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Scrapboxは切り口を与えるツール

本稿では、まずScrapboxにおけるハッシュタグの運用について検討し、ついで「切り口」について考察する。

最終的に描写したいのは、「Scrapboxは切り口を与えてくれるツールである」というこのツール独特の性質である。

言葉の確認

Scrapboxには、リンクを作るための記法が二つあり、キーワードを[]でくくるブラケティングと、前に#をつけるハッシュタグ記法がそれぞれ存在しているが、機能としてはまったく同じである。

が、それとは別に、本文中に出てくるキーワードではない、言葉(概念、フレーズ)を添えるものとして、付けられるリンクがある。本稿ではそれをハッシュタグリンクと呼び、本文中のキーワードリンクとは別物として扱う。

例示は以下の通り。

下記ページにある「#断片からの創造」がハッシュタグリンクであり、それ以外のリンクがキーワードリンクである。

サンプル

ここで、一つ私の「アイデア」をあげよう。

あるときふと「断片的な情報摂取」というキーワードが振ってきた。それを、よくある情報整理の手法で書き留めたのが上のノートだ。

私には、いくつかの「想定している企画案」というのがあり、たまたまこの「断片的な情報摂取」というのは、二つの領域にかかっていた。

こうしたとき、ノートブック方式なら実に困ったことになるが、タグ方式なら上記のように綺麗に対応できる。よって、Scrapboxでも、ハッシュタグリンクをつけておけばバッチリOKだ。

あるいは、以下のようにページを作ることもできる。

本稿で検討したいのは、この二つのページの(あるいはリンクの)作り方の違いである。

ハッシュタグ的なもの

タグの使い方の説明でよく用いられるのが「串刺す」というものだ。パラパラに散らばっているものを、一つの串にまとめてしまう。これは、見方を変えれば、一つの大きな箱に、要素を投げ込んでいくとも言える。

ハッシュタグリンクを一つページにつけるたびに、この箱に放り込まれる要素が一つ増える。一つのページに二つのハッシュタグリンクをつければ、二つの箱に、同時に同じ要素が放り込まれる。で、後からその箱を覗けば、これまで放り込んできた要素が一覧できる。イメージとしては、そのような運用だ。

このような運用は極めて便利だが、二つ問題がある。どちらも似通った問題だ。

・ハッシュタグを思いついた時点からの情報しか集まらない
・自分がそのハッシュタグをつけようと思った情報しか集まらない

たとえば、「断片からの創造」という私のハッシュタグは、生誕のその瞬間から私の中に宿っていたわけではない。生後何十年目かに、突然閃いたのだ。生得的ではなく、習得的な獲得。でもって、あらゆるアイデアがそのような性質を持っているだろう。いろいろなインプットのその後に、閃くのだ。

だから、私のアイデアメモには、「断片からの創造」を閃く前に思いついていた、断片を含むものがいくつか(あるいはいくつも)ある。「ハッシュタグをつけていく」というやり方では、それらが完全に拾えない。拾うためには、過去のアイデアノートをサルベージして、一つひとつ付けて回る必要がある。必然的に、リーチできる量には限界があるだろう。

もう一つ、これと関係するが、ハッシュタグ方式だと、その情報に対して、「これはこのハッシュタグが相当する」と自分が認識したものだけが集まることになる。ある種の恣意性がそこにはあるわけだ。自分がハッシュタグをつけたものは集まるし、そうでないものは集まらない。そういう選別が働いている。

キーワードリンク

では、キーワードリンクならどうだろうか。

キーワードリンク方式ならば、そもそも箱というものを想定しない。

ページ同士は、複数の小さなネットワークで接続されている。中にはたくさんのリンクを持つページがあるだろうし、ごく少数のリンクしか持たないページもあるだろうが、ともかくここには「串刺す」ようなものがない。箱は用意されず、リンクを辿ることで、情報の経路を自ら辿っていくことになる。

言い換えれば、(箱による)一覧性が喪失している代わりに、本来箱に含まれなかったであろう情報へとアクセスを伸ばしていける。恣意性がないからこそ、情報が本来的に持つ関係性がそこには十全に発揮されている。

ハッシュタグ/ツリー構造

この点を、ハッシュタグのメリットから表現し直せば、箱とは(あるいは串刺しとは)、有限化である。

ネットワークは、本来広大であり、どうにでも辿れてしまう。それは自由なのだが、自由は人を解放するだけでなく、負荷も与える。だからこそ、有限化が必要となる。

書籍の役割とは常にそれである。広大な情報のネットワーク構造を、窮屈なツリー構造へと変換すること。ネットワークに網を投げ、いくつの部品だけを掬い上げ(その際、たくさんのリンクが切断されることになる)、箱に詰めて、誰かに送ること。

これが本作り、いや、コンテンツメイキングの肝である。

Scrapboxにおけるハッシュタグリンクは、どちらかと言えば、こちらの思想に近い。では、キーワードリンクはどうか。これは、ネットワーク構造を、ネットワーク構造のまま拡大していくことに相当する。

その意味合いとはなんだろうか。

ネットワークからツリーへの変換

もう一度、確認しよう。あらゆるツリー構造のコンテンツは、もともとネットワーク構造だった情報を「変換」(そう表現していいだろう)して生まれたものだ。つまり、基盤はネットワークにある。

だからこそ、まったく同じような内容を持つコンテンツでも、さまざまな表現の仕方が存在する。ネットワーク構造をツリー構造に変換する手立ては一種類とは限らないからだ。

この変換に、近しいものを挙げるとすれば、「次元を落とす」になる。3次元のものを、2次元にする。物体を切断する。そこにあらわれる「切り口」が一つひとつのコンテンツである。

言い換えよう。

ネットワークを、ある平面で切り落としたときに現れるものが、ツリーである。

その切り口の選択は、非常に恣意的であり、また、生まれ出るものは、有限である。

このことには、メリットもある。自由で無限なものを、すべての人が快く(あるいは心地よく)受け取れるわけではない。切り口は、必要になる。

だからこそ、「Scrapboxは切り口を与えてくれるツール」になる。どういうことか。

Scrapboxは、ネットワーク構造を崩さないまま情報を保存できる。つまり、そこには、(自分が想定しうる)あらゆる「切り口」の可能性が保持されている。

もう一度言おう。ツリー構造で提供されたものは、一度変換を経たものであり、言い換えればそれは「切り落とされた」後のものである。切り落とされたものから、別の(つまり、そうであったかもしれない)切り口を想像するためには、リバースエンジニアリングに似た非常にややこしい工程を経なければいけない。

しかし、ネットワークがネットワークのままであれば?

人は、そこから切り口を見つけていける。ハッシュタグによって情報を分類するのではなく、新たな情報の分類となるハッシュタグを思いつける。

それがScrapboxの真なる力である。

このことを想像すると、ちょっと背筋が寒くなってくる。

Scrapboxは、ツリーを育てるためのツールではない(むろん、そういう風に使えないわけではないが)。Scrapboxは、リゾームを育てるためのツールなのだ。

さいごに

とは言え、本を書くような人間ならば、最終的にハッシュタグに相当するものは必要となってくる。彼らの仕事はいつだって、有限化なのだから。しかし、はじめから有限化に合わせてアイデアや思考を集めるのではなく、まず素のネットワークのままに集めていき、(自分が想定しうる)あらゆる切り口に対応できるようにしておくことの価値は、非常に大きいように思う。

以上、ハッシュタグリンクを中心に、「Scrapboxは切り口を与えてくれるツール」について検討してみた。

これは別に、ハッシュタグリンクを使ってはいけない、という話ではない。ハッシュタグは、キーワードを共有していないものにリンクを作るのには最適な機能である。しかし、ハッシュタグをつけてまわるという行為は、情報処理的に一体何をしているのかは、一度じっくり考えてみた方がよいだろう。

少し長くなってしまったが、最後までお付き合い頂き感謝である。皆さんのScrapboxがアイデア溢れんことを願って。

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