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情報カードの無限的有限さ/道具と執筆作業

Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~ 2021/06/14 第557号

○「はじめに」

ポッドキャスト配信されております。

◇第七十二回:Tak.さんと粒度を揃えたくなる現象について by うちあわせCast | A podcast on Anchor

◇BC013アフタートーク - ブックカタリスト

ちなみに、このメルマガを配信予約した後にもう一つポッドキャストを収録す予定です。そちらもお楽しみに。

〜〜〜ゲラの谷間〜〜

ゲラの確認作業には谷間があります。初校チェックを終えてから、再校チェックが始まるまでの期間を倉下はそう呼んでいます。

この期間は、新しく大きなことをスタートさせられるほどの時間はありません。一方、何もしないでただ待って過ごすほど短い時間でもありません。なかなか微妙な按配です。

プロジェクトとしてはコミットしているけども、作業がたくさん待ちかまえているわけではなく、また前回紹介したように原稿の中身についてはいったん忘れておいて、脳をリフレッシュさせたい気持ちもあります。距離感が難しいのです。

こういうときには、プログラムのコードを書くのが一番です。進めている本以外の対象に向けて、頭を働かせるわけです。これはエンジンのアイドリングにちょこっと似ているかもしれません。停止させずに、動かし続けておくのです。

あるいは、プログラムのコーディングだけでなく、映画や連続ドラマを一気に観たりするのも良い感じです。それなりにまとまった時間が必要で、しかも頭をぼけーっと停止させないような娯楽体験に没頭すること。

そういう──「普段」とは違うという意味で──「特殊」なことをやってみると、人生にリズムが生まれてきます。同じことの繰り返しのパターンに加えて、そこに変化を加味したリズム。そのリズムの感覚が結構大切ではないかと思う今日この頃です。

〜〜〜二本の映画〜〜〜

というわけで、ゲラの谷間を利用して映画を二本見てきました。

・『映画大好きポンポさん』
・『閃光のハサウェイ』

どちらもアニメ映画ですが、まったく毛色が異なる作品です。

後者はガンダム好きならば観ておいて損はない作品で、逆に言うとガンダム好き人向けの作品ではあります。

逆に前者は同名の漫画が原作なのですが、原作を知らなくても楽しめるようになっています。特に何かを作る・造る・創ることが好きならば、クリエーターマインドが鼓舞される作品でしょう。

数年前は映画館に映画を観に行くなんて「もったいない」(時間的にも金銭的にも)と考えていたのですが、最近はよく観に行くようになりました。いろいろ考え方や価値観が動いている気がします。

〜〜〜やり過ごしご飯〜〜〜

タイムラインで見かけていて気になっていた料理本を買いました。

『ぶたやまかあさんのやり過ごしごはん 毎日のごはん作りがすーっと楽になる』(やまもとしま)

これはもう、本当に面白い料理本です。「美味しんぼ」とかそういう「真面目に料理する」な路線とは一線を画していて、さらに言えばよくある「ちゃんとしたご飯を作りましょう」という価値観を暗に提示してくるレシピ本とも違っています。

毎日、毎日、毎日ご飯を作り続ける。

どう考えてもたいへんなことです。私も実際にやっているのでよくわかります。

それを面倒だからとまったく放棄するのではなく、かといって無理をして「ちゃんと」し続けるのでもなく、自分が楽にできるように、それでいて無理に効率化して楽しさを失わないように、工夫を続ける料理の生活が提示されています。

こういう本こそが、現代における料理の実際的な形をしてしてくれるように感じました。

〜〜〜気になっている本〜〜〜

まだ発売されていないけど、ちょっと気になっている本を二冊紹介します。

『読む・打つ・書く: 読書・書評・執筆をめぐる理系研究者の日々』(三中信宏)

著者は『分類思考の世界 なぜヒトは万物を「種」に分けるのか (講談社現代新書)』や『思考の体系学: 分類と系統から見たダイアグラム論』など、興味深い本をいくつも出版されていますが、そういう前提をまったく抜きにしても面白そうな本です。ちなみに、「読む・打つ・書く」の「打つ」は書評を書くことを指しているようです。なるほどな、という妙な納得感があります。

『『シン・エヴァンゲリオン』を読み解く』(河出書房新社編集部 編)

「エヴァンゲリオン」シリーズを真の意味で終わらせた『シン・エヴァンゲリオン』という作品を、さまざまな角度から論じた文章を集めた本のようです。社会現象にもなったエヴァですが、それ以上に私の人生に強い影響を与えた作品でもあるので、どのような論説が展開されているのか興味があります。

〜〜〜Q〜〜〜

さて、今週のQ(キュー)です。正解のない単なる問いかけなので、頭のストレッチ代わりにでも考えてみてください。

Q. ちょっとだけまとまった時間ができたときにやっていることは何かありますか。

では、メルマガ本編を始めましょう。前回は最新デジタル機器であるiPadの話でしたが、今回はばりばりアナログな情報カードについて書いてみます。

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○「情報カードの無限的有限さ 道具と執筆作業」

今週は「情報カード」のお話をします。たいへん扱いやすく、だからこそ混乱が生じる、実に魅力的な道具です。

ある意味、「知的生産の技術」にとっての一番の鬼門になる道具でしょう。

もちろん、私も愛用しています。なければ知的生産が行えない、というほどではないにせよ、常に欠かすことのないように作業机には常備されています。

そんな情報カードとの出会いはどのようなものだったのでしょうか。まずはそこから始めましょう。

■知的生産の技術とのやや遅れた出会い

まず、私の「知的生産の技術」との出会いは、本家『知的生産の技術』からではなく、もう少し年代が後になって出版された本たちからです。具体的には、野口悠紀雄さんの『「超」整理法』や、立花隆さんの 『「知」のソフトウェア』に書かれた内容に感化され、自分なりの「知的生産の技術」を模索しはじめた経緯があります。

『「超」整理法』

『「知」のソフトウェア』

野口悠紀雄さんは経済学者であり、立花隆さんはジャーナリストであって、この二冊はいわゆる「できるビジネスパーソン」が書いた本ではなかった、という点は今の私の執筆活動にも見逃せない影響を与えているのですが、その話はまた別でするとして、これらの本は、本家とも言える梅棹忠夫が表した『知的生産の技術』よりも少し後の年代に出版されているので、ある種の批判性を帯びているのが特徴です。

つまり、「あの人たちはこんな方法を提唱していたけど、本当にそれって効果あるの?」という論点が設定されているのです。

あたり前ですが、同じ主張を繰り返すだけでは新しい本は生まれません。『知的生産の技術』はベストセラーだったわけで、「『知的生産の技術』に書いてあることはすごい! その通りです!」と言っているだけでは新しい情報の添付率は極めて低くなります。逆に言えば、新しく発せられる(この世に問われる)言説には、微量であっても過去の言説に対する批判性が求められます。

よって、『知的生産の技術』世代よりも少し後に出版されたこれらの本でも、前の世代で提唱された方法論に対する疑義が提出されています。たとえば、「カードを使うなんてバカらしい」「KJ法なんて頭の良くない連中のための技法だ」といった意見がはっきり主張されています。

もちろん頭ごなしの否定ではなく、相手の意見を引きながらの論証です。「議論」の形になっているのです。とは言え、ある程度この分野の知見を学び、自分でも実践経験を経た後にその「議論」を追いかけてみると、いささか牽強付会なポイントが目につきます。自分の論証を通すために、相手の主張をいさかゆがめてしまっていると感じる部分に出くわすのです。

とは言え、そうした議論の運び方は、こうした本だけに見受けられるものではないでしょうし、そうした議論の運び方がなされているというだけで、主張そのものを却下するのも違っているでしょう。議論の運び方が間違っていると感じるなら、自分でそれを組み立て直せばよいだけです。だからこそ、参考文献が記載されていることには意義があります。

といった話は、2021年の私からの視点であって、当時純粋だった(たぶん純粋でした)私はそれらの本に書かれていることを真に受けて、「そうか、カードを使うなんてしゃらくさいのだな」と真剣に捉えました。インプリンティング(≒刷り込み)されてしまったわけです。

そうした刷り込みは、半分は良い結果をもたらし、もう半分はあまり良くない結果をもたらすことになります。

■技法に対する疑いのまなざし

良い結果とは、ある種のワクチン効果と言えるでしょう。もう少し後になって、本家『知的生産の技術』を読んだときに、そこで提唱されているカード法に、さほど「感化」されなかったのです。

私の認知機構には、野口・立花で培養されたカード法に対する批判性がすでに備わっており、「この人はこう言っているけども、カードでうまくいくわけじゃないんだよな」と感じました。だから本を読み終えた直後に、すぐまさ京大式の情報カードを1000枚買ってくる、みたいな行動も取りませんでした。

一方で、そうした免疫反応がありながらも、「これだけで言っているんだから、ちょっとカードをやってみようか」と思ったことも間違いありません。免疫が出来ている状態でこれなのですから、そうでなければカード1000枚コースは必定だったでしょう。

■中途半端な導入

そうした「鵜呑み地獄」にはまらなかったこと自体は、事前に批判性を得ていたことのメリットではあります。

一方で、そうした批判性があったせいで、「生半可」にしか『知的生産の技術』の話を受け取らなかった点が良くない点としても出てきます。たとえば、京大式の情報カードではなく、(他の人の本で紹介されていた)5インチ×3インチの情報カードでやってみる、あるいはデジタルツール(当時はEvernote)でやってみる、という「アレンジ」をまっさきに行っていたのです。

しかしながら、「アレンジ」とはまずオーソドックスにやってみてから行うものであり、いきなりやるならそれはもう「アレンジ」とも呼べません。単なる自己流です。

で、その単なる自己流の何が問題なのかと言えば、もともとの方法が持っていたコアとなる要素がほとんどまったく理解できないことにあります。「アレンジ」とはコアとなる要素を動かさないで、それ以外の要素を変化させることだと言えるでしょうが、コアが何かもわかっていないので「アレンジ」のしようもありません。

結局、『知的生産の技術』の中で梅棹が述べていた「カードには一枚のことを書く」という原理が何を意味していたのかを理解できるようになったのは、本当にずっと後のこと(というか、ごくつい最近)です。最初に、生半可な批判性など持たず、中途半端ではなく全力でカード法に取り組んでいたら──結局挫折はしたでしょうが──、もっとはやくその原理の理解に至れたのではないかと、最近は考えています。

■情報カードのいろいろ

以上のように、若干斜に構えて「カード法」を捉えていたので、梅棹が言った通りではない形で、いろいろカードを使ってみることになりました。梅棹はB6サイズのカードがよいと述べていたのですが、5×3のカードや、カードではない紙などもいろいろ試してみた次第です。

また一口に情報カードと言っても、そのバリエーションはさまざまです。日本で比較的容易に手に入るのは、以下のメーカーのものでしょう。

・LIFE
・コレクト
・コクヨ
・ダイソー

昔は、情報カードを買うためだけに大きな文房具店に出かけざるを得なかったのですが(なにせ田舎住まいなのです)、最近はAmazonなどのネットショップで容易に購入ができます。素晴らしい時代です。

また、大きな文房具店でも全メーカーの商品が並んでいるわけではなく、品揃えには偏りがあります。その点、Amazonであれば全メーカーの商品(ダイソーは除く)を比較して購入できます。なんという消費者メリットでしょうか。

とは言え、きっと今から情報カードを買いはじめるなら悩みも多いでしょう。私の場合は、一番近くの大型文具店で販売していたのがLIFEの情報カードだけだったので、選択肢はサイズだけでした。LIFEのカードを使うことは宿命づけられていたと言えます。一方現代では、それぞれのカードを比較「できてしまい」ます。それって結構しんどいよなと思うのです。だって、正味なことを言えば、何だって別に構わないわけですから。その「何だって別に構わないもの」に大量の認知資源を投下しなければいけないのは、本当に消費者メリットなのかは、若干疑わしくなります。

たとえば、大学の先輩が情報カードを使っていたから、真似して自分でもそれを使いはじめるという場合は、きっと刷り込みで同じメーカーのものを使うか、あるいは反発心で別のメーカーを使うといった選択になるでしょう。あまり「自主的」な選択とは言えませんが、それでもどのメーカーのものを使うのかでむちゃくちゃ悩むようなことは避けられます。選択肢が有限化され、「カードを買う」という行為がスムーズに促されるのです。

実際大切なのは、そうしたカードを「使う」ことなのですから、買えるカードの選択肢が広がることは、必ずしも善であるかどうかは議論の余地がありそうです。

■カードのバリエーション

みたいなことを書きながらも、ここで蘊蓄を並べてしまいましょう。各メーカーから発売されている情報カードの情報です。

LIFE
https://life-st.jp/item/?cat=58

J850 情報カード B6 白
・B6判(京大型)
・横罫(9.5mm×10行)
・100枚
・517円(税込)/以下価格は全て税込み

J862 情報カード A6 白
・A6判
・横罫(7mm×12行)
・100枚
・440円

J857 情報カード 5×3 白
・75×125mm
・横罫(7mm×8行)
・100枚
・275円

コレクト
http://www.correct.co.jp/webcatalog/

C-602 情報カード(京大式)
・B6判
・横罫9.5mm
・100枚
・550円

C-642 情報カード(6×4サイズ)
・B6判
・横罫6mm
・100枚
・616円

C-532 情報カード(5×3サイズ)
・75×125mm
・横罫6mm
・100枚
・420円

コクヨ
https://www.kokuyo-shop.jp/sp/CategoryList.aspx?ccd=F1001860

シカ-10
・B6
・横罫8.5mm
・100枚
・616円

シカ-20
・A6
・横罫7mm
・100枚
・495円

シカ-30
・5×3サイズ
・横罫7mm
・100枚
・495円

これだけ並べただけで、もう頭がクラクラしてきますね。実際は──各メーカーのサイトをご覧になるとわかりますが──、もっとたくさんのバリエーションがあり、これまでまったく情報カードを使ったことがないならば、選びようがないと思います。だって、横罫7mmが良いのか、8.5mmがよいのかって判断しようがないですよね。

なので、一応ポイントだけを述べておくと、梅棹のカード法的なことをやってみようと思うなら、横罫は最低限必要で、サイズもB6を選ぶのが吉です。5×3サイズは取り回しがよく、価格もお手軽なのですが、やはりサイズによって書けることが変わってしまうので、大きめのものを選ぶのが良いでしょう。

また、横罫の幅はともかくとして、線の色の好みは重要です。本文の邪魔にならない程度の線の濃さのものが使いやすいと思います。

加えて、「見出し行」の扱いも大切で、すべての行が均等幅で並んでいるものは梅棹のカード法には適していません。「この部分は、見出しを書く欄です」とはっきり主張しているものが良いでしょう。

上記の話は単に「販売されている情報カードの選び方」に留まらず、iPadのノートアプリでの用紙フォーマットの選び方や、そうしたフォーマットを自作する際のポイントにもなると思います。

というわけで、情報カードの蘊蓄は並べ終わりました。次は実際の執筆活動において私が情報カードをどう使っているのかを紹介していきましょう。

(下につづく)

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