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ジベレリン爪徴候

以下は某学会ニュースレターに掲載されたエッセイです。
働き方かいあく改革に伴い、2024年3月で甲府共立診療所での外来を離れることになったことを契機にnote転載しました。


ご縁があって、東日本のあちこちに「リウマチ外来」をお届けする生活を送っている。

千葉県市原市から山梨県甲府市に月1回お伺いするようになったのは2015年の春から。甲府共立診療所で初期研修された先生が帝京大学ちば総合医療センターのリウマチ科で1年間の研鑽を積まれ、その「研修発表会」を甲府共立病院で行ったのが「ご縁」となり、月1回「スーパーあずさ」車中で揺られることになった。

福島県いわき市で月2-3回の専門外来を開始したのは2016年の春から。これも当時いわき市で歯科医師として勤務していた妹の「ご縁」で、「特急ときわ」の小旅行を味わっている。

リウマチ性疾患・膠原病の専門外来は首都圏を一歩離れると稀少である。関節リウマチについては地域の先生方のご努力が診療成果に結びついているシーンを目撃するものの、診断困難な慢性関節炎・膠原病については(率直に言って)地域格差を実感することも多い。全身性疼痛のため寝たきりのようになっていた乾癬性関節炎の若者や、何年も診断されていなかった家族性地中海熱の女性などを診ると、リウマチ科医はもっと遍く日本中に存在すべきである、との思いを強くする。
せめて何らかの「底上げ」になればと思い、甲府共立病院では外来終了後に研修医を対象とした症例検討会・レクチャーを行っている。ただし、当科へのリクルートを兼ねていることは言うまでもない。

筋骨格・軟部組織疾患の診療においては、症状の現れかたに土地柄、ひいては患者さんの生活を実感させられる機会が数多くある。甲府でリウマチ性多発筋痛症と診断したブドウ農家の患者さんが、治療開始翌月に「紫色に染まった爪」を見せて下さった。私の外来で診断に至るまで約9ヶ月が経過していたが、ステロイド開始後に速やかな改善で両腕の挙上が可能となり、「ブドウのジベレリン処理」に熱中した結果の爪の着色であった。貴重な臨床徴候として爪の写真を撮影させて頂いたが、未だ報告の機会に恵まれていない。

リウマチ性多発筋痛症に併存する悪性腫瘍のスクリーニングとして腹部超音波検査を施行すると、日本住血吸虫の虫卵・肝線維化を反映した、肝臓の「網目状(亀甲状)の線状高エコー」が認められることがしばしばあるのも土地柄といえるだろう。

いわき市では、近隣に炭鉱があるため、教科書的なCaplan症候群を診療することがある。


月数回の「リウマチ外来デリバリー」は、時として危なく感じられることもある。普段の診療より「治療安全域」を狭く見積もり、「保守的」な処方になりがちである。心配な患者さんには自分の連絡先・メールアドレスをお伝えしている。

遠方からご通院中であった、ある関節リウマチ患者さんは、アバタセプト導入によって改善したものの、治療目標には達せず、更には雪の時期になると交通手段が無くなることが予想された。なんとか近隣の医療機関を、とインターネットで検索したところ、某・大家の先生が週1回「リウマチ外来デリバリー」しておられる事を発見した。中途半端な治療状態でのご紹介は非常に気が引けたが、患者さんとご相談し、ご高診をお願いした。

後日、都内の研究会でお会いした時、「あの患者さん、トシリズマブで寛解したよ」と満面の笑みでご報告下さった。恐縮するとともに、「外来デリバリー」を秘かな愉しみとしているリウマチ科医は潜在的に結構いらっしゃるのではないかと思った次第である。

いただいたサポートで麦茶とか飲みます。