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帝京ちばリウマチ科Bulletin 増刊号 「膠原病の新規治療(下)」

こちらの記事(寄稿)の続きです。

3)全身性強皮症

指導医「続いて全身性強皮症だ。この疾患にはどのような特徴があるかな?」
研修医「手足の指から始まる皮膚硬化と血流障害が特徴の自己免疫疾患だと習いました」
指導医「そうだね、皮膚が硬化することと、血液の流れが障害されることは2大特徴で、特に寒冷刺激によって血管が痙攣を起こして可逆的に血流が悪くなることをレイノー現象と呼ぶね。レイノー現象は全身性強皮症に限らず、皮膚筋炎や全身性エリテマトーデスでもみられるけれど、特に全身性強皮症では皮膚硬化が始まる前からレイノー現象が出現していることが多く、重要な徴候だと考えられている」
研修医「皮膚硬化はなぜ起こるのですか?」
指導医「皮膚毛細血管周囲での炎症、血管の痙攣による虚血が引き起こす低酸素状態などが複合的に関与して、異常な『線維化』が起きるため、とされているね」
研修医「線維化って何なんでしょう」
指導医「例えば傷ができた時、その傷あとが少し盛り上がって治ったことがあるだろう。言ってみれば、この盛り上がっているのが『線維化』なんだ。この線維化が皮膚のみならず、肺や消化管などの内臓にも起こるのが全身性強皮症の特徴で、線維化を起こすと皮膚は硬くなる。その皮膚を顕微鏡で拡大してみると、皮膚の真皮と皮下脂肪組織という場所に膠原線維(コラーゲンともいいます)が増えていることがわかる」
研修医「なるほどです」
指導医「難しいことを言うと、この膠原線維は線維芽細胞という細胞から作られるんだけど、全身性強皮症はこの線維芽細胞が異常に活発になっているんだ。そのため皮膚に過剰な膠原線維がたまって、線維化がおきるんです」
研修医「なるほどですね、なぜ線維芽細胞が異常に活性化されているのでしょう?」
指導医「それは残念ながらよくわかっていない。遺伝的環境と未知の外因による自己免疫現象ではあるんだけど、ぜひ将来の君に解き明かしてほしいな」
研修医「難しい注文が来た… でも、原因がわからないなりに治療はあるんですよね?」
指導医「僕が研修医だった頃は、他に投与できる治療薬もなかったので、やむを得ずステロイドを使用したり、皮膚硬化に対して有効であるとされていたD-ペニシラミンなどの抗リウマチ薬を使ったりしていたけれど、どれも効いたとは言い難かったね」
研修医「特に一定量以上のステロイドは『強皮症腎クリーゼ』を引き起こすから使うべきではない、と教わりました」
指導医「その通りだね。現在でもやむを得ない事情でプレドニゾロンなどを処方することはあるけれど、その際にはきちんと患者さんに危険性をお話しして、毎日の血圧測定と、急に血圧が上昇傾向を示した場合の受診方法について説明しておかなければならない」
研修医「それでは、現在、きちんと効く全身性強皮症の治療にはどのようなものがありますか?」
指導医「まず、リツキサン®(リツキシマブ)が挙げられる。以前から欧州から効果があるのではないかという報告がなされていたけれど、本邦の東大病院からきちんとした医師主導の臨床試験の結果が出て、皮膚硬化に対するリツキシマブの効果が示された」
研修医「すごいですね!」
指導医「これを受けて、2021年9月に厚生労働省より承認され、保険適用されたんだ。上記臨床試験(DESIRES)自体には細かく見ると瑕疵があると言えなくもないが、大きな結果だと言っていいね。
さらに全身性強皮症で悪名高い合併症である間質性肺炎に対しても、オフェブ®(ニンテダニブ)が承認されている」
研修医「呼吸器内科で研修しているとき、特発性間質性肺炎の患者さんが何名かニンテダニブを内服しておられました。京都発の、世界的ゲームメーカーみたいな名前の薬ですね」
指導医「海外の学会でも、有名なドクターが同じようなことを言っているのをしばしば耳にするけれど(笑)、ニンテダニブはこれまで打つ手が乏しかった全身性強皮症に合併する間質性肺炎に対する治療薬として期待されている。全身性強皮症における『炎症を抑える』というよりは『線維化を抑える』薬剤なので『抗線維化薬』というジャンルの薬だね」
研修医「先日の間質性肺炎合同カンファレンスでも、放射線科の先生や病理の先生、呼吸器内科の先生方で『抗炎症薬』を先行させるべきか、『抗線維化薬』のみで治療すべきか、侃々諤々でしたね」
指導医「あのカンファレンスはみんな熱くなるからね。あれは『MDD(Multi-disciplinary discussion)カンファレンス』と呼ばれるもので、間質性肺炎という複雑な疾患を多面的に検討する場として近年開催されるようになってきたんだ」
研修医「話されていることの3割ぐらいしかわかりませんでした…」
指導医「研修医としては十分じゃないかな。とにかくあのカンファレンスは勉強になるんだけれど、言い換えるとニンテダニブのような新規治療薬も『万能薬』ではなくて、専門家が効くと見定めたケースで使用されるべきなんだね」
研修医「呼吸器内科でニンテダニブを内服しておられた患者さん、下痢の副作用が辛そうでした」
指導医「消化器症状が高い割合で生じるからね。また、ニンテダニブの効果は『予想される悪化の程度を軽減する』ものであって、残念ながら『著明に改善させる』ものではない」
研修医「そうなんですね……」
指導医「ぜひ将来の君により良い治療を開発してほしいな」
研修医「また注文が来た」
指導医「リツキシマブ、ニンテダニブ以外では、関節リウマチの生物学的製剤として長く使われているアクテムラ®(トシリズマブ)について、海外で全身性強皮症の皮膚硬化改善を目的とした臨床試験が行われ、残念なことに皮膚硬化の改善は示せなかったものの、間質性肺炎の悪化の程度を軽減させることが判明し、米国では「全身性強皮症に関連した間質性肺炎」の治療薬として認可されたんだ。トシリズマブは関節リウマチのみならず、巨細胞性動脈炎や高安動脈炎など幅広い膠原病・血管炎に使用されている薬剤だけに、良いニュースではあるけれど、日本ではその用途では未認可だ」
研修医「トシリズマブは日本で開発されたし、新型コロナウイルス感染症でも使用するし、頑張ってほしいですね」

4)関節リウマチ

指導医「最後に関節リウマチに触れないわけにはいかないね」
研修医「生物学的製剤やJAK阻害薬、バイオシミラーなど、どの薬をどうやって使っていいのか、まだ全然わかっていません……」
指導医「リウマチ科医の不都合な事実として、最初の生物学的製剤が使用できるようになってもう20年経つのだけれど、未だに『眼の前の特定の患者さんに最適の治療が何なのか』を事前に知る方法はないんだよ」
研修医「もう少し詳しく教えてください!」
指導医「では、関節リウマチ診療の原則は?」
研修医「ええと…… なるべく早期に診断して、治療は禁忌がなければメトトレキサート、約3ヶ月から4ヶ月の間に臨床的寛解が達成できなければ生物学的製剤もしくはJAK阻害薬を追加、でしょうか?」
指導医「研修医の回答としてほぼ満点だ」
研修医「イェイ!」
指導医「しかし、現実の臨床は難しい。禁忌や副作用のためメトトレキサートが内服できない患者さん、生物学的製剤やJAK阻害薬の費用(窓口負担)の問題で使用できない患者さんもいらっしゃるし、何種類もある生物学的製剤やJAK阻害薬の『どれが最適か』は誰もわからない、というか、一番成功率が高そうな薬剤を試し、3ヶ月ほど使ってみて効果を判定し、もし無効なら次の薬剤に変更し……という、いわば『行き当たりばったり』で治療を決めている」
研修医「それはもう少しどうにかならないのでしょうか?」
指導医「関節リウマチ患者の滑膜を採取し、そこで増生している細胞をより詳しく調べることによって、有効な薬剤を割り出そうという試みは無くはないものの、実際の臨床で使われるまでは程遠いね」
研修医「そうなのか…」
指導医「そうは言っても、生物学的製剤やJAK阻害薬、また隠れたところでメトトレキサートの最大使用可能量の引き上げによって、もう20年前とは全く風景が違う関節リウマチ診療が可能になったのは間違いないね。20年以上前は、関節リウマチが悪化したら入院安静、そして患部の関節を温めるのが良いか冷やすのが良いかについて激しい議論が行われていた、というところから、よくここまで来たと言える」
研修医「すごい歴史ですね」
指導医「まぁそれはともかく、新規治療薬のJAK阻害薬の話を少しだけしておしまいにしよう。現在、JAK阻害薬5種類トファシチニブ:ゼルヤンツ®、バリシチニブ:オルミエント®、ペフィシチニブ:スマイラフ®、フィルゴチニブ:ジセレカ®、ウパダシチニブ:リンヴォック®)もあって、効果の優劣ははっきりしない。あるJAK阻害薬が効かないときには別のJAK阻害薬にしてみて効くこともあるし、今ひとつのこともある」
研修医「どれが最強なのか、まだわからないんですね」
指導医「最強のJAK阻害薬は存在せず、個々の患者さんにとって『最適な』JAK阻害薬があるだけだと僕は考えている。生物学的製剤との比較では、短期的な臨床効果は生物学的製剤を上回ったとする報告はあるものの、副作用の出現頻度や重篤さなどを含めた『総合的優劣』は、これもまだわからない。生物学的製剤と比較したJAK阻害薬最大のメリットは注射が不要であることで、2つめのメリットはメトトレキサートとの併用が必須ではないことかな」
研修医「生物学的製剤もメトトレキサート併用は必須ではないと思いますが…」
指導医「そうだね、でもメトトレキサートを併用しないで生物学的製剤を使用していると、臨床効果が不十分のまま、やがて中和抗体が産生されて二次無効に追い込まれることが多い。JAK阻害薬には中和抗体が産生されないのが大きな強みだと思うけれど、二次無効がないわけではない。
逆に、生物学的製剤と比較したデメリットは、帯状疱疹の危険性が明らかに高まる、TNF阻害薬と比較した研究で腫瘍や心血管疾患(心筋梗塞や深部静脈血栓症など)のリスクがわずかに高まる可能性がある、などかな」
研修医「腫瘍や心血管疾患の話、昨年末に話題になっていましたね」
指導医「よく知っているね。このためだけにJAK阻害薬を『使わない』のはもったいない話だけれど、TNF阻害薬に優先させて使う必要もないかもしれないね。実際、TNF阻害薬を使用中の関節リウマチ患者が新型コロナウイルス感染症に罹患しても、重症化する危険性は高くなく、むしろ少し低くなるのではないかと報告されていたりもして、全体的にTNF阻害薬を見直す動きがあるんだ」
研修医「息の長い薬ですね」
指導医「今年、新しい抗体技術(ナノボディ)を使った、6剤目のTNF阻害薬も発売予定なんだ(オゾラリズマブ:ナノゾラ®)
研修医「もっと膠原病・リウマチの勉強がしたくなったような気がします!」
指導医「簡単なレクチャーで終わるつもりが、ちょっと長話になり過ぎちゃったね。では今日はここまで、また来週!」

(終)


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