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小文字のノウハウ、自分の問題

多様性の時代、なんてことがよく言われます。たしかに、皆が共通のものを求めている時代は終わりを迎えつつあるのでしょう。

「大きな物語が終わった」という大げさな話を持ち出さなくても、それぞれの人が望む幸福な生活や成功の形は違っています。たぶん、高度経済成長期の時代だって本当は皆がばらばらな生の指向性を持っていたはずですが、社会的な建て前として「一億総〜〜」みたいなことが言われていたのでしょう。

今ではそんな建て前はばらばらに崩れてしまいました。

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人々が求めているものが違っており、置かれた環境も異なるならば、「どのようにして成果を得るのか」というノウハウも共通的なものを見出すのは難しくなります。2000年〜2010年代のビジネス書では、これさえやれば皆成功する、という雰囲気が漂っていましたが、現代ではそんなテンションはほとんど通用しません。若い人ほど、そこにあるうさん臭さを感じ取っていることでしょう。大文字のノウハウは廃れつつあるわけです。

そうなると、個々の人が自分なりになんとかするための方法を編み出すしかありません。大文字のノウハウから小文字のノウハウへのシフト。本来は、そのように状況が動いてしかるべきですが、提供されているノウハウはどうなっているでしょうか。

私が見るに、『独学大全』という本はその点をしっかりと押さえています。たった一つの「勉強法」を提示するのではなく、さまざまな困り事(しかも実際的な困り事)に対応するために多数のノウハウを提示する。実践に臨む人は、それらの中から自分が必要なノウハウを選択する。あたかもグリーンを攻めるゴルファーのように。

必要なのは、「絶対にうまくいく方法」を一字一句違えずに実行することではなく、状況を踏まえて自分なりにノウハウを当て、アレンジし、その組み合わせの総体として自分なりの「方法」を作っていくこと。そういう姿勢なのでしょう。

拙著『「やること地獄」を終わらせるタスク管理「超」入門』でタスク管理の用語を整理したのも似た目的があるからですし、『思考を耕すノートのつくり方』でノート術を整理したのも同様です。また、『ロギング仕事術』ではそれぞれの人が自分なりの仕事術を起動させるためのフレームとして「ロギング」というものを提示しました。このnoteで紹介した「トランジッション・ノート術」も同じです。

それぞれの人の多様なやり方の構成を助けること。

それが小文字の時代におけるノウハウ提供において大切なことではないでしょうか。あたかもプログラミング言語における「ライブラリ」が、他のライブラリと組み合わせて使うことを前提として作られるように。

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そんな風にして、ノウハウ情報が整備されていけば好ましいと言えそうですが、それだけでバッチリOKとは言えません。有能なライブラリがどれほど取り揃えられていても、自分が作りたいプログラムが何かわからなければ使いようがないのと同じで、自分が何を欲し、何に困っているのかがわからないと、あまたのノウハウから選ぶことができないのです。

つまり、ノウハウを活かすためには、「自分の問題」を把握している必要がある。

残念ながらこれは厄介な課題です。「自分の問題」なのだから自分ならすぐにわかるだろうと思われるかもしれませんが、案外わかっていないことが多いものです。中には他人の問題をそのまま引き受けて、それを自分の問題だと勘違いしている場合もあります。

もっと厄介なのは、「自分の問題」がわからないとして、どうやってその問題を探せばいいのかもわからないこと。私たちはすぐに答えが検索できる世の中にあって、何かの「探し方」をだんだん身につけなくなってきています。もちろん、「自分の問題」がググれるはずもありません。

ではどうやって探せばいいのか。『リサーチのはじめかた』や『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』というような本は間違いなく役立つでしょう。でも、それとは違う始め方もあります。それは「他人の問題」に触れることです。他の人がどんな問題を持っているのかに触れることで、「これは自分と近しい。これは自分と遠い」ということを判断し、その距離感から「自分の問題」に迫っていく。そういうやり方です。

では、「他人の問題」はどこにあるのか。それは「他人のノウハウ」にあります。他の人が提示するノウハウとは、その人が抱えている問題とその解決策のセットです。私たちは、他人のノウハウを通すことで、他人の問題に触れることができる。

その際に重要なのは、あくまで「他人のノウハウ」として意識しておくことです。言葉巧みな人は、自分が抱えている問題を、あたかも情報の受け手の問題でもあるかのように思わせるのが得意ですが、それをそのまま鵜呑みにしてしまうと、ノウハウに詳しくなる一方で、ますます「自分の問題」が見えにくくなります。

なので、それはそう言っているだけであり、自分は自分で別の問題があるのだと割り切っておくのがよい案配でしょう。

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自分の問題を自覚し、それを解決するための方法を自前でつくる。

言葉にすると簡単そうな行為ですが、実際にやってみると一筋縄ではいきませんし、一朝一夕で「答え」が出るものでもありません。

その代わり、その道行きは探究に満ちていて、きっと楽しめるはずです。

もちろん、最終的にいろいろ巡った結果、自分には問題と呼べるような問題は特にない、とわかることもありえます。それはそれで一つのよい到着地だと個人的には思います。

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