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○「Scrapbox知的生産術06」○「マークダウンについて」

Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~ 2022/06/06 第608号

「はじめに」

Tak.さんとの共著『Re:vision』がKindleの月替わりセールに選ばれました。

Re:vision: タスクリストとアウトライン

なかなか「ひねくれた」本だとは思うのですが(著者らにぴったりの本です)、それでも高い評価を頂けているのは嬉しい限りです。

もし、「よくあるタスクリスト」がうまく使えないならばぜひ本書を手に取ってみてください。

〜〜〜仕事と作業〜〜〜

タスク管理の技法の一つに「分解」があります。大きな仕事を、小さな作業に分解していくこと。

デカルトも「困難は分割せよ」と実にライフハック的なアドバイスを残してくれていますが、実に適切です。心理的にも巨大な作業には手をつけづらい(≒モチベーションが湧きづらい)ので、タスクリストに記載する項目は、極力「実際に取れる具体的な行動」にしておいた方がよいでしょう。

このように仕事を作業に分解して進めるのはまっとうなやり方ですが、一方でその逆は少しだけ疑った方がよいです。つまり、作業をしているからといって仕事をしているとは限らない、ということです。

もちろん、ここで問題となるのは「仕事」の定義です。ここでは「ある効用を発生させる行為」くらいの意味合いで使っています、もう少し厳密にすれば「経営を維持しうるだけの効用を発生させる行為」となるでしょう。

皮肉的に言えば、「お金を生むかどうか」となります。皮肉フィルターを外せば、「顧客のためになっているかどうか」でしょうか。

小さく分解された作業は「目的」をロストしています。ロストというか隠蔽が近いでしょうか。ブラックボックスの中に入っている、という表現もできるでしょう。アウトライナー的に言えば、アクションにズームしている状態です。上の階層が見えないのです。

だからこそ、そうしたアクションはスムーズに行えるようになります。スーパーに行ってカレー粉を買うときに、「おいしいカレーを作るためには、カレー粉を自分で作ることが必要ではないか」と真剣に検討しはじめたら買い物なんてままならなくなります。そういう上位概念を一旦隠すからこそ「何も考えずに」(実際は目の前のことだけ考えて)実行に移せるのです。

だから作業を書いたリストがあり、その項目を「何も考えず」に実行していると、その作業がなんの効用も生んでいないことに「気がつかない」ことが起こります。作業自体は、「作業興奮」を呼び起こすので夢中になれるでしょうし、やり終えたら達成感も得られるでしょう。でも、それが「仕事」としては役立っていない、ということがありえるのです。

旬を逃していたり、自分の得意でないことをやっていたり、何の効用も生まないことが少し前に明らかになっていたりする作業を、盲目的に行っているときに、そうなります。

これはフリーランスでは特に意識しておきたいことです。「いや、それは仕事になっていないよ」と誰も注意してくれませんので。

〜〜〜読了本〜〜〜

以下の本を読了しました。

『後悔を活かす心理学 成長と成功を導く意思決定と対処法』(上市秀雄)

心理学の知見を日常生活に活かす、というタイプの本です。マインドハックに分類できるでしょうか。

まず大切な指摘は、後悔にもいろいろなタイプがあって、「これをやっておけばバッチリ」という万能の解法は存在しない、という点。

一見当たり前の話に思えますが、昨今のビジネス書は「これをやっておけばバッチリ」というメッセージによって、理解の解像度を粗いままにとどめておくことが多いので、重要な認識になりつつあります。

大きな失敗にさいなまれているときは、心が弱り切っているので現実逃避してしまうのも有効。一方で、そのままの状態だと何も変化が起きないので、心が回復してきたら失敗と向き合い、具体的に取れる行動を見出す。

上記のような対処の切り分けが、大切でしょう。

その見方を踏まえた上で、後悔は必ずしも悪いものではなく、人間に「向上」をもたらすものだ、と本書では指摘されています。後悔の気持ちがあるからこそ、人は「次はもっとうまくやろう」と思うわけです。もし、後悔を封殺し、あらゆる心の痛みを避けているならば、そうした向上はまったく望めなくなるでしょう。

だからこそ──向き合えるならば──後悔と向き合い、それを自分の力に変えていくことが有用なわけです。

こんな風に、人の心を広く捉える心理学に触れていると、風通しがよくなります。一個人の体験に過ぎないものを、なんの検討もデータも介さずに敷延してしまうような狭い知見からは距離を置きたいものです。

〜〜〜Q〜〜〜

さて、今週のQ(キュー)です。正解のない単なる問いかけなので、頭のストレッチ代わりにでも考えてみてください。

Q. 仕事とは何でしょうか。

では、メルマガ本編をスタートします。今週はScrapbox知的生産術の06と、頂いたリクエストにお答えする原稿を一つお送りします。

「Scrapbox知的生産術06」

必要なのは、アイデアを「保管」することではなく、アイデアを「運用」することである。

そのような発見をして、ようやく『知的生産の技術』で梅棹忠夫が言わんとしていたことが理解できるようになった。

梅棹はその本の中で、以下の点を強調している。

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カードは、ただそれになにかをかいて、保存しておけばよい、というものではない。カードは、活用しなければ意味がない。カードは、くるものである。カード・ボックスにいれて、図書カードをくるように、くりかえしくるものである。
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たしかに個々のカードは、経験や知識の記録である。しかし、それをカードにしたのは、知識を分類して貯蔵するのが目的なのではない。
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カードを活用するとはどういうことか。それは、カードを操作して、知的生産の作業をおこなうということである。
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カードの操作のなかで、いちばん重要なことは、組みかえ操作である。知識と知識とを、いろいろに組みかえてみる。あるいは、ならべかえてみる。そうするとしばしば、一見なんの関係もないようにみえるカードとカードのあいだに、おもいもかけない関連が存在することに気がつくのである。そのときには、すぐにその発見をもカード化しよう。
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>>
くりかえし強調するが、カードは分類することが重要なのではない。くりかえしくることがたいせつなのだ。いくつかをとりだして、いろいろな組みあわせをつくる。それをくりかえせば、何万枚のカードでも、死蔵されることはない。
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上記のように、梅棹は何度もカードを「くる」ことの重要性を指摘している。情報を貯蔵するのではなく、活用することの意義を説いている。

私もこの本を何度も読み返し、そのたびに上記のような記述に遭遇したはずである。しかし、梅棹が言おうとしていたことをほんとうには理解していなかった。

だからだろう。以前Scrapboxの開発会社であるNotaに招かれてツールについての意見を求められたときに、「トップ画面のカードが、付箋のように動かせたらいいですね」などと答えていたのだ。今から考えれば、相当に恥ずかしい発言である。結局のところ、それは梅棹の発言をほとんど理解していない証左であるからだ。

私の頭の中にあったイメージはまさしく「付箋」であって「カード」ではなかった。だからこそ、付箋のように「いろいろに組みかえてみる。あるいは、ならべかえてみる」操作をしようとしていた。

もし、Scrapbox上でそのような操作ができたとしても、有用さはほとんどなかっただろうと今なら言える。そういう操作が実を結ぶのは、非常に限定的な情報しか保存されていない状況においてのみである。Scrapboxのように──そして梅棹の情報カードのように──長期的かつ非目的的に情報を集める場合には、そうした操作はほとんど用をなさない。

私のその勘違いは、EvernoteやWorkFlowyを使っているときから生じていた。Evernoteでも、それぞれのノートを付箋のように動かせる機能を求めていたし、WorkFlowyでもアイデアを書き留めた項目をあたかも付箋であるかのように扱っていた。

しかし、梅棹は述べている。

「カードはメモではない」

カードはノートでもなく、メモでもない。カードは、カードなのだ。

保存した情報を付箋のように操作したいというのは、それを「メモ」として扱うことを意味する。つまり、私は何度も『知的生産の技術』を読みながらも、カードをメモのように扱おうとしていたわけだ。これはかなり恥ずかしいだろう。

■勘違いの原因

私の勘違いは、おそらく次の記述に影響を受けている。

>>
知識と知識とを、いろいろに組みかえてみる。あるいは、ならべかえてみる。
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この著述からまっさきにイメージするのは一面に広げられたカードを無作為に選び出し、その二つから何かアイデアを考えることだ。

たとえば、一枚が「回転寿司」で、もう一枚が「書店」ならば、「回転書店」を思いつくこと──こうした知的操作である。一般的に言えば、発想法的用途であろう。

こういう使い方をする場合は、その対象は「自由に動かせる」必要がある。だからEvernoteやScrapboxにはそうした機能を求めていたし、WorkFlowyではそれぞれの項目が上記のような「一枚のメモ」に相当する扱いをしていた。

なんという、ナンセンス!

もはや曲解である。もう一度梅棹の記述を確認しよう。

>>
カードの操作のなかで、いちばん重要なことは、組みかえ操作である。知識と知識とを、いろいろに組みかえてみる。あるいは、ならべかえてみる。そうするとしばしば、一見なんの関係もないようにみえるカードとカードのあいだに、おもいもかけない関連が存在することに気がつくのである。そのときには、すぐにその発見をもカード化しよう
<<

まず梅棹は「知識と知識」を主語に据えている。一枚のカードが担当するのはそうした一つの知識である。一体全体「回転寿司」のどこが知識なのだろうか。あるいは「書店」は。これらは単に名詞であり、それを書き留めたメモに過ぎない。つまり、カードではないのである。

次に、「一見なんの関係もないようにみえるカードとカードのあいだに、おもいもかけない関連が存在することに気がつく」という記述がある。

さて、「回転書店」というアイデアには、どのような「おもいもかけない関連」があるだろうか。どこにもない。ナッシングである。たしかにこれはアイデアではあるが、梅棹が示していたようなカードによる発見ではないのだ。

つまり、梅棹のカード法は「発想法」ではないのである。少なくとも、ジェームズ・W・ヤングが提示したような異なる要素を組み合わせて新しい事柄を創出する、という発想法とはまったく違っている。

では、梅棹は何の話をしていたのか。

思考法だ。

彼は自分の考えをいかに進めていくのか、いかに育てていくのかを説いていたのであった。

カード法は、発想法ではない。

カードを使った思考法なのだ。

■アイデア地層の再検討

2017年に出版した『Evernoteとアナログノートによる ハイブリッド発想術』という本の中で、私は「アイデア地層」という概念を提出した。デジタルに保存した情報が、時間が経った後新しい価値を獲得する、という概念である。

今から考えれば、この概念はずいぶんと甘い部分があった。「力の作用」についての分析が足りていないのだ。

たとえば、貝塚に捨ててあったごみが、後年掘り起こされてその時代の食生活を解明する証拠になった、という事例があるとする。このときは、そのごみがなるべくその形のままで残っているのが望ましいだろう。

同じように、デジタルに保存した日記が、20年後読み返したときに、そのときの自分の心理状態や生活スタイルを分析する材料になってくれる、ということが起こる。これも同様に、データはなるべくそのままの形で残っているのが望ましい。

「アイデア地層」という概念がカバーしていたのは、上記のような「そのまま」の保存に関してだけであり、たしかにこういう役割はデジタルが非常に向いている。

しかし、考えてみると地層に眠っている資源はそうした「そのままの形」のものばかりではない。たとえば、化石燃料は明らかに化石の原形をとどめていない。地層の重み(圧力)によって変形し、液体になっている。だからこそ、別の用途に用いることができる。

このような力の作用による変形は、単にデジタルでデータを保存しているだけでは起こらない。何かしらの「力」がその対象にずっとかかり続けるからこそ起こるのだ。

では、知識や情報において、その「力」に相当するのは何か。

もちろん、「考える」ことである。

つまり、アイデア地層と梅棹のカード法を結びつければ、次のようなことが言える。

私たちは、カードを使うことによって同じ対象について考え続けることができる。そのような思考の作用が、やがて対象に変化をもたらし、異なった文脈で活かせるようになる。

これが、新しい「アイデア地層」の考え方である。

■考えの育て方

私たちに必要なのは、「デジタル情報保管庫」ではない。そうではなく、デジタルツールを使った、「考えの育て方」である。

私が一番最初に出会ったデジタルツールであるEvernoteが「デジタル情報保管庫」であったために、その後のツールの使い方も同様の方向を目指してしまっていた。

またヴァネヴァー・ブッシュが提案した「メメックス」も、思考ツールというよりは、情報検索装置であった。よって、メメックスを求める気持ちは必然的に「デジタル情報保管庫」になってしまっていた。これが私の未熟さの一つだ。

さらに、「発想法」と「思考法」の混同もあった。もちろん、共に「頭を使った作業」であり「知的労働」なのだから重なる部分はあるにせよ、細かく見ていけばその二つには差異がある。当然、その差異は「方法論」においても違いを生むのだが、そのことに私は気がついていなかった。それが私の未熟さの二つ目である。

結局、私の側にそうした視点の偏り(あるいは思い込み)があったので、何度も『知的生産の技術』を読んでいたにも関わらず、「カード法」についてはぜんぜんわかっていなかったのだ。

しかし、今や混乱は整理され、必要なことは明らかになっている。後は、その道をまっすぐ進んでいくだけである。

(つづく)

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