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iPadと執筆仕事/道具と執筆作業

Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~ 2021/06/07 第556号

○「はじめに」

ポッドキャスト配信されております。

◇BC013『コンヴァージェンス・カルチャー』 - ブックカタリスト

◇第71回:Tak.さんとレスト管理と複数プロジェクト問題 by うちあわせCast | A podcast on Anchor

ブックカタリストではひさびさに大著に取り組みました。ゲスト回を挟んだおかげで時間的に間に合った一冊です。

うちあわせCastでは、いかに休みを管理するのか、というお話を。年齢を重ねると無理がきかなくなってくるので、若い頃のやり方は使えなくなります。私は特にこの1年でそれを痛感しました。「タスクの管理」という行為そのもののアップデートが必要です。

もう一点、情報系ツールでは「全体」が常に目に入ってしまう、なんならそれがHomeになってしまっている、という問題も指摘しました。そういうツールの設計があたり前になっていることを考えると、その影響は想像以上に大きいかもしれません。

〜〜〜ゲラ確認〜〜〜

7月23日発売予定の新刊のゲラ確認を進めております。本号のメインコンテンツは、そのゲラ作業まわりの話になっていますので、詳しくはそちらをご覧ください。

で、こうした作業で倉下が重視している指針が、「まずは一通り目を通すこと」です。頭から終わりまでざっと目を通して、細かいところはその場で片づけ、細かくないところはリストに記載して、サクサクと進んでいくことを目標にします。学校の試験問題と似ていますね。まず全体像を確認すること。

そうやって全体像を把握した後で、腕まくりして作業に取り組むわけですが、こうしておかないとときどき困ったことがおきます。たとえば、第一章をきっちり仕上げて、第二章をきっちり仕上げてと段階的に進めていくと、最後の章に到達したときに──もう締め切りが迫っているのに──、むちゃくちゃ時間のかかる修正個所にぶつかるかもしれません。これはたいへんです。

一方、先に「むちゃくちゃ時間のかかる箇所」を把握しておけば、適切な時間配分もできますし、それ以上に「それについて考える時間」が得られます。脳は、無意識でも考えを進めてくれるので、取り組む問題は早めに脳を通過させておくのが賢明です。

無限に時間があれば、段階式でも問題はないのですが、書籍執筆もこのあたりになってくると締めが動かしがたくなってくるので、その時間の中でうまく作業を進めていきたいところです。

〜〜〜作業時間の違和感〜〜〜

約2年ぶりのゲラ確認作業なのですが、ちょっと緊張気味に、それでも腕まくりして作業に取り組もうとしているときに違和感に気がつきました。

毎日、午前中は原稿の書き下ろし作業に当てていて、午後からは本を読んだりメモをまとめたり作業をしています。一番集中力がある時間に、一番集中力を要する仕事をする。適材適所の時間版です。

一方で、ゲラの確認は基本的に「読む」仕事です。書くこともありますが、主要な仕事は徹底的に読むことです。何度も何度も読むことです。

このような作業性質のズレから、午前中にゲラ確認をしようとすると、「この作業をやっていて大丈夫なのだろうか」という気持ちが湧いてくるのです。違和感の原因です。

とは言え、実際はものすごく集中力を使うので(かなり疲れます)、午前中に取りかかるのが賢明だ、ということを一週間やってみて気がつきました。

こういう風に、少しずつ「以前の仕事」を今の環境に取り込むようにしています。徐々に体と脳を慣らしていきましょう。

〜〜〜次の本の企画案〜〜〜

ゲラ確認作業を進めつつ、それとは別にネクストバッターズサークル企画について検討しています。ようするに新刊の次の本です。

バザール執筆法においては、「書きながら考える」が主要なアプローチになるわけですが、企画のスタート時点ではいわゆる「企画案」が必要となります。どんな本にするのかを章立てするわけです。

これまでのやり方では、テーマを決め、それを支持する要素を6〜7つ程度に還元し、それぞれの中身を緻密に詰めていく、という手順を踏んでいましたが、今回はそうした手順を採っていません。むしろ、まったく逆になっています。

つまり、まずその企画案で書けそうなことを全部洗い出し、それらの小さい要素をうまくまとめられる中規模の箱を考え、その箱が複数並んだときに適切な粒度になっているかを検討し、なっていなければ再び箱について考え、うまく箱ができたら、それらの箱の群からその本のテーマは何か、を考えるという手順です。

正直言って、かなり疲れるやり方です。「箱」作りのプロセスで大幅に認知資源を持っていかれました。何度も箱→解体→箱→解体を繰り返しました。しかし、こうしないと生まれないであろう企画案ができそうだ、という予感もあります。

今後の課題は、今回行った箱作りをいかにスムーズ(というか認知資源を浪費しない形で)進められるか、という作業改善です。

こんな風にして、バザール執筆法も少しずつレベルアップしています。実践(実践)の中での成長、というとちょっと少年バトル漫画風のレベルアップです。

〜〜〜最近読んでいる本〜〜〜

最近読んでいる(あるいは読み終えた)本を三冊紹介します。どれも面白い本です。

『理不尽な進化 増補新版 ――遺伝子と運のあいだ』

2021年4月発売のちくま文庫の一冊。一見、進化論の本のように思えますが、その実「進化論」についての本です。つまり、私たちが一般的に用いている「進化論的考え方」がいかなるものであるのかを検討しているのです。まだ途中なので、今後どう話が展開していくのかはわかりませんが、人文系書籍が好みならまず間違いなく楽しめる一冊でしょう。

『感じるオープンダイアローグ』(森川すいめい)

2021年4月発売の講談社現代新書の一冊。オープンダイアローグという手法がどのようなものであり、著者はそれとどう出会って、いかに実践しているのかが率直に語られています。この本読んでからずっと「ひらくとはどういうことか」を考え続けています。

『UNIXという考え方―その設計思想と哲学』(Mike Gancarz)

2001年発売。UNIXのコマンドを紹介した本ではなく、UNIXがいかなる「考え方」で成り立っているのかを解説した本です。ツールと思想を論じた本として見事な一冊です。

〜〜〜Q〜〜〜

さて、今週のQ(キュー)です。正解のない単なる問いかけなので、頭のウォーミングアップ代わりにでも考えてみてください。

Q. 朝一番に、意識的に取り組んでいる作業は何かありますか。

では、メルマガ本編をスタートしましょう。2021年の6月は「道具と執筆作業」をテーマにお送りします。

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○「iPadと執筆仕事 道具と執筆作業」

仕事で使うためにiPadを新調しました。5月15日にAmazonで注文し、5月16日にコンビニで受け取りました。内容は以下。

・Apple iPad Air (10.9インチ, Wi-Fi, 64GB) スカイブルー (第4世代)
・Apple Pencil(第2世代)

主要な用途としてイメージしていたのは「ゲラのPDFに赤入れする」作業です。私は京都に住んでおり、出版社は東京にあって、その間で印刷された紙の原稿をやりとりするのはエコではありませんし、何より往復のためだけの時間がかかります。スケジュールが「押す」ということです。

個人的には、赤ペンを持って大量の紙と向き合うあの雰囲気も大好きなのですが、上記のようなもろもろを考えてPDFによる原稿チェックを選択しました。つまり、iPadの出番です。

■言われた通りに買ってみる

一応、以前からiPadは所有はしていました。きわめて古い、もう型がよくわからないくらいにオールドなiPadです。最新のiPadOSをインストールできないくらいに古いそのiPadを使って、2019年に発売された『「やること地獄」を終わらせるタスク管理「超」入門』のゲラ確認は行いました。正直、かなり面倒なことが多かったように記憶しています。

さすがにもうそろそろ買い替えどきだろうと判断し、新しいiPadを購入した次第です。

とはいえ、基本的にPDFにペン入れする、という作業がメインなのでハイスペックなiPadは必要ありません。ディスプレイのサイズは欲しいのでiPad miniではやや力不足ですが、一番安いiPadでも十分だろうと考えていました。でも、一番安いiPadだとApple Pencilの第2世代が使えません。そして、第2世代と第1世代がどう違うのかもわかりません。わからないことだらけです。

こうした決定は、変数が多い連立方程式のようなものなので、考え過ぎると混乱が深まるばかりです。「えいや」と決めてしまうことが必要です。そこで、Twitterでアドバイスを頂いた@goryugoさんの提案通りのセットを買いました。それが最初に紹介した2アイテムです。

先回りして結果を書いておくと、これはとてもよい買い物でした。たしかに第2世代のApple Pencilの使い心地はよく、このペンを使うために少しだけお高いiPadを選択するだけの価値はありそうです。

Apple Pencilもお高い部類に入りますが、それでも「それなりに使えるペン」に数千円出すのであれば、思い切ってApple Pencilを買ったほうが満足度は高いでしょう。しかも、私は仕事道具として買うわけで、そこで倹約精神を発揮させ過ぎるのは美徳とは違っているはずです。

むしろ、自分の道具にお金をかけることは──青天井というわけではありませんが──一つの投資として大切なことだと思います。

■その他の作業

もちろん、ゲラPDF作業以外にもiPadで想定している作業はいくつかありました。

・手書きノート・手書きカードの代替
・PDFリーダー
・電子書籍リーダー

まず、手書きノートや手書きカードの代替です。正直、スタイラスペンでiPadを使っていたときは、紙のノートの二段階くらい下の下位互換でしかなく、「編集できる点が便利だね」くらいのメリットしかなかったのですが、Apple Pencilが(特に第二世代が)鉛筆のような書き心地であるという前評判を聞いており、だったら紙のノートの代わりになるのではないかという予感がありました。

同様に、手書きしている情報カードもデジタル化したらいろいろ便利そうな気がします。これはぜひとも試してみたいところです。

また、本当にごくごく単純に、PDFを読むときにiPhone(SE 2)では画面が狭過ぎるのです。かといって、MacでPDFはあまり読みたくありません(謎の心理です)。だから、読もうと思うPDFはダウンロードするだけして、そのまま積読になることが大半でした。最近は、ネットで見つけた論文(日本語で書かれているもの)も目を通すようにしているのですが、それらも「あとで読む」化しているのが現状です。

しかし、iPadなら!

……というように、新しいツールの導入で今の自分の問題がまるっと解決するのではないかと夢想するのは悪い癖なのですが、思い描いちゃうんだから仕方がありません。ともかくPDFを「読む」ためのツールとしてiPadに期待がありました。

最後に、電子書籍リーダーとしての活躍です。電子書籍、特にepubをベースにしたリフロー型の電子書籍を読む場合は、先ほどとは逆にiPhoneが活躍します。やはり片手で持って読める、という取り回しのよさが適しているのでしょう。

一方で、iPhone SE2では漫画が壊滅的にダメです。読めなくはありませんが「読めなくはない」レベル以上にはなりません。なので、漫画を読むときだけはKinde Fireタブレットを使っていたのですが、最近漫画はBook Walkerで買うことも多く、その場合Kinde Fireで読むのは(不可能ではありませんが)なかなか難しいので、結局疎遠になる結果に。

iPadが導入されれば、これまで以上に漫画を読んでいけそうです。これが「作業」なのかどうかはちょっとわかりませんが、私の生活にとっては大切なことです。

あと、蛇足ではありますが、iPadの役割として「大画面でゲームをする」もあります。これも作業とは言い難いのですが、iPhoneでは画面サイズを必要とするゲームはやろうと思わないので、そうした理由で遠ざけていたゲームも楽しめるのではないか、という予想がありました(でもって、実際に楽しんでおります。最近は雀魂というゲームをやっています)。

とりあえず、以上の作業なども加味して、iPadの費用対効果は計算できるでしょう。でもって、現状は「十分ペイしている」が感想です。

■細かい作業についての感触

iPadのメインの作業はPDF校正ですが、その話に入る前に周辺作業の感触から書いていきます。

まず手書きノートの代替ですが、「不可能ではないし、便利だが、紙を淘汰まではしない」が現状の感想です。GoodNotes 5というアプリは過不足なく使える便利ツールですが、「決定的」という感触はありません。

複数のノートブックを作成でき、用紙が自由に選べて、ルーズリーフバインダーのようにページの入れ替えも可能で、ペンツールに不自由もありません。また、先ほど書いたようにApple Pencilでの「書き心地」はたしかに鉛筆を使っているかのような感覚です。足りないものは何もないように思えます。Apple Pencilのボディをダブルタップすれば、「ペン」と「消しゴム」がトグルするので、むしろ紙に鉛筆で書くよりもスムーズとすら言えます。

でも、何かが足りません。

それが何かをしばらく考えていたのですが、いくつかの要素のうちで一番大きいのが「書き心地の多様性」であることに気がつきました。紙とペンの場合、その組み合わせによって「書き心地」がさまざまに動きます。同じ紙でも使うペンによって書き心地は変わりますし、逆にペンが同じでも紙が変わると感触が変わります。その組み合わせの妙を楽しむようなところが紙+ペンにはあります。

たとえば、先日KOKUYOから発売された「PERPANEP」は、3種類のペンと用紙がラインナップされていて、それぞれを組み合わせる楽しさが提案されています。

◇ペルパネプ(PERPANEP)|コクヨステーショナリー
https://www.kokuyo-st.co.jp/stationery/perpanep/

たとえば用紙には「つるつる」「さらさら」「ザラザラ」の3種類があり、「ザラザラ」のノートに書いていると、「文字を書いている!」という感覚が強く得られます。このあたりは、キーボードのストロークと近い関係があるかもしれません。人間の感覚は、わりと繊細なのです。

iPadとApple Pencilの組み合わせは文句なく便利なのですが、用紙側もペン側も変わることがないので、書き心地はずっと同じです。iPadのフィルムを換えれば書き心地も変わるでしょうが、アナログノートを使い分けるようには手軽にできません。ここにどうしても物足りなさが宿るです。

とは言え、これはあくまで感覚的物足りなさであって、それをいったん脇に置いてしまえば、本当にiPadとApple Pencilの組み合わせは「手書き入力」のツールとして最適だと言えます。何冊もの「ノートブック」をアプリ内に入れておけるので、プロジェクトの情報を分けて管理・保管するノート用途としてはほとんどベストだと言えるでしょう。

■カードはどうか

では、情報カードはどうでしょうか。いくつかアプリを試してみたところ、「Cardflow」というアプリが一番「それっぽい」使い方ができることがわかりました。

カードを置いておくためのボード(ノートブックのようなもの)を作成し、その中にカードを作成していくというアプリで、それぞれのカードは手書きでもテキスト入力でもどちらでも作成できます。カードは自由配置であり、ドラッグ操作で「リンクの線」をつなげることもできます。

つまり、カードの作成・編集、配置・移動、関連づけといったことが可能なわけです。

とは言え、正直なところ、これは「アナログツールのデジタル的模倣」でしかないなとも感じます。修正したり色を変えたりする作業は、デジタル的で便利なのですが、それ以上の何かはありません。言い換えれば「便利になったアナログ手法」以上のものにはなっていません。

これはたぶん、私がScrapbox脳になりすぎているのでしょう。せっかくデジタルツールを使っているのだから、情報同士の接続がスマートに行われて欲しい、と思ってしまうのです。自分でカードをドラックしてリンクをするのは直感的でわかりやすいですが、そもそもその操作の発想が「アナログ」に縛られているとも言えます。少なくとも「へぇ〜、そんなことができるんだ」のような発見はどこにもありません。

欲張りなことを言えば、ツールの開発者が「そもそもカードに書くとはどういうことなのか」をより深く検討し、その原理性をデジタルに応用した上で新しいUIを開発して欲しいところですが、「だったら、自分でやれよ」というツッコミが自分の中から湧いてくるので、そこまで立ち入るのはやめておきましょう。

とりあえず、デジタルによって手書きの入力環境はきわめて簡便になりましたが、それ以上の「カード」環境にはなっていません。ここはまだまだ追求する余地がありそうです。
*「そもそもカードに書くとはどういうことなのか」はまた別稿で検討してみましょう。

■読むツールとして

また当初期待していたPDFリーダーとしての役割ですが、これはもう文句がありません。ブラウザで踏んだリンクがPDFであっても、そのまま快適に読んでいけます。

また、文字主体の電子書籍はいまだにiPhoneを利用していますが、漫画はBookWalkerやDMMブックスのアプリが活躍してくれています。特に漫画は、「それを読んで知的生産的メモを取る」といったアクションはまるで必要ないので、仕組み的なことは何も考えずに、ただ読んでいけるのがよいです。

一方で、論文などのPDFを読んだ際はどうすればいいのかはまだ適切なフローが見つかっていません。これまでは、論文よりも本を主体として管理していたのですが、もう少しだけ管理対象を広げる必要がありそうです。

(PDF周りのお話は結城浩さんのツイートも参考になるので、そちらもご覧ください)
https://twitter.com/search?q=from%3Ahyuki%20PDF&src=typed_query&f=live

というのが、現状の「サブ」の作業周りのお話です。以下からは、メインの作業である校正作業の話に移ります。アプリ周りの話ではなく、作業そのもののお話になります。

(下に続く)

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