端が見えた

生きている人いるのかな

赤い汚れた腰巻きを抱え直して、そろそろ歩く

やっと逃げてきたのに

目がジンジン熱くて痛い
燃えてるみたいだ
出てくる涙も熱くてしみる
そしてこめかみ、痛い
子どもが下りてくるころ、頭の後ろ
下のほうが痛かった
それは左右に移動して
額に移動して、今はこめかみに

触るとかたくなってきた
だんだん突起してくるのか、中からなにか盛り上がる
ここにもいられない

あの、ムシロの上の唯一起きていたお爺さん

死んじゃったかしら

あたしの顔がどうなってしまっているのか、ぜひ聞きたかったのよ

すやすや眠ってる
眠っているのよね?
涙が吸い付くようにやわらかくて
あたたかい頬

雑木も藪も生えていない、広くなった所に出る
大杉が一本あった
その洞の中ならすっぽり入る
屈んでいても寝駕籠に乗っているようで
楽でいい

こんな奥に新緑の光りの差す、明るい野原があったなんて
時折鳴く鳥の声に目が覚めて、あたしは驚く
きっとこのこめかみを破りそうな痛みが癒えたら、小川の水と木苺を探しにいこう


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