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「早すぎた個人と情報の技術」

Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~ 2022/02/21 第593号

○「はじめに」

今週も縮小版です。頑張れば書けそうな気持ちと、「いや、今は頑張るタイミングではない」という気持ちが戦い、後者が勝ったのでとりあえず今月は縮小版でお送りします。

最近、書き物はほとんどできておりませんが、ポッドキャストではしゃべっておりますのでよければそちらをお聴きください。

◇第九十八回:Tak.さんと書く行為とツールの相性について by うちあわせCast

◇BC031『読書会の教室 本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』 - ブックカタリスト

*本号のepub版は以下からダウンロードできます。



○「早すぎた個人と情報の技術」

590号の「ライフハックとは何か」で書いた話をもう一度取り上げる。

米国のライフハックは2006年ごろから話題の活性化がスタートした。その時期はIT機器やツールがアーリーアダプターの手に届き始めたタイミングでもあった。そうした機器やツールによって、新しい〈スタイル〉が生まれようとしていた。あるいは、そういう期待の熱量が高まりつつある時代であった。

「ライフハック」という概念は、その熱量を吸い上げて成長していった。新しい局面が訪れるとき、新しい工夫や技術が要請される。ちょうどインターネットが普及し始めていて、その熱量の吸収と拡散に適したメディアがそこにあった、という点も影響しているだろう。ブームになるべくしてブームになった、とすら言えるかもしれない。

では、その「新しい局面」とは具体的にはどのようなものであっただろうか。大きく二つ挙げられるように思う。そして、その二つは密接に関係している。

■情報化

一つ目が「情報化」である。これは改めて説明するまでもないだろう。なにせIT機器のITとは「Information Technology」の略である。情報技術の躍進。それこそがライフハックを要請したものだ。

とは言え、勘違いしてはいけないのはこの2006年に急に「情報化」が始まったわけではない、という点だ。そもそもとして、1969年に出版された『知的生産の技術』からして社会の「情報化」が念頭に置かれて書かれていた。そしてもちろん、もっとずっと昔からこの社会は情報と密接な関係を持って運営されていたことは改めて論じるまでもないだろう。

よってここではその「情報化」がどのような類いのものだったかを検討する必要があるだろう。2006年頃に起きた、情報環境的変化とは何だったのか。それは、「携帯化」と「インターネット」である。

まず、私たちの「手元」にコンピュータが携帯されるようになった。それ以前でも、PDAなどの情報端末は存在していたが、汎用的なコンピュータとはかなりの距離があったと言える。また、そうした端末(ガジェット)に興味を持つ人は、それ以前からセルフマネジメントや情報整理について興味を持つ人であり、別の言い方をすれば「手帳マニア」ばかりだった。

しかし、スマートフォンはそれとは決定的に変わっている。なぜならそれは「電話」であるからだ。スマートフォン以前から携帯電話は一人に(最低)一台という割合で普及していたが、どう考えても手帳マニアと電話を必要とする人では、後者の方が「一般的」だろう。

よって、最新のIT機器が──情報整理に興味を持たない──市井の人々の手に渡るようになりはじめたのが、この時期なのである。少し極端な言い方を許容していただけるならば、このときにようやく「パーソナル」なコンピュータが一般の人々の手に収まり始めたと言えるだろう。より「開かれた」わけだ。

しかしながら、誰とも共有しないスマートフォンは、プライベートな情報を扱う端末でもあった。ここに難しさが潜んでいる。そのプライベートな心的状況において「インターネット」という第二の公空間に接続したらいったいどうなるのか。それは現状のSNSが示しているだろう。この点は、「電話」というツールがもともとプライベートな会話をするための道具である点も関係しているのかもしれない。

とは言え、この分析に深入りするのはやめておこう。ともかく、私たちは携帯化された端末によって、インターネットという「世界」にアクセスできるようになった。どう考えても、それ以前の社会にはなかった情報環境である。

■個人化

もう一つの新しい局面が「個人化」である。

先ほども述べたようにスマートフォンやノートブックは個人がひとりで使うものである。ひどく昔のコンピュータが共有利用されていた時代とは大きな変化である。

また、オフィスの中で集合的に使うデスクトップとも違っている。非常に「個人的な空間」でコンピュータが利用できる。それこそトイレの中でも利用可能なのだ。

このメルマガを読んでいる方は、パソコンなどをかなり初期の段階から所有されていた方が多いかもしれないが、人口比率で言えばそういう人たちはレアな存在である。基本的にコンピュータを個人的に所有することは少なかったし、それを個人的な空間で利用できる人も限られていた。ここまで個人的に使える情報端末が、これほど広く普及しているのは、希有な出来事である。

しかし、先ほども述べたようにそうした端末を新しく手にした人たちは「情報整理」に興味があるわけではない。また、そういう分野に興味がある人たちのネットワークを有しているわけでもない。だから、何かしらの問題にぶつかったときに解決する知識も持たないし、相談する相手もいない。「個人的」に解決しなければならない(だから、ぼったくりのサービスが今でも跋扈している)。

とは言え、これは表面的な問題である。「個人化」にはもっと根深い問題がある。

■新自由主義との親和性

最新の情報端末を個人が持ち、インターネットを駆使することで、個人でも「世界」と関係性を構築できる(言い換えれば、強く生きていくことができる)という考え方は、驚くほど新自由主義(ネオリベラリズム)と相性が良い。

個人が力を持っているのだから、個人よりも大きな組織に頼る必要などない。企業に雇われることなく、自由に生きていこう。2022年でもよく聞こえてくるメッセージである。その内実が、労働環境が不安定な食事配達員だったりするわけだからして、メッセージの是非は改めて問われなければならないだろうが、ともかくとして個人が持つ端末によって、個人が力を手にするのだから、個人の好きなようにやらせればいい、という考え方は非常によく見受けられるものだ。

もちろんこれは、セルフヘルプ/自己啓発の流れも受け継いでいるが、それに輪をかけて、より強度が強く「個人」に視点が注がれている。逆に言えば、「個人」にズームしすぎて他のもののフォーカスが失われている。

そこでは、政治的な働きかけも、多様な連帯も、はじめから念頭に置かれていない。個人が直接「世界」と接続さえすれば、あらゆる問題が氷解するかのようである。

もちろんそんなことは幻想であるし、インターネットこそ新しい連帯の形を生み出すはずのツールだったはずだが、しかしその成果はいまだはっきりとは現れていない。むしろ、うまく独立できない「個人」を喰いものにする"ビジネス"の格好の猟場にすらなっている感がある。

ともかくとして、新しいITは、「個人」に力を与えた。あるいは力を与える前提を整えた。だから、個人はより自由と共に責任を背負い込むことになった。それが2006年頃から現れ始めた「新しい局面」である。

そうした局面に対応するために工夫や技術が要請されたのである。

■混線した状況

では、「ライフハック」はそうした新しい局面に無事対応できたのだろうか。

これに答えるのは難しい。少なくとも、状況は混線している。

ネックは「個人化」にある。ライフハックが提供してくれる数々の効率化は、基本的には「個人」を対象にしている。チームなどの話は基本的にフォーカス外である。何度も言うが、これはライフハックがセルフヘルプ/自己啓発の系譜にある点が関係している。

もしその主体が個人で仕事をする人間ならば、ライフハックの恩恵は十全に受けられるだろう。あるいは、仕事における個人の裁量が大きい職業でも同様だ。まさに、そうした新しい仕事(局面)に対応することがライフハックの役目でもあった。

一方で、すべての人が同じように働いているわけでもない。以前確認したように日本組織では一人だけ「効率化」することは基本的には望まれない状況であり、欧米の組織でも──程度は違えど──似たような状況は多いだろう。職場全体を「効率化」せずに、特定の個人だけが効率を手にしても基本的に良い結果はやってこない。

一つの理想的な物語としては、個人の効率化が組織全体へと波及していくという流れだが、現実的にそれが起こる確率は非常に低い。その確率とは、先見性のあるリーダーが職場において機能している確率と同じだからだ。

よって、そうしたごく幸運な一部の人を除いて、ライフハックは「新しい局面」に対応することはできなかった。というか、そうした職場では「新しい局面」などやってきておらず、ややもすればそうした局面の到来を積極的に回避している場合すらあるからだ。

本来必要なのは、「個人」の一つ上の視点に立ち、より大きな視野から効率化を導入することなのだが、もちろんそれは(個人の技術としての)「ライフハック」の範疇をはるかに超えてしまっている。

よって、ライフハックによる「効率化」の恩恵を受けられるのはごく限られた人、それこそ「個人」でどうにかしなければいけない人たちに限られていたと言える。

■個人の情報発信と力

もちろん、「ライフハック」の恩恵は効率化だけではない。たとえば、ブログなどを使い、情報発信を行って、個人が力を得る、という側面もある。そうした力こそが、新しい局面に役立つのは間違いない話だ。

しかし、そうした力を手にした人はいったいどれだけ存在しただろうか。非常に限定的だったのではないか、というのが私の見立てである。

(私を含め)黎明期から中期くらいにおいて「ライフハック」について情報発信を行っていた人は、上記の意味での「力」を手にしたことは間違いない。そこではたしかに、個人の情報発信によって、個人が力を得られていた。それが新しい局面に対応する力でもあった。

しかし、中期を過ぎた以降はどうだったか。個人メディア(つまりブログ)が飽和する中で、まず競争が激化した。PVを稼ぐために見出しの付け方が派手になり、記事も単純化されていった。そこに「商業的」な試みも加わる。安価で大量の記事を生み出し、SEO的小細工をすることで検索結果を接見する、という"ビジネスモデル"が現れ始めた。

そうしたビジネスの是非は別にして、そのような環境においては黎明期から中期にかけて発生していたような個人の力の獲得はまず望めない。そして、小遣い稼ぎにもならないアフィリエイトブログだけが「情報発信」の作法となっている。もちろんそれは、どう考えても新しい局面に対応できるものではない。

もちろん付け加えておけば、上記はあくまで「ブログ」というメディアの衰退であって、インターネットを使った他のメディアにおいては、こつこつとした情報発信によって個人が力を得ている例はあるだろう。しかしながら、そのようなやり方がどこまで「一般的」と呼べるのかは議論の余地がある(それも大いにある)。

■今こそライフハック

確認しておこう。

「ライフハック」は、新しい時代・局面の到来と共に要請される工夫や技術であった。そして、その局面とは、個人が情報端末・技術を身につけることで、より自由に(つまり組織の領域とは違った場所で)活躍可能になる時代の到来であった。そうした時代では、まさにセルフヘルプや自己啓発が夢見る「主体的な自己」が活躍するのであろう。

しかしながら、現実はその通りには進まなかった。

第一に、新しい局面の到来が均一的ではなかった点がある。早くそれが訪れたところもあれば、そうでなかったところもある。第二に、皆がその局面を求めていたわけではなかった点もある。状況によっては、自分は求めているけれども周りはまったく求めていない、ということもある。そういうときに、工夫や技術の知識だけあってもどうしようもない。

よって、ライフハックはある部分までは広まったが、それ以上までは広がることはなかった。少なくとも、その時代では。

そう。結局のところ、新しい局面は遅かれ早かれやってくる。LINEやZoomの普及から見ても、現代こそがまさに「ライフハック」が必要な時代でもあろう。その意味で、もう一度ライフハックの数々を再点検する価値はあるように感じる。

しかし本稿ではいったん別の地点に目を向けたい。

「ライフハック」のようなノウハウに同じようにフォーカスする、「知的生産の技術」や「仕事術」といった分野とここまでの話を接続してみたい。

(次回に続く)

○「おわりに」

お疲れ様でした。本編は以上です。

不調というのは結構「波」がありまして、そこそこ元気だな〜という日もあれば、うん今日は無理、みたいな日もあります。だからなかなかルーチン的生活が確立しにくいのですが、とりあえずちょっと元気な日に「後れを取り返そう」と頑張ることだけは避けようと意識しております。

それでは、来週またお目にかかれるのを楽しみにしております。

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