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自由にひらかれたノート──『すべてはノートからはじまる』 #08

なぜ、ノートを書くことが必要なのか。情報が多すぎる現代において、私たちはノート(記録)とどのように付き合えばよいのか。身近でありながらも、現代的な困難を内包するその問題を解き明かす『すべてはノートからはじまる あなたの人生をひらく記録術』。その一部を公開します。

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第1章 ノートと僕たち 人類を生みだしたテクノロジー(06)

ノートを不真面目に使う

ノートを不真面目に使うとは、ノートを真面目には使わないことです。杓子定規に、言われた通りに、決まり切ったやり方に従わないことです。
 皆さんは、歴史の教科書に出てくる偉人の写真に落書きをしたことはあるでしょうか。あるいは、ページの隅っこにパラパラ漫画を描いたことはどうでしょうか。どう考えても「真面目な」教科書の使い方ではありませんが、きっと楽しかったと思います。

そして、楽しいことは続きます。ノートも同じです。

これまでノート術を提示する書籍では、うまくいくやり方(ときには必ずうまくいくやり方)が紹介され、読者はその方法にぴったりと寄りそうことが期待されていました。それはある種の強制と同じです。しかし、学生ではない以上、本当の意味での強制力はありません。明日あなたがそのノートを使っていなくても、咎める人は誰もいないのです。学生であっても、学校以外の分野でノートを使おうとすれば同じことでしょう。そのような強制で、5%くらいはうまくいく人が出てくるかもしれませんが、全体としてはかなり小さいと想像できます。つまりほぼ無力ということです。

よって、強制やルールや規律に頼るのではなく、もっと不真面目に取り組めばいいのです。つまり、次のような観点を採用するのです。

•ノート法の通りにしなくていい、省略していい、アレンジしていい
•ノートを続けなくて良い、途中で止まっても気にしない

そんな不真面目なやり方で大丈夫なのかと思った方は、「真面目」に毒されているかもしれません。大丈夫です。日本中、いや世界中を見渡せば、いろいろな人がいろいろなノートの使い方をして、それぞれに求める成果を得ています。ノートの使い方は自由なのです。

決まり切った「正解」があるのではなく、それぞれの人にあったノートの使い方があり、それをいかに探り当てるか、作り上げるかが、ノートとうまく付き合っていく上で一番大切なことです。

その最終的な目標に比べれば、ノートを真面目に使うことなどたいした意味を持ちません。もちろん、ある技法をマスターするために一時的に指示されたことに従う必要はあるかもしれませんが(その際は最大限の真剣さで取り組むのがコツです)、それは時限式の真面目さで大丈夫です。つまり、「とりあえず、方法が理解できるまでは言われた通りにやっておこう」という見せかけの、つまり不真面目な態度でいいのです。

最終的には、皆さんは自分のノートの使い方を自分で開発することになるでしょう。むしろ、ノートが使えるようになるとは、「自分なりの使い方」が作り出せることなのです。

自由にノートを使う

ノートは自由です。

私たちは義務教育の学校を出ると、ノートの使い方をいちいち指図されることはなくなります。ノートとは本来そのようなツールなのです。どのように書いてもいいし、何を書いてもいい。まったくもって、100%、完全無欠に、自分のためのツール。それがノートです。

現代では、そのノートツールが多様に広がっています。アナログツールだけでなく、さまざまなデジタルツールや端末が個人のノートとして活用できます。しかし、どれだけツールの選択肢が広がろうとも、根本的な原理は変わっていません。音声になっても画像になっても、その他まったく異なるデジタルツールであっても、ノートは自分のためのツールです。自分のために、自分が使うツールです。他人にとやかく言われる筋合いはありませんし、他人が答えを知っているわけでもありません。

これは大切なことです。

ノートは自由に使っていいのです。ノートは自由に使えるのです。

同じように、ノートは別に使わなくても構いません。これからノートの話をしようとしている本が何を言っているのかと思われるかもしれませんが、人を一つのやり方に縛りつけるのはノートの役割ではありませんし、ノウハウの正しい在り方でもないでしょう。

もちろん、ノートを使えばたいへんな効果を発揮してくれますし、あなたの最大の味方になってくれることも間違いありません。また、そのノートは自由に使っていけます。自分の望む記録を、望む形で生み出していくことができます。その自由さがあるからこそ、多様性のある人間を支えるツールとなるのです。

その自由さは、ノートをほとんどまったく使わないという選択肢も残してくれています。その点を忘れないでください。片方でメリットを伝えながら、もう片方で「それを使わないとあなたの人生はダメになる」と告げるのは呪いのようなものです。道具と人間の関係は、もっとフレキシブルで軽いものであるべきでしょう。

ノートを不真面目に使うことは、自由にノートを使うことです。そしてそれは、私たち一人ひとりが「自由になるため」にノートを使うことにもつながっています。

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目次

はじめに ノートをめぐる冒険
第一章 ノートと僕たち 人類を生みだしたテクノロジー
第二章 はじめるために書く 意志と決断のノート
第三章 進めるために書く 管理のノート
第四章 考えるために書く 思考のノート
第五章 読むために書く 読書のノート
第六章 伝えるために書く 共有のノート
第七章 未来のために書く ビジョンのノート
補 章 今日からノートをはじめるためのアドバイス
おわりに 人生をノートと共に


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