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『現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変』レビュー

前提となる知識

まず

「架空戦記」

というものがあります。
ワーテルローの戦いでナポレオンが勝っていたり、戦艦大和が沈まずに生き残っていたり、という、歴史上の転換点で、もしも史実と違うことが起きていたら? という架空の戦記物。史実を題材にしたIF(もしも)系シミュレーションゲームなどもこの範疇にはいるのかも?

つぎに、

「異世界転生もの」

現世で(たいていは)不幸な生き方をしていた主人公の魂が、(たいていは)これまた不幸な死をきっかけにして(トラックに跳ねられるのが定番)ゲーム世界やファンタジー世界などの異世界へ転生してしまうもの。(たいていは)転生時に特殊能力(チート)を与えられて、異世界で現世生活のうっぷんをはらすべく胸のすくような冒険をしたりしなかったりするもの。

「やり直しもの」

Re:系繰り返し系とも。世界の時間が巻き戻るものの、主人公だけは巻き戻り前の記憶やスキルを持っていて、それをつかって歴史を書き換えて別の人生を歩むというもの。広義のタイムトリップものの範疇ともいえる。何度も繰り返したり、その代償があったり、一度だけとか異世界だったりとかバリエーションはさまざま。

「なろう小説」

今あげたような特徴やその他の要素を、単独または複数組み合わせたりこねくりまわしたりしてネットに投稿された小説たち。有名な小説投稿サイト「小説家になろう」がそのまま代名詞になっている。たいていタイトルが長いのが特徴で、タイトルでだいたいの内容がわかってしまうという噂もある。

で、無数にアップされつづけている「なろう小説」たちが蟲毒じゃなくて切磋琢磨と進化を繰り返していつしか生まれたのが

「悪役令嬢もの」

乙女ゲームの世界の悪役令嬢に転生する異世界(?)転生もの。
ゲームのラストで悪役令嬢が(社会的に?)抹殺されてエンディングをむかえることを回避すべく、主人公ががんばるのが定番。
なのですが、実際にはそんな悪役令嬢が超悪人でラストで殺されちゃうようなバイオレンスな乙女ゲームは存在しないようです。
参考:

おそらく、勇者vs魔王の異世界ファンタジーへの転生もので、魔王に転生してしまうタイプのなろう小説が性別変換&魔改造されて生まれてきたものと思われます。

以上、用語の定義などはワタクシの勝手な解釈です。

そして、最も必要になるのが

「近代史、特に経済と地政学」

これらの広範囲な知識と、あと、てきとうなオタク的知識がめちゃくちゃ要求されるのが今回紹介する

『現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変』①表紙

『現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変』

二日市とふろう(著/文)景(イラスト)

なのです。
例によって長いタイトルで大体語られているわけですが、普通の「なろう系」と異なり、タイトルが語っているのは主人公の悪役令嬢・桂華院瑠奈けいかいんるなの心情と「現代社会」というポイントのみ。
そのポイントとなる現代社会(への転生)すらも一筋縄ではいきません。より正確には、「現代社会をモチーフにした政治・経済・地政学を極端に取り込んだ乙女ゲーム(?)の世界」への転生なのです。
それもおそらく近代史マニアのゲームデザイナーの趣味がものすごく盛り込まれた世界。
主人公の転生後の瑠奈さまからして、史実では失われたはずの近代日本の貴族階級、華族の末裔で、ロシア貴族の血が入る金髪の美少女。
日本国は第二次世界大戦をうまいこと(無条件降伏ではなく)「降伏」できていて、満州国が生き残り、戦後しばらく北海道の北、樺太道には北日本人民共和国(!)が存在していたという設定。
戦前の財閥なども解体されずに残り、華族の不逮捕特権、枢密院の存在などなどが「現代社会」にオーバーラップされた。どうやら敗戦という時代の転換点で史実と違う時間線へ舵がきられた、そんなIF(もしも)の「異世界(ゲーム)」の世界が舞台なのです。

読んでいて、何度も何度も何度も「そんな乙女ゲームありえないよおお!!」って叫びたくなりましたw
まあ、もともと存在しない「概念」の乙女ゲームの、それまた極端な亜種が作中作ならぬ作中ゲームで、それにのめり込んでいた(のもすごいとおもうけれど)前世の主人公が転生したのが、そのゲームの中の悪役令嬢。という、これまた入り組んだ状況なわけですから、これでいいのでしょうw

転生した主人公、金髪美少女の瑠奈さまがまず取り組もうとしたのは史実では1998年に破綻、消滅した北海道拓殖銀行(がモデルの)北海道開拓銀行の救済です。この主人公さん、前世でバブル崩壊後にそうとうひどい目にあい、苦心惨憺の結果の転生であったようで、バブル崩壊でおちこんでいく日本の経済の立て直しと、(なんとなく作中で忘れられていくけれど)ゲーム終了時の死亡フラグの回避を目標に、前世の記憶とたぐいまれなる美貌と貴族の地位、そしてとんでもない財力(は幼女の段階から自分でつくっていくんですけどね)を武器に戦っていきます。
それだけ武器があればけっこう楽勝なんじゃ? なんて思いますが、いえいえ、これがまたドロドロした、経済と切っても切れない政治の世界の大人たちにあいてに、一人の少女が丁々発止を繰り広げるのは、「ちょっと」どころではなく「かなり」大変だわね。と思うのでありました。

そうそう、大変と言えば読むのも大変ですw
最初に「近代史」の知識が必要、とかきましたけれど、これ、よく考えてみたら史実の近代史と、ゲーム内近代史と、彼女に書き換えられた後のゲーム内近代史の3つの歴史を把握しながら読み進めないといけないわけです。
さらに、史実の会社名や政治家の名前とかそのままゲーム内でつかえないからか、いろんな読み替えが詰め込まれています。先ほどの北海道開拓銀行や恋住総一郎こいずみそういちろうぐらいはまだいいんですけど、史実でも合併を繰り返してわけわからない名前になった銀行の名前なんてもうぜんぜんわからんちんですw メモ取りながら言い換えて読んでました。

いまのところ③巻まで出ています。作中ではようやく2001年、あの911の惨劇が発生するあたりまで(ってそんなものが乙女ゲームに描かれているんですよこの世界)で、桂華院瑠奈はまだ小学生。
これから①巻のプロローグで描かれた2008年のリーマンショック勃発(ってそんなものが乙女ゲームに描かれているんですよこの世界)まで、まだまだちょっとどころではなく大変な日々がつづくことでしょう。

史実のほうではまた戦争がはじまったりあーだこーだしていて嫌んな世界ですが、ゲームやお話のほうもけっこう大変。
あの、一般人では知ることができない経済戦争や政治の駆け引きの裏側で、こんなことが起こっていた(のかも?)というIF(もしかして)世界を味わえる、そしてやっぱり読むの大変なw 作品でありました。


小説家になろう(原作):

https://ncode.syosetu.com/n3297eu/


#なろう小説 #二日市とふろう #景 #らせんの本棚 #経済架空戦記  


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