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メタ・ライフハック

Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~ 2022/02/03 第591号

○「はじめに」

今週も縮小版でお送りします。

まだまだ集中力を使うような仕事はできませんが、日常の家事周りを回せる程度にはなりました。あと、本も少し読めるようになっています。今は焦らずに、じわじわできることをやっていきます。

というわけで、2月は「ライフハック再考」をお送りします。一応、前号からの続きです。

*本号のepub版は以下からダウンロードできます。


○「メタ・ライフハック」

「ライフハック」とは何なのか。引き続き検討していこう。

ここでも参照するのは堀正岳氏の『ライフハック大全 プリンシプルズ』である。日本におけるライフハック情報発信の第一人者であり、長らく変わらないスタンスをキープされてきた堀氏の著作は、新しい流行語が出るたびにふらふらと主題を乗り換えるような発信者と比べて参照する価値が高いもことは間違いない。

そしてまた、堀氏は『知的生産の技術とセンス ~知の巨人・梅棹忠夫に学ぶ情報活用術~』や『知的生活の設計―――「10年後の自分」を支える83の戦略』という著作からもわかるように知的生産や知的生活に造詣も深い。私が試みている、知的生産の技術・仕事術・ライフハックに通底する「音」の響きを聞き取る挑戦でもきっと有用な示唆を与えてくれるだろう。

■ライフハックの構成要素

さて、堀氏はライフハックをどのように扱っているだろうか。『ライフハック大全 プリンシプルズ』の目次は以下のようになっている。

・PROLOGUE ライフハックとは何か
・CHAPTER 1 時間を生み出すライフハック
・CHAPTER 2 行動に結びつくタスク管理
・CHAPTER 3 集中力と先送り防止
・CHAPTER 4 ツールと人生の仕組み化
・CHAPTER 5 読書と情報整理
・CHAPTER 6 学びとアウトプット
・CHAPTER 7 仕事と生活の環境構築
・CHAPTER 8 心を守るためのメンタルハック
・CHAPTER 9 人生をハックする習慣術

『ライフハック大全 プリンシプルズ』

時間・行動(タスク)・集中力・仕組み化・読書・情報整理・学び・環境構築・メンタルハック・習慣術と、さまざまなカテゴリーが列挙されているが、しかし個々の要素はそこまで重要ではないのではないか、という疑問が生じる。むろん、著者たる堀氏にとってこれらの要素が「人生」を構成していることは間違いないし、そこに一般性も見いだせるだろうが、すべての人にとってこれらのカテゴリーが、もっと言えば、そこで開示されている具体的なライフハックが十全に役立つ保証はない。

たとえば、本書ではコアとなるライフハックと、そうでないライフハックに分かれているが、そのコアハックをいくつか列挙してみよう。

・ブレインダンプで心配事をすべて書き出す
・マインドマップで人生の見取り図を作る
・時間トラッキングで時間の使い方を可視化する

『ライフハック大全 プリンシプルズ』

これらはたしかに有用であろう。私自身の体験からも共感できるコアハックだ。しかし、これらがライフハックの「本質」なのかと言えば、簡単には頷きがたい。

では、ライフハックの本質とはなんだろうか。ここで注目したいのが、PROLOGUE「ライフハックとは何か」で定義されている堀氏にとってのライフハック観である。この観点こそが、今回の論考の要石になるだろう。

■ライフハックの定義

まず、堀氏はライフハックをこう定義する。

「人生を変える小さな習慣である」

非常にシンプルなこの定義は、彼の情報発信の黎明期から変わらないメッセージでもある。ずっと変わらぬ主張を行っているわけだ(この点はきわめて重要である)。

当然このようにして「ライフハック」が提示されるのだから、「ライフハックでないもの」も定義されうる。つまり「人生」に関係することならなんでもライフハックと呼べちゃう、のようなちゃらんぽらんな混乱状態からは抜けられることになる。

その上で、PROLOGUE「ライフハックとは何か」は以下のような文章からはじまる。

>>
なかなか思い通りにいかない人生を変えるには、大きな決心や、派手な行動が必要だと思われがちです。
<<

『ライフハック大全 プリンシプルズ』

無論、この文脈から導かれるのは、「そうした大きな決心や派手な行動は必要とは限らない」という主張なのだが、その前に注目したいのは「人生を変えるには」という文言である。ライフハックは、人生を変えるために実行される。この点は、後ほど確認することにして、話を先に進めよう。

実際に人生を変えうるものは、次のように確認されている。

>>
むしろ実際に毎日の生活を変えるのは私達自身の「行動の変化」、つまりは習慣です。
<<

『ライフハック大全 プリンシプルズ』

「大きな決心」や「派手な行動」ではなく、具体的な行動を変化させること。日々の私たちの時間を満たす「習慣」を変えること。それこそが人生を変えるための有用な手段である、と本書は説く。

>>
こうして毎日の行動を、数分で実践できるような小さな近道で入れ替えていくうちに、やがて大きな変化を生み出すことができる、そんな小さな習慣のことを「ライフハック」と呼びます。
<<

『ライフハック大全 プリンシプルズ』

「人生」に関係することならばなんでも「ライフハック」と呼べるわけではなく、またそれが「大掛かり」で「大仰」な要請を必要とするものならば、やっぱりそれも「ライフハック」とは呼べない。まずは、この点が確認できる。

■ライフハックではないもの

次に、本書では原則としていくつかのまとめが掲示されているので合わせて見ておこう。

>>
原則:ライフハックとは、人生に長い目でみて変化をもたらすような、小さな行動
<<

『ライフハック大全 プリンシプルズ』

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原則:ライフハックは、何度も繰り返し適用しつつ、効果を測定して調整することで、長い目で見た変化を導く
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『ライフハック大全 プリンシプルズ』

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原則:ライフハックのやり方は一つではなく、目的と状況に合わせて自分の裁量で柔軟に変化させてよい。逆に、特定のライフハックに固執して目的を見失わないように注意する。
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『ライフハック大全 プリンシプルズ』

これらの原則を眺めてみると、「ライフハック」でないものの姿が思い浮かんでくる。たとえば、本書ではあまたの「ライフハック」が紹介されているわけだが、たとえばそれを一度だけ試して、あとはもうすっかり忘れてしまうならば、それは「ライフハック」とは呼べないだろう。行動自体は「小さい」ものではあるが、「何度も繰り返し適用しつつ、効果を測定して調整することで、長い目で見た変化を導く」が行われていないからだ。

「ライフハック」の技を使ってはいるが、「ライフハック」はしていない。そんな風に表現できるだろう。ちょうどそれは、哲学史にきわめて詳しいけれども、哲学的な考え方がまったくできていない、という状況に似ているかもしれない。

ライフハックにおいては、個々の知識(つまりノウハウ)ももちろん大切ではあるが、それ以上にいかにそのノウハウを実践していくかこそが問われているわけだ。知識がなければそもそも実践は不可能ではあるが、実践をおざなりにして知識を蓄えてもそれは「ライフハック」には至れないのである。

■メタ・ライフハック

こうした観点に立つと、前述したように全体のカテゴリーに何が含まれているのかといったことや、コアハックが何であるのか、といった話は一段階だけ優先度を失うことになる。たしかにそれは具体レベルでは重要な話なのではあるが(それがなければ、たいていの人は話が理解できないだろう)、全体の骨組みを支えるものではない。

では、その骨組みとは何だろうか。「ライフハック」全般に渡って言える重要な点とは何か。それは、先ほども引用した次の原則から読み解ける。

>>
原則:ライフハックは、何度も繰り返し適用しつつ、効果を測定して調整することで、長い目で見た変化を導く
<<

『ライフハック大全 プリンシプルズ』

この原則は、具体レベルで適用すればいわゆるPDCAサイクル的なものになるだろう。たとえば、「ブレインダンプで心配事をすべて書き出す」というライフハックであれば、実際にやってみて具合を確かめ、実行する時間や環境やツールを、自分にとってちょうどよい形に整えていく。そんなプロセスだ。

しかし、そのプロセスもまた一人の人間の「行動」には違いない。そして、個々のライフハック(というノウハウ)は、その「行動」の影響下に置かれることになる。つまり、「マインドマップで人生の見取り図を作る」であっても、「時間トラッキングで時間の使い方を可視化する」であっても、同じプロセスが適用されるのだ。

だとすれば。

もしそうだとすれば、そのプロセスこそが「ライフハック」の精神/姿勢/哲学を構成しているのではないか。具体レベルの個々の「ライフハック」を一つ上の視点から統括する「ライフハック」。

すなわち「メタ・ライフハック」。

具体的な対象や道具は別に何だって構わない。それを刹那の興味で切り捨てるのではなく、長期的なスタンスでもって、実践・観察・改善していくこと。そのような姿勢、あるいは「習慣」。それこそがメタ・ライフハックと言えるのではないか。

言い換えれば、ライフハック実践者(≒ライフハッカー)とは、使用しているノウハウやツールに要件があるのではなく、そうした姿勢/習慣を持っている人たちを指すのではないか、ということだ。

こうして抽象度を上げて捉えると、知的生産の技術や仕事術とも共通する要素が浮かび上がってくるかもしれないが、それはまた別の回で検討することにしよう。

■人生を変える

もう一点確認しておきたいことがある。先ほど出てきた「人生を変える」だ。ライフハックは、人生を変えることを欲する主体者が実践する。では、「人生を変える」とはいったい何を意味しているだろうか。

堀氏は次のように書いている。

>>
ですから、「人生を変える」とは、能動的に行き先を、行動を選択することと言い換えてもいいでしょう。本書では、なんらかの長期的な変化に向けて私たちが行動を起こしている状態のことを、人生が変わっている、変わりつつあると表現しています。
<<

『ライフハック大全 プリンシプルズ』

つまり、何かしら大きな結果を手にできたら(たとえばM-1グランプリで優勝したら)それで「人生が変わった」というのではなく、ある時点で意志を持ち、「自分はこちらに進もう」と決めて、実際に行動を起こしたその瞬間から人生の変化は始まっている、というわけである。

たとえば、船の航路で、舵をまっすぐに握っているのと、角度を一度右に傾けるのでは将来的な到着点は大きく変わるだろう。つまり、舵を一度でも右に傾けた瞬間にもう航路は変わっているのである(あるいは変わりつつあるのである)。

未来は予測できないのだから、最終的に自分がどこにたどり着くのかはわからない。それでも、「こちらの方に向けて進む」という方向性を決めることができる。その決定が「人生を変える」わけだ。

むしろ、それが決められないならば、「長期的なスタンスでもって、実践・観察・改善」することはできないだろう。どう改善すればいいのかわからないからだ。行きたい方法が決まっているからこそ、そちらに向けて修正ができる。無目的・無作為でも、きっと「どこかに」たどり着くことはできるだろうが、それは舵を取ってどこかに向かうのとはまったく別の営みだと言える。

■仕組みを使う

とは言え、舵を切っただけで万事うまくいくとは限らない。だからこそノウハウ=具体的なライフハックが必要とされるわけだ。

>>
原則:ライフハックは私たちの「頭の良い部分」と「悪い部分」という壁を乗り越える仕組みを作ること。やる気やスキルでは届かない部分に、仕組みで近道を作る。
<<

『ライフハック大全 プリンシプルズ』

この原則は、詳細に検討すると、それだけでPDF15ページくらいになるので割愛するが、私たち人間は理性的に計画ができる能力と、感情に左右されその瞬間における最適解(だと思えるもの)に流されてしまう傾向を持つので、その二つをうまくブリッジさせる「仕組み」が必要である、という話だ。やる気やスキルで解決するのがライフハックではない。「仕組み」を用いるのがライフハックなのである。

この点に「ライフハック」が陥った罠が潜んでいると個人的には睨んでいるが、その検討はもっと後半に行うとしよう。

■さいごに

今回は、堀正岳氏の「ライフハック観」を参照しながら、メタ・ライフハックについて検討した。それぞれの人が実践するライフハックは常に具体的なものであるが、しかしこの論考では一つ階層を上に上り、そこに通底する姿勢・哲学に手を伸ばしてみた。

重要なのは、変化を欲し、長期的な視点でもって、実践・観察・改善を続けていくことだ。

次回も、引き続き検討を続ける。

(次回につづく)

○「おわりに」

お疲れ様でした。本編は以上です。

完全にダウンしているわけでもなく、かといって十全に元気でもない、という今の状況が一番まどろっこしいですね。まあ、落ち着いていきましょう。

それでは、来週またお目にかかれるのを楽しみにしております。

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