メモとアイデア / 自分のテーマの棚卸し / 着手に傾斜をつける作業メモ
はじめに
最近、ホットなデジタルツールが二つあります。
一つは、Capacitiesというノートツールで、Notion系のツールかと思いきや独自の思想を持っています。ノートをオブジェクトとして扱う(あるいはノートのクラスを設定する)という考え方は、まさにデジタルツールという感じ。デイリーノートの使いやすさも含めて注目度の高いツールです。
◇Capacitiesのデイリーシステムが優秀です | by 倉下忠憲@rashita2
もう一つは、Tekenoteというカードツールで、まだスタートしたばかりのツールなのですが、これまでになかった観点がいろいろ盛り込まれていて、触っていると黎明期特有の楽しさが感じられます。
◇Tekenoteのアイコンによる絞り込み | by 倉下忠憲@rashita2
今後も、これらのツールの動向はチェックしていこうと思います。
〜〜〜Cosenseとproductivity〜〜〜
YouTubeの動画やMediumの英語記事で、productivity(あるいはPKM)系のコンテンツをよく見ているのですが、まったくといっていいほどCosenseの話題を見かけません。
たとえば、「Obsidianのオルタナティブはこのツールだ10選」みたいな記事を見ても、Cosenseのコの字も出てこないのです。
日本発のツールですので、知名度が低いのは仕方がないかもしれません。だったら、自分がMediumに英語の記事を書いて紹介してやろうか、などともちょっと考えたのですが、機能もりもり盛りだくさんなツールを愛好する界隈には、Cosenseはちょっとウケが悪いだろうな、という予感もあります。
Cosenseの良さが分かってくるのは、ある程度の期間使い続けた後ですし、しかもその良さも「わびさび」的な地味でわかりにくい感じがあります。少なくとも、キャッチーに語れる何かではありません。
だからこそ、あまり英語圏でCosenseは注目されていないのでしょう。
でも、だからこそ、何か語るべきことがそこにあるのだとも感じます。
〜〜〜裏書きされる価値観〜〜〜
ネットに限ったことではありませんが、 「〜を選ばないと時代遅れです」のような文言はあちこちで見かけます。実にチープな煽り文句です。
というのも、「時代遅れであって何が悪いのか」が明示されていないからです。「別に、時代遅れてもいいじゃん」という問いに答えきれていません。あたかも、時代遅れであればそれだけでスティグマが刻印されてしまうという前提が共有されているかのようですが、そんなことはぜんぜんないでしょう。
同じように、何かしたらの行為について「宗教的」ということを言っただけで批判できた気持ちになっている人も見かけます。そういう人は、日常的に行われている信仰についてどう考えているのでしょうか。
なんにせよ、端的に語られるメッセージには、その裏にそれを支える価値観が書き込まれています。メッセージを受け取る際は、その価値観も合わせて吟味する必要がありそうです。
〜〜〜自然にないもの〜〜〜
DIY系の動画を見ていると、独特の語彙が面白く感じられます。
たとえば、まっすぐな状態にすることを「水平を取る」と言います。あるいは、90度の角度をつけることを「直角を出す」と言います。どちらも、「〜〜にする」と言い換えても意味は変わりませんが、語感のようなものは違ってくるでしょう。
で、けっきょく、完全に水平なものというのはこの自然界にレアなものですし、完璧な90度の角度も同様でしょう。
そうしたものは意識的・人工的に生成しなければ存在しない、というような感覚が、それらの言葉遣いから伝わってきます。
〜〜〜理想と現実〜〜〜
何度も書いていますが、理想は現実ではないから理想と呼ばれます。理想≠現実。だから、現実が理想の通りにならなかったとしても当然のことです。せいぜい「理想」的な方向に向かって進んでいければいいな、というくらいの扱いがまっとうでしょう。
しかしながら、そういう現実的な考え方は"ビジネス"の世界では異端です。
たとえば「計画」や「売り上げ目標」がそうでしょう。それらは現実的に達成される「べき」ものとして扱われます。その「べき」には、「可能」であることが内包されているのです。
しかしながら、いくら「今月の売り上げ目標は前年の+3%だ」と掲げたところで、競合店が新しくできたら達成は難しいでしょう。あるいは、その町の人口が去年に比べて5%減っていたら、そもそも不可能だったりもします。
そうした「現実」を見ずに、立てた目標や計画だけが「正しい」とされてしまうのはあきらかに不健全なのですが、よく聞く話でもあります。
自己啓発の界隈でも同じです。
「思考は現実化する」というコンセプトは、思ったこと・考えたことが現実になるということで、それはつまり「こうありたい」という理想が現実化することを意味します。つまり、異なるその二つをイコールで接続しようという試みです。
でも、現実化できるものが思考されているとは限りません。
こういう実際的な点を押さえつつ、しかし計画や目標を考えること、あるいは自己を啓発していく試みに取り組むこと。そういう橋渡しをやっていきたいところです。
〜〜〜別腹理論〜〜〜
大量の本をダンボールに詰め、新居予定地に運び込みました。その後、空っぽになった本棚も運び込みました。
他に片づけるものがあるので(来客対応)、現状は本棚+ダンボールは放置されています。ペンディング案件。
単純に考えれば、今このタイミングで新しく本を買うのは得策ではないでしょう。家に持ち帰っても、そのあと新居予定地に運ばなければいけませんし、整理するアイテムをただ増やすことにもなります。
合理的に考えれば、ステイの決断が正しいでしょう。
しかし、本屋さんにいくとそんな話はすっかり忘れて、新しい本を買おうとしています。そうやって本を増やしてきたから引っ越しに苦労しているとか、置き場所でまたうんうん悩まなければいけない、なんてことはまるっきり疎外されています。
そんなことを自覚して、そうか、これが「甘いものは別腹」なのだなと理解しました。別腹理論です。
皆さんはいかがでしょうか。合理的に考えれば拒否すべきことでも、「それはそれとして」と許容していることは何かお持ちでしょうか。よろしければ倉下まで教えてくださいませ。
では、メルマガ本編をスタートしましょう。今回は、メモとアイデアについて、私のテーマの棚卸しについて、作業メモの効能についての三編をお送りします。
メモとアイデア
ここまで、メモとして書いたものの扱いを検討してきた。
実行するなり参照するなりして用済みになったメモは捨てればいいし、しばらく置いておく必要がある、あるいは継続的なコミットを必要とするものは、メモから他の形式へ変換すればいい。その代表例として、リスト・ノート・備忘録の三つを見てきた。
日常的な情報の扱いは、この三つがあればほとんど事足りるだろう。問題は、思考だ。あるいは発想。
そうした"知的"な領域では、先の三つだけでは十分ではない。もう一つ、別の扱い方を加える必要がある。
■着想メモの基本
発想という行為において、メモが活躍するのは「着想メモ」である。つまり、思いついたものを書きつけたメモだ。このメモの扱いがおそろしく重要であることは、さまざまな発想本が説いている。
端的にその理由をまとめると、以下の三つになるだろう。
・着想は当人のオリジナリティーの源泉である
・それはどの書籍にもインターネットにも載っていない
・思いついたものは、ひどく失われやすい
だから「思いついたら、即座にメモせよ」と言われる。
思いつきは新しいものを生み出していく上で重要な要素となるのだが、性質上それは意識が出発点であり、短期記憶において注意を向けられているに過ぎない。それがそのまま長期記憶に転じる保証はまったくなく、注意が逸れると完全に思い出せなくなることとも多い。だから、書き留めておきましょう、というわけだ。
つっこむ要素は特にないだろう。一応補足しておくと、着想はオリジナリティーの源泉ではあるが、着想だからといってオリジナリティーがあるとは言えない。誰でもが思いつくことを思いつくことは珍しくないので、着想メモすべてが宝の山というわけではない。むしろ、砂山とそこに紛れた砂金、くらいのバランスが実際的だろう。
以上を踏まえた上で、着想メモの扱いを考える必要がある。
■着想のメモ
まず、着想メモはメモである。ごく短い時間で書き留められるもの。着想の全容が事細かく描写されたものではない。言い換えれば、「自分が思いついたこと」の輪郭線を描いただけのものだ。
そういうメモを「走り書きメモ」と呼ぶならば、着想メモの大半は走り書きメモになる。
そうなると「賞味期限」が発生してしまう。一定の時間内にそのメモを処理しないと、何について書いたメモなのかがわからなくなってしまうのだ。
私たちの短期記憶はごく弱い。そこから救出するためにメモを書くわけだが、走り書きで取られた着想メモも、時間的な限界を持っている。言い換えれば、ごく短い賞味期限を、少し延ばしてくれるのが着想メモである。
何も処理されずに放置された着想メモは、もともとの文脈が見失われてしまい、その内容を思い出すことが叶わなくなる。唯一、思いついた内容それ自体が短いときだけ、着想メモの賞味期限は長くなるが、全体としてはその割合は低いものだろう。
よって、思いついたことはできるだけ手早く(=走り書きで)メモしなければならないが、そうして書かれたメモも、なるべく早く処理される必要がある、ということになる。
■アイデアメモの処理
では、アイデアメモの「処理」とは何をすることだろうか。
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