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EvernoteとGTD / デジタルノートエクスプレスvol.2

Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~ 2021/05/10 第552号

○「はじめに」

ポッドキャスト配信されております。

◇ブックカタリスト 011 アフタートーク&倉下メモ - ブックカタリスト

◇音声032:倉下忠憲さんと「情報収集とセレンディピティ」について対談(前編) - シゴタノ!記録部

ちなみに、次回のブックカタリストはとあるゲストをお迎えしておりますので乞うご期待です。

〜〜〜タスクスキャン〜〜〜

結城先生の以下のツイートを見て、ピンときました。

ちょうど、書き終えたプロトタイプ稿の修正作業を進めている最中で、あちらこちらで「タスク」が発生しており、それが散らかっている感じを受けているところでした。そこで、何かしらのタスク管理ツールを久々に起動させてそこでまとめようと30%くらい考えていたところ、上のツイートと遭遇し、そうだと思い立ったわけです。

やることはそう難しいものではなく、そのプロジェクト用のフォルダの中に入っているテキストファイル(ないしmdファイル)をすべてチェックして、そこに [ ] という文字列を含む行があれば、それをタスクと見なしカウントしていく、というだけのスクリプトです。Pythonで15行ほどで書けました。

◇特定のフォルダの中にあるファイルからタスクを抜きだしその個数をカウントするPythonスクリプト - 倉下忠憲の発想工房

こうしておけば、原稿ファイルにそのままタスク記述したり、それとは別のファイルに総合的なタスクを書き込んでいたりしても、その全貌を捉えられます。あえてまとめなくても、「散らばっている感」が減るのです。

で、このスクリプトがやっているのはタスクの拾い上げ作業なので、最初はサルベージという術語がぴったりかなと思ったのですが、むしろスキャンの方が近しいかなという気もしてきました。

task scan。

こういう形の「タスク管理」もきっとありうるでしょう。

でもって、そこから「タスクはタスクリストの中で起きているんじゃない」(*)というメッセージも思いつきました。実際たくさんのタスクは、原稿ファイルの中で生じています。そこが現場なのです。その感覚は存外に大切だと思います。
*言うまでもなく、某刑事ドラマからの拝借です

〜〜〜脳内議論は脳内だけで〜〜〜

多くの人が行っているのかどうかはわかりませんが、私は頭の中でよく議論を組み立てます。相手の主張があって、それについての自分の反論があり、おそらく相手はこう反論してくだろうと想定して、それに対してまた反論を組み立てる、という流れです。

基本的にその「議論」において、私は完膚無きまでの勝利を得ます。なにせ論敵が自分なので、「予想外」のことを言われることはありません。勝つに決まっています。

そうした脳内議論は、自分の理論の強度を高めるには最適ですが、しかしそこで行われた議論をそのまま現実の相手に向けて行うのは非常に危険です。人間関係が壊れること必至だからです。相手を論破することしか念頭になく、相手がどのように感じているのかをまるっきり無視しているのだからこれは仕方がないでしょう。

ということを理解していてなお、自分の心の薄暗い部分には、そうした論理の刃を研ぎ、相手に向けて突きつけたい欲望が潜んでいます。

だから、「思うまま」に行動するのは厳禁なのです。

〜〜〜具体的な問題には取り組める〜〜〜

自分が書いたプロトタイプ稿を読み前してみると、その練度の低さにあぜんとするのですが、次の瞬間には「よし、この原稿をなんとかしてやるぜ!」という強い気概が生まれてきます。

それは別に私に逆境に立ち向かう力があるわけではなく、単に解決されるべき問題が、具体的に、目の前に、提示されるからでしょう。

逆に、まだまったく書けていない原稿を「うまく書こう」とすると、先ほどのような気概は立ち現れず、むしろひどい混乱がやってきます。どんな問題に取り組めばいいのか、まったく具体的ではないからです。

「取り組むべき問題を具体化すること」

おそらく、とても大切な指針です。

〜〜〜OmniOutliner試用〜〜〜

最近、OmniOutlinerを試用し始めました。Tak.さんの影響です。

で、同じアウトライナーといっても、その「使い勝手」はずいぶん違うな、というのがファーストインプレッションでした。ショートカットキーが異なるものもありますが、見た目や細かい機能の違いが地味に響いてきます。

で、一番面白いなと思ったのが、フォーカスした状態(ズームした状態)で、項目がアンインデント(shift + tab)できることです。WorkFlowyの場合は、最上位項目にあるものはズーム状態でも、アンインデントはできないのですが、OmniOutlinerだと、フォーカスしている項目の「外側」に移動してきます。つまり見えなくなるのです(フォーカスを解除すれば見えるようになります)。

WorkFlowyでズームしている際、その中にある項目を「外」に出すためには一度ズームを解除する必要があったのですが、OmniOutlinerのこの操作感はとてもスムーズです。しかし、シンプルなデザインのWorkFlowyも捨てがたいものがあります。

うずうずするような嬉しい悩みです。

〜〜〜Q〜〜〜

さて、今週のQ(キュー)です。正解のない単なる問いかけなので頭のストレッチ代わりでも考えてみてください。

Q.自分の中の攻撃性に気がつくときはありますか。それはどんなときですか。

では、メルマガ本編をスタートしましょう。今回は、デジタルノートエクスプレスvol.2としてEvernoteとGTDについて書いてみます。

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○「EvernoteとGTD デジタルノートエクスプレスvol.2」

今回は、前回発生したノード「EvernoteとGTDの親近性」を探究していきましょう。デジタルツールについて考えるヒントが見つかるはずです。

■時期的な重なり

前回確認したように、EvernoteもGTDも、日本ではいわゆる「ライフハック」ブームの中心的話題として登場し、また普及していきました。

Evernoteの日本語版がリリースされたのが2008年であり、それと同じ年に『はじめてのGTD ストレスフリーの整理術』(デビッド・アレン)が出版されたのは実に示唆的です。

また、GTDはツールを選ばず、Evernoteは端末を選ばないことで、両者を組み合わせることで「最強の情報環境が作れる」という幻想も生まれました。

しかし、今現在「Evernote with GTD」を真性で──まったくのカスタマイズやアレンジなしで──実践している人はほとんどいないでしょう。その幻想は、実体化することなく潰えてしまったのです。なぜなのでしょうか。

■肥大化するリスト

印象的な話があります。ライフハック系の話題が好きなとある人から聞いた話です。Evernoteで「Someday/Maybeリスト」を作っていると、最初はよいのだけども、時間が経つとまったくもって破綻してしまう。項目が溢れ返り、パンクし、自分が作ったはずのノートたちに(心理的に)押しつぶされてしまう。

共感する方は多いのではないでしょうか。かくいう私もそうです。Evernoteで「Someday/Maybeリスト」などを作ってうまくいった試しがありません。もっと言えば、「アイデアノート」の管理もそうです。Evernoteでうまくいく管理はもちろんあるのですが、すべての管理がうまくいくわけではないことは、ここ10年の体験で理解しています。

ここで軽く解説しておくと、GTDの「Someday/Maybeリスト」は、現時点で直接的にコミットするものではないが、しかし忘れたくはない「何か」を保存しておくためのツールです。

今「何か」と書きましたが、それが何なのかは具体的ではありません。タスクなのか、プロジェクトなのか、そうではない何かなのかは、理論的に峻別されて提出はされていません。なんであれ、「今着手はできないけども、今ではない時期にもう一度注意を向けたい」と思うものならば、そこに保存することになります。

ちなみに、日本でも「またいつかお食事でもご一緒に」と言えば、限りなく可能性が低いことがイメージされますし、英語のSomeday/Maybeも、コミットの度合いはずいぶん小さい表現でしょう(たぶんノーに近いニュアンスだと想像します)。

つまり、「Someday/Maybeリスト」に入れることは、プロジェクトリストには「入れない」ことを意味し、それは「今は実行しない」の選択を意味します。言い換えれば、これは「捨てないで捨てる」の実装なのです。

ひとまずその実装は見事なものだと言えるでしょう。GTDが目指すのも、今集中すべきことに集中することであり、頭の中に浮かんでくるどちらにせよ今考えても仕方がないことを「捨てないで捨てる」のは注意のコントロールとしては上々のやり方だと言えます。

ではなぜ、それがEvernoteではうまくいかないのでしょうか。

もちろんそれは、EvernoteがEverなnoteだからです。

■アナログツールの限界

2008年以前のGTDは、その多くをアナログツールが担っていました。もちろん、紙とペンといった(一見すると)非効率な道具群であってもエフェクティブに物事を進めていけるのがGTDの特徴です。

さて、アナログツールで「Someday/Maybeリスト」を管理するとどうなるでしょうか。「今はやらない」「またいつか」と判断したものが送り込まれていくその場所は、いずれか限界を迎えます。それ以上書き込めなくなるのです。

そうしたとき、ページを移し替えたり、あるいは一からリストを作り直す作業が発生します。どのようなものであれ、変化が生まれるのです。

この点は、以前注目を集めていたバレットジャーナルという手法でも補強できるでしょう。アナログツールだと記入できる量に限界があるので、永久に項目を増やし続けることができません。そして、どこかの時点で、自分が書き残してきたことについて再考せざるをえない機会がやってくるのです。

「ここからここまで書いた分は、もうずいぶん古いものだし、捨てちゃっていいか」

「いちいち書き写すのは面倒だし、もう一回ゼロベースで書いていこう」

このような行為が行われるとき、「Someday/Maybeリスト」はいったんリセットされ、再スタートを切ります。サイズが小さくなり、今の自分の注意に沿った形に再編されるのです。

■デジタルツールの非限界

これが、Everなnoteであればどうなるでしょう。10万のノートを保存できるEvernoteでは、「Someday/Maybe」用に指定したノートブックは際限なく膨れ上がっていきます。ツールにアナログ的限界がないので、ある時点で思いついた「今はやらないこと」のすべてがそこに吸い寄せられていきます。

そんなことを5年も10年も続けたらどうなるでしょうか。いや、1年ですら相当な数になるはずです。そんな数に人間の認知が耐えられるはずがありません。だから嫌になるのです。

もちろん、嫌になる理由は他にもあるのですが、ともかくアナログツールではどこかで発生する再構築ないしはリセットがEvernoteでは発生せずに、ただただ溜め込むだけになりがち、というのが大きな問題です。

■そこに残り続ける

また、「Someday/Maybeリスト」の「いつかやる」が、「今はやらない」を意味する点も見逃せません。

たしかに、「Someday/Maybeリスト」に放り込むことで、今現在の注意が健全に維持されるのはよいとして、しかし結局それらは「捨てていない」のです。

たとえば、2010年に「Aをやりたい。でも今は別のことをやっているからこれはS/Mリストだ」と処理したとしましょう。Aは、「今はやらない」と判断されたのです。

では、一年経った後はどうでしょうか。まだ少し興味が残っていたとしましょう。もちろん、「まだ少し興味が残っている」というものが実行に移されることはありません。つまり、「今はやらない」の属性は適性なままです。

5年経って、10年経っても、そこにあるリストは、実行に移さないという意味で「今はやらない」の属性はずっと維持されます。つまり、自分のそのときの興味がどのように移り変わろうとも、そこに書いてある項目が「不適合」(論理エラー)になることはないのです。

今後、自分の一生でそれが行われる可能性が0.00000000001%だとしても、「今はやらない」という属性は整合的であり続けます。つまり、論理で処理し続ける限り、「Someday/Maybeリスト」は増え続ける一方なのです。

■レビュー頼みの危うさ

もちろん、GTD熟練者はこう言うでしょう。

「レビューをしないと」

まさにそのレビューがGTDの骨幹をなすものであり、だからこそGTDは真の意味で普及しないのです。GTDはレビューが回らない限り、システムとして成り立ちません。だから、レビューができなければGTDはできないのです。

GTDにはレビューが必要。レビューができないのでGTDができない。

これが正しいとして、じゃあどうやったらレビューができるようになるのかは不明です。ここで、「それはGTDをすればいいんだよ」となったらもちろん無限後退のスタートです。

GTDにおいてレビューがクリティカルに重要なことはたしかとして、GTDに付随するすべての問題を「レビューをすればいい」と帰結してしまえば、デウス・エクス・マキナを召喚しているのと変わりません。

感情的に言えば「それができりゃ、苦労せん」となるわけです。

GTDにとってレビューが重要であればあるほど、それを実践するのは気が重くなります。対象が増え、精査することが増え、判断が求められるようになります。「Someday/Maybeリスト」の峻別は、その代表例でしょう。いくらでも記録できるデジタルツールにおいて(それはつまり、ツールが捨てなさいと言ってこないことを意味します)、自分の判断だけで、論理的に「Someday/Maybeリスト」を再構築するのは、かなりのパワーを必要とします。

そんなことをするくらいなら、どんどんリストに追加して放置しておく方が楽です(それで当面の実践に集中できます)。そして、人間は基本的に楽な方に流れるものなのです。何かしらの外部的な強制がない限り、だいたいは楽な方(ないしは楽しい方)に流れていきます。

そうして「Someday/Maybeリスト」は肥大化していくのです。

(下につづく)

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