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はじめに:「やること」いっぱい人生への処方箋

『「やること地獄」を終わらせるタスク管理「超」入門』(倉下忠憲)の「はじめに」を公開しています。

「やること」がうまくできない私たち

現代は、やること過剰社会です。ひとりの人間に、大量の「やること」が降り注いでいます。皆さんも、たくさんの「やること」を抱えておられるのではないでしょうか。そして、それに振り回されているのではないでしょうか。うまく扱うのではなく、それらに追い立てられている。そんな感覚です。

対象は、さまざまでしょう。仕事、学業、副業、趣味、プライベート、ボランティア、ゲーム攻略、友人とのプロジェクト、エトセトラ、エトセトラ。数え始めればキリがありません。それらは義務的な「やるべきこと」であったり、情熱的な「やりたいこと」であったりとさまざまでしょうが、どちらにせよ「やること」には違いありません。その意味で、現代で「やること」が何一つない人など、極めて稀でしょう。自由に動き回っている子どもですら、「やること」をいっぱい抱えています。大人ならなおさらでしょう。

ときにその数の多さに、押しつぶされてしまうかもしれません。あまりにも「やること」が多く、どうしていいのかわからなくなってしまう。そんなことも起こりえます。科学技術が進歩し、物質的にも豊かになったことで、個人の自由は格段に増えました。物やサービスは、目移りがとまらないくらいたくさんあります。また、個人の権利が尊重され、「やること」を自分で選べる環境も整っています。それは人類の成果でもあり、勝利でもあるのでしょう。しかし、ここまでたくさんの「やること」を人間はうまくさばけるのでしょうか。

たしかに技術の進歩による効率化によって、人間が達成できることは増えました。しかし、その効率化の速度以上に、「やること」が増えているのではないでしょうか。スマートな技術によって、どこでも仕事ができるようになったことで、逆に休みの時間がまったくなくなってしまった、という悲しい現実もあります。実際、技術の進歩は、個人に余暇を提供するのではなく、ますます多くの「やること」を付与するようになっています。「やること」が増える速度は、効率化の速度をはるかに上回っているのかもしれません。

残念ながら、ここまで大量の「やること」を適切にさばくように、人間の脳は最適化されていません。一つや二つならなんとかなっても、十や二十、あるいははるかにそれを超える数を頭だけで管理していくのは不可能です。数ヶ月かかるような大プロジェクトを管理するのも難しいでしょうし、それが複数並行で走っていたら、もうお手上げです。

そのままの状態では、どうしようもありません。打開策が必要です。

どこでそれを学ぶのか?

つくづく思うのです。学校では教えてくれないけれども、うまく生きていく上で必要な知識っていっぱいあるよな、と。「やること」との付き合い方もその一つです。

よくよく思い出してみると、「やること」への対処法は教えてもらうことがあまりありません。学校でもその機会は少ないように思います。むしろ学校という装置は、「やること」を適切に選別し、負荷になりすぎないように学生に分配するような機能があります。たとえば、入学したばかりの学生に、山のような教科書と宿題を提示して、「これを卒業までにやってくれれば、どんな順番でも速度でも構いません。ご自由にどうぞ」と言うことはありません。一学期はこれをやって、二学期はこれをやってと、きちんと順番と速度を決めてくれます。学生が自分で「やること」を決めなくても大丈夫なのです。一方、社会に出ると「やること」の雨あられが容赦なく降り注いできます。しかも、それを自分ですべて段取りしなければなりません。後から振り返ってみれば、―現在学生の方には信じられないかもしれませんが―いかに学校がありがたい存在だったのかがわかります。学校は、一種の「やること」防護シェルターなのです。

だからなのでしょう。学校では「やること」のうまいさばき方を教えてくれませんし、自主的に学ぶことも難しいものです。夏休み中に宿題を終えるように指示はされますが、どうすればそれが実行可能なのかのノウハウまでは教えてくれません。えっ、毎日少しずつやればいい? たしかに正論です。でも、その正論が通用しないからこそ、大焦りする学生は後を絶ちません。同じことは、社会に出てからも頻繁に起こります。むしろ、人生では常に起こると言っても過言ではありません。

そこで、役立つのが「タスク管理」です。

「タスク管理」とは、主にビジネスの現場で用いられるノウハウで、簡単に言えば「やること」のさばき方です。学問的な分野として成立しているわけではありませんが、さまざまなビジネスパーソンやコンサルタントがこの分野を実地的に研究しています。その中でも特に注目されるものは、ノウハウ書やビジネス書の形で発表され、それが、ビジネスパーソンの生産性に影響を与えることもあります。

しかし、タスク管理はビジネスシーンだけで有用なわけではありません。ビジネスの現場以外でも、十分に活躍します。主婦(主夫)でも、大学生でも、熱心なゲーマーでも、引退後の有閑者でも、何かしらの行動は欠かせないわけで、それはつまり「やること」と付き合っていく必要があるということです。「やること」を扱う技術は、どんな人にでもニーズがあります。言い換えれば、タスク管理の技術はいろいろな場面で役立ちます。本書では、そのタスク管理の技術を紹介していきます。

本書について

本書は、次のような構成になっています。

まず第1章と第2章では、タスク管理とはそもそも何なのかを摑まえていきます。タスク管理という概念と効能についての入門です。続く第3章から第6章では、タスク管理の用語を紹介します。基礎用語、ツール、ノウハウなどを分野ごとにまとめます。それぞれの章に登場するのは、目に見える具体的な道具ではなく、少し抽象的な、概念としての道具です。具体性を欠いている分、さまざまな環境に応用できる知見たちです。最後の第7章から第9章では、そうしたノウハウを実践していく上での注意点を押さえます。タスク管理の技術を活かすためのヒント集です。

まったくタスク管理を知らない方は第1章から、ある程度理解している方は第3章から、すでに実践されている方は第7章からの内容が役立つでしょう。状況に合わせて読み進めてくだされば幸いです。

ですが、すみません。最初に断っておくと、タスク管理は万能薬ではありません。銀の弾丸でも打ち出の小槌でもありません。うまくいくこともあれば、うまくいかないこともあります。そして、トラップも潜んでいます。

「この本を読めばバリバリ自己管理ができるようになって、秒速で圧倒的成功を収められる」

なんてことは、口が裂けても言えません。せいぜい、これまでよりも少しうまく「やること」と付き合えるようになるだけです。しかし、人生が「やること」でできている以上、その変化は思っているよりもはるかに、―それこそ「秒速で圧倒的成功を収められる」以上に―大きい可能性を秘めています。そして、その道行きは、最後には人生の舵取りへとつながっていくでしょう。なぜなら、タスク管理を行うことは、大量の「やること」を効率的にさばくことだけを意味するわけではないからです。

人生は行動と思考でできています。やったことと、やらないと判断したことの総合でできています。どんな風に行動するのかが人生を形作っていきます。つまり、「やること」の管理は、人生の管理でもあります。

タスク管理は仕事以外でも役立つと書きましたが、むしろ仕事以外の領域の方が役立つでしょう。なぜなら、そうした領域の方が、裁量が大きいからです。裁量が大きいところほど、管理の技法は役立ちます。むしろ、裁量がなければ、管理する余地もありません。義務教育の学生が自分で管理しなくていいことは、選択できる行動が少ないことの裏返しでもあります。

しかし、人生は違います。生きることは、個々人の自由に任されています。言い換えれば、「いかに生きるか」についての裁量は、それぞれの人が持っています。昔ながらの日本社会的価値観に沿って生きていけば、それなりの幸福がやってきたような時代ではもうありません。既存の構造が疲弊し、個々人は自分の生き方を組み立てていかなければならない時代になっています。そんな時代においても、タスク管理の技術は役立ちます。

ですので、物事をうまく進めたい、自分の思うように進めたい、もっと自分で選択して生きていきたい、という気持ちをお持ちならば、さっそくページをめくってみてください。タスク管理の技法を一緒に学んでいきましょう。

「はじめに」は以上です。


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