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ブログを並行で使っていく/執筆におけるボトムアップとは/2021年の一ヶ月の振り返り

Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~ 2021/02/08 第539号

○「はじめに」

ポッドキャストが配信されております。

◇ブックカタリスト 005 これからの「正義」の話をしよう - ブックカタリスト

◇第五十九回:Tak.さんとトップダウンとボトムアップについて by うちあわせCast | A podcast on Anchor

うちあわせCastで話した内容は、今回のメルマガ記事で改めて検討してみました。話して書く、書いて話す、の良い循環が回っています。

〜〜〜話し合うこと〜〜〜

日本人は議論が苦手ということで、一時期ディベートが盛り上がりました。たしかに意見と人格を分けることに慣れる意味では、ディベートは良いトレーニングだと思います。

一方で、ディベートは勝ち負けを決める一種の「試合」です。相手の意見に反論し、また自分の意見を反論に耐えうるように強化していくことは大切ですが、そればかりが「話し合う」ことではありません。相手の主張に耳を傾けた上で、自分の主張がかわってしまうことを引き受けながら、新たな結論に向けて話し合っていくこともできますし、しかもそうしたやり取りの方が面白い結論が出てくるものです。

SNSであれば、はっきり言い切り、相手の意見をズバっと切り落とすスタイルがウケがちで、それに感化されると唯一それだけが議論のやり方だと勘違いしてしまうかもしれませんが、むしろそれはプロレスのようにある特殊な例でしかありません。

攻撃的なことは言わず、お互いが話しやすい雰囲気に配慮しながら、忌憚なく意見を交換すること。そうしたことができるならば、全体としてその議論は「勝ち」だと言えるでしょう。両方の勝利、つまりwin-winです。

逆に、相手を一方的に「論破」して勝った気になってしまうと、自分の意見がバージョンアップすることもなく、相手がただ不快な思いをしただけ、という「勝者なし」な状況を引き起こしてしまいます。建設的とは言えません。

もちろん、相手の意見にただ追従すればいいというわけではなく、反対意見を述べてはいけないというわけでもありません。どのような発言をするにせよ、「言い方」がとても大切だ、ということです。相手を尊重する意見の言い方。もし学ぶべき技術があるとしたら、そのようなものでしょう。

〜〜〜ゆるっと参加者募集中〜〜〜

Hacks for Creative Life!のBeckさんが、Discordでコミュニティを立ち上げられました。

◇ライフハックを賑やかすためにコミュニティを立ち上げています | Hacks for Creative Life!

記事の中にあるリンクから、Discordに参加できます。基本的に、雑多な話題でワイワイやっているだけなので、ご興味あればぜひ。

〜〜〜オフィスアワー〜〜〜

ポッドキャストをここまでたくさんやっていないときは、「オフィスアワー」的なことをやってみたいなと考えていました。

◇オフィスアワー | 授業・履修 | 日本女子大学

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オフィスアワーとは、学生と教員のコミュニケーションを充実させるために設けられた時間帯のことです。この時間帯には、学生からの授業内容等に関する質問や勉強の方法、さらには就職や将来の進路について個人的な相談を受けるために、教員が研究室で待機しています。
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平日の昼下がりや土曜日の夜などに時間をつくり、どこかのオンライン会場で他の人が入ってくるのを待ち、そこでワイワイガヤガヤ盛り上がろう、といった試みです。

で、最近話題になっているClubhouseというアプリを使うと想像通りのことができるなと思いつきました。roomを設置し、そこに入ってきた人と雑談できるのは、他のチャットアプリではやりにくいことです。

とは言え、現状はポッドキャスト三昧であり、そこで雑談をたくさんこなしているので、これ以上の時間的余裕はなかなか取れそうにもありません……。

〜〜〜領域と重要性〜〜〜

先日、noteのトップ画面のデザインが変わっていました。これまではタイムライン的に投稿が縦一列に並んでいたのですが、カード型(カラム型)になって、横にも並ぶようになりました。

おかげで一画面当りに表示される記事の数は増えたのですが、しかし、以前に比べるとクリックして読んでみようという気持ちは減ってしまいました。

考えてみれば、これはごく自然なことで、デザインを行うときには「重要なことはより大きい面積を割り当てる」のが定石です。空間に占める情報の割合が、重要度に比例するようにデザインするわけです。そうするのは、人間の認知を考慮してのことでしょう。

とすると、以前の表示と比べて一記事当りの領域が小さくなってしまうと、目にしたときに感じる重要度も下がってしまう、というのはごく自然な帰結です。

もちろん慣れの問題もあるでしょうが、それでもプラットフォーム側の「たくさんの記事を読んで欲しい」という気持ちは、度が過ぎれば「一つひとつの記事の重要度を下げてしまう」という結果になってしまう恐れがあります。なかなか怖い話です。

〜〜〜倉下の活動〜〜〜

本号の記事で「一ヶ月の振り返り」について書いていますが、その振り返りのときに自分の一ヶ月の情報発信をピックアップしたので、ついでにそれをニュースレターでも配信しておきました。

◇2021年1月の倉下の活動 - Rashita's Newsletter

今の今まで、こうした「まとめ」の活動をしてこなかったわけですが、それはやっぱり「さぼっていた」と言うべきなのでしょう。これからはちまちまとまとめ活動を行っていく予定です。

〜〜〜Q〜〜〜

さて、今週のQ(キュー)です。正解のない単なる問いかけなので、頭のストレッチ代わりにでも考えてみてください。

Q. 家族や職場の同僚以外の人と「話し合う」ことはどれくらいありますか。

では、メルマガ本編をスタートしましょう。

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○「ブログを並行で使っていく」

前回「セッション・ライティング」を紹介しました。テーマを決め、ある期間において文章を執筆していく方法です。

その具体的な試みとして、以下の2つにチャレンジしています。

・R-styleで「世界を愉しむ」
・noteのマガジンで「世界を愉しむ」研究ノート

R-styleの「世界を愉しむ」は、タイトル通り世界を愉しむための方法を考えていく「連載」です。連載に鍵括弧をつけたのは、これを連載と呼んでいいのか判然としないからですが、とりあえず共通のテーマを持った記事を書き、そこに「世界を愉しむ」というタグを与えています。

なぜWordPressのカテゴリーではなくタグを使っているのかというと、基本的にWordPressのカテゴリー分けなど不要なのではないかと最近思っているからですし、加えてこのテーマは、仮にカテゴリーがありるにしてもそれを越境する性質を持つと思うからです。

一方noteでは、「「世界を愉しむ」研究ノート」というマガジンを作り、そこに本を読んで考えたことを記事にして書いています。もっと言えば、「世界を愉しむ」というテーマにおいて個々の本がどのように読みうるのかを考える連載です。

もし主従を考えるなら、R-styleが主であり、noteの連載はそれを支えるための研究ノート・勉強ノートですが、それぞれは単独で読んでも成立するようになっています。言い換えれば、一通り書き終わった後に、それぞれの媒体の連載をまとめると、「本」として成立するようになっています。

もちろん、その目標から逆算して、このような媒体分けを行っているわけです。

■自分なりの答え

では、なぜこうした試みにチャレンジしているかと言えば、一つにはこの「世界を愉しむ」が、自分のこれまでの活動の全体的な総括であり、もう一つには自分のこれからの活動の新しい一歩になると考えているからです。どういうことでしょうか。

発端はいくつかありました。まず長年「知的生産」に替わる言葉を考えながらもそれが思いつかなかったこと。次に、ライフハックブームが沈静化し「そもそもライフハックとは何だったのか?」を考え始めたことです。

後者について考察しているうちに、当初の疑問は「自分にとってライフハックとは何だったのか?」という疑問にスライドしていきました。最初はこれまでのライフハックのカテゴリーを総覧し、それを再編成をしようと意気込んでいたのですが、進めていくうちに、それが別に楽しいものではないと気がついたのです。それよりも、なぜ自分がこの分野に興味を持っていたのかが気になってきました。

そうして出た答えが「楽しむ」ことだったのです。

振り返ってみると、この発見は最近はじめた「ブックカタリスト」という本について語るポッドキャストが影響しているかもしれません。このポッドキャストを通じて改めて理解したことは、「本を読むことは楽しい」ということです。読書そのものも楽しいですし、本を読んで気になることが増えていくことも、それに導かれるように調べ物をすることも楽しいものです。

そして、本について語り合うことも楽しいのだと、このポッドキャストによって新しい発見も加わりました。

で、よくよく考えてみると、自分のそれまでの活動もすべてそれと軌を一にすることに気がついたのです。

文章を書くことも楽しいですし、よりよく文章が書けるようになることも楽しさがあります。

仕事を効率化することそのものも楽しいですし、そうやって効率化して仕事をできている自分に至れるのも楽しいものです。その意味で、効率化だけが目的ではありません。その先に、別の目的があるのです。

だからといって、「効率化して、生産性を上げて、年収アップ」みたいな話には1ミリも共感がありません。そこには楽しさの匂いが感じられないからです。

ここにはややこしいねじれが潜んでいます。ある行為(たとえば効率化)によってもたらされる楽しさがあり、またその行為そのものにも楽しさがある状態。それが私が是としている状態です。「目的・手段」といった用語では、その状態は適切に切断することができません。

とすれば、「楽しい」こそがその切り口になってくれるでしょう。

そう思い、まずR-styleで「世界を愉しむ」連載をスタートさせることを決めました。

■何をどのように書いていくか

では、その連載の中身はどうなるでしょうか。

まず、これまで自分が辿ってきた道の再点検からスタートすることになるでしょう。それこそ、仕事術・自己啓発・知的生産・ライフハックなど、私が興味を持った分野について、それが「楽しさ」のもとにどう織り込まれていくかをもう一度考えていくのです。

当然その営為には、私がこれまでに影響を受けてきた本を「読み替える」作業も含まれます。それぞれの本が主張する姿勢をそのままに引き受けるのではなく、「愉しむ」の観点からどのように読めるのかを検討するのです。その作業はたいへんスリリングに感じられます。

逆に言えば、スリリングに感じない作業もある、ということです。

山口尚さんの『哲学トレーニングブック』には、著者の執筆スタイルに関する大きな転換が綴られているのですが、そこで語られていることを私も感じていました。既存の論文を点検し、それらを手際良く「処理」して論文を量産することはもうできないだろう、と著者は過去を振り返って述べています。私がライフハックの総覧を作ろうとしていたときに感じたのもそれと同じ気持ちでした。

プラトンはソクラテスと違ったことを主張したから歴史に名前を残したし、アリストテレスもまたプラトンの主張に反論したから彼自身の言説が歴史に残った、という話を以前にも書きましたが、やはり知的生産という活動において大切なのは、「何か新しいこと言うこと」です。

もちろん、過去の情報をさらってうまくまとめれば、瑕疵の少ない成果物ができるでしょう。歴史を尊重する態度には敬意が持てますし、批評の声は小さいと思います。露悪的に言えば、きわめて無難な態度です。

はたして40歳にもなって、そんな無難な仕事を続けていいのだろうか、という疑問がありました。というよりも、それは修辞疑問であって、「それではよくないだろう」という予感があったのでしょう。知的生産という活動を行っているならば、私自身にしか言えないことを言うことを要石にしたい。そういう欲望が、ここ最近高まっていたのです。

その意味で、「愉しむ」という観点から事象に切り込んでいくことは、これまであまり行われていなかったかもしれません。単に享楽に溺れることはたくさんあるわけですが、それを仕事術や自己啓発と結びつけている言説は少ない気がします。つまり、未開の地です。

これがスリリングでないはずがありません。

"獣道から誘いは、小さい声でありながら、決して消えることはない"

というのは、誰からの引用でもなく私が今考えたそれっぽい言葉ですが(すいません)、この道は40歳の自分が「進む」と決めて進んでいく道にふさわしいような気がしたのです。

(下につづく)

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