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木城弦太郎は二度死ぬ 第1章

「死後の世界が存在することが証明されたのです!」

 お昼ののどかなワイドショータイム。
 緊急会見で白衣姿の初老の男がそう宣言したらしい。

「どう証明されたか、幽霊にそう聞いたからです。どうやって聞いたか、それはこの装置のおかげです」

 薄汚れた白衣の胸ポケットから取り出されたのは、馴染みの有りすぎる機械。
 薄いメタリックな板にレンズ、どう見てもスマホである。
 春先だから狂った老人も出てくるのかな、ネットで雑コラが出回りそうだな、と皆めいめいに思ったに違いなかった。
 会見の場でもおおよそしらけた雰囲気だが、構わずマシンガンのようにアピールを続ける初老の男。

「お盆、ありますよね。先祖の霊が帰ってくるっていう」
「霊の帰る日は地域によって違いがありますが、私たちは外国のハロウィンの日にこれを実験し成功を収めました」
「ARってあるでしょう、拡張現実でスマートフォンから見える風景に別の何かを足す技術」

「この映像をご覧ください。スマホの画面に霊が見えますでしょう」

「彼ら幽霊の話す言語も翻訳され映画の字幕のように──」
「専用のスマホを使えばどなたでも手軽に──」
「早くも今年の盆前には皆様にこの素晴らし技術をお裾分けできると──」

 要するに「幽霊と話せるスマホ発売するよ」、と。
 馬鹿馬鹿しい霊感商法だ、こいつ詐欺罪で逮捕しろよと世間は大荒れ。
 しかしながら、そんな怪しさ満点の霊感スマホにすがってでも亡くなった大切な人に会いたい人間はごまんと居る。
 盆前の予定通りの日に発売されたそのスマホは特に日本で在庫切れになるほど爆売れし、いよいよ迎えた2016年8月13日の盆。
 そんなこととは露知らず、俺達は地上界へ帰省した。

            §§§

「弦太郎(げんたろう)や、土産は持ったかの?」

 俺の名を呼ぶ祖父、木城天涯(きじょうてんがい)に呆れて言葉を返す。

「土産も何も、死んだ俺達が生きてる人間に手渡せる物なんて何も無いだろ」
「物寂しいのう。婆さん達はワシらにお供え物をしてくれるというのに」
「婆ちゃんはとっくの昔に亡くなって、何かに転生しただろ」

 相変わらずのやりとりをかわしながら、見渡す限りの雲の海へ沈んでいく俺達。
 いけてる青年(と俺は思ってる)と、はげ上がった額に染みの出来た爺さん。
 お互いに空の向こうが見えるぐらい半透明に透けている。
 こんな不思議な取り合わせでスカイダイビングを経験するとは夢にも思わなかったな。
 もしこれが生身の体で風の影響を受けていれば縮み上がっていたかもしれない。
 編に感慨を覚えつつ不自由な視界を抜けると、そこは航空写真を現実にしたような、ジオラマのような世界だった。
 橙がかったスカイブルーの空間を、綿毛の付いたタンポポの種子のように前斜めにふわりふわりと降りていくと、また爺ちゃんが話しかけてくる。

「家、どの辺じゃ。ここで合ってるのか」
「そっか、天涯爺ちゃんは去年死んだばかりだったな。降りる場所は合ってるよ、さっき生前近所だった八百屋のおじちゃんにも聞いたろ」

 30メートルぐらい離れたところに、同じく地上に降りていく八百屋のおじちゃん。
 そのほかにもぽつぽつと空を漂う幽霊達。
 門をくぐる時間差はあれ、お盆だから天国も帰省ラッシュだわな。

「俺達はほら、あのゼクシスマートの看板の向こうにある……」

 都会の郊外の、ひっそりとたたずむ一戸建てを指さす。
 赤い屋根のその家は丘の上にぽつんと立っているが、しかし道路は舗装されておりバス停も近いので交通の便は悪くない。
 地上に近づくにつれ、俺達は生活感の渦に飲まれていく。
 それは高層ビルの窓を磨く業者だったり、高架を駆け抜ける車のテールランプだったり。
 静かな天国とは大違いな騒がしさが、今は耳に目に嬉しい。
 太陽が西に隠れ始める頃、家の側に立つ青々と茂る大樹が見えてきた。
 遠く見渡せば見慣れないマンションや改築された小学校の校舎が見えるけど。

 実家のすぐ周りは去年と、いや俺が死ぬ直前と何ら変わりない。

 家の中の家族も、いろはも去年のままだろうか。

 天国からの降下も慣れたもので、二度目ともなると羽根のように地面に着地できた。
 天涯爺ちゃんはというと──実家の庭に腰まで埋まっている。

「助けてくれー」
「いやいや、幽霊なんだし当たり判定無いから浮けばいいだけの話だろ爺ちゃん」
「おーいおいおい。婆さんや、孫が冷たいんじゃああぁ」
「あーもう、引っ張るから手のばして」

 そんなやりとりをしながらも実家の土を踏み。
 俺と爺ちゃんは歩いて玄関口に回り込む。
 幽霊なのだから適当に壁をすり抜ければいいのでは、と思うだろうが年に一度の機会。
 天国で面倒な手続きを経てようやく得られた権利なのだ。
 木城弦太郎、享年16歳。
 木城天涯、享年78歳。
 生前のように元気に「ただいま」といって帰宅したいじゃないか。

「うむ。焦らずともいつでも覗けるしのう」

 うるさい黙れ爺ちゃん。
 すり抜けるけどドアノブに手をかけ、ようとした。
 空きっぱなしになってる。

 不用心な。泥棒に入られたらどうするんだ。

 その呆れは玄関前植木鉢の側にある固まりを見て霧散する。
 ワラ──ではなくオガラというんだけ──が、煙を吐き出しながら燃え尽きようとしている。
 迎え火だ。
 これは俺達霊を迎え入れるための伝統行事で、ここに誰もいないのは多分消火用のバケツを忘れて取りに戻ってるってとこだろう。
 庭先の方からざっ、と足を止める音。
 緑の運動靴に染み一つ無い綺麗な足。
 やや小さめの背丈。
 ユニムラで買った安い短パンにシャツ。
 おさげを縁日のアクセサリーで留めたその少女は、去年より少しだけ大人びた、けれど幼さの残る顔で満杯のバケツを握り立っていた。

「ただいま、いろは」

 俺は生前そうしてたように軽く手を挙げ、木城いろはという妹に挨拶した。

「ワシも帰ったぞ、いろはちゃん。元気しとったか」

 まるで爺ちゃんの挨拶がスイッチだったかのように、いろはは目を見開いてバケツを地面に落とした。
 それを拾おうともせず短パンのポケットをまさぐって、板状の何かを取り出す。
 スマホだ。
 顔の前に構え、写メを撮るような格好で固まっている。
 ああ、これは多分。

「迎え火なんか撮ってどうするんだ、いろは。せっかくお兄ちゃんが帰ってきたのに」
「本当に……見えた」
「って見えんわな幽霊だし。って、ええ!?」
「会いたかった」
「えっ、後ろ誰か居るの?」

 いろはの視線(といってもスマホで隠れてるが)の先を探す。
 振り向くが、孫娘を久々に見られてほっこりしている天涯爺ちゃんしか見えない。

「……っく、……えぐっ…………」

 再びいろはの方に向き直る。
 スマホが邪魔だが、目の下に涙を溜めているのが見える。

「おおどうした妹よ。お前が悲しいとお兄ちゃんも悲しい」
「……ひっく、悲しいんじゃない、嬉しいんだよっ」

 あれ?

「会話が成立しとる」

 後ろで爺ちゃんがとぼけたことをつぶやく。
 しかしこれは、偶然にしてはあまりにもタイミングが合いすぎて、

「あいたかったよ、おにいちゃぁぁぁん!!」

 驚くや否や、最愛の妹が俺の胸へ飛び込んできた。
 というかめり込んでる! いろはの腕とか胸とかが俺にチョイめり込んでる!

「よかった、信じてみてよかった!」
「えー。あー、うん。何を?」
「いろははずっとずっと、おにいちゃんに会いたかったんだよっ!」
「そうかー、お兄ちゃんもいろはに会いたかったぞ。で、これどういう状況?」

 聞いてみるが、絡めていた腕をすっとほどいてスマホの画面を凝視するいろは。
 今それ必要? お兄ちゃん軽くショック!
 で、どういうわけかまたスマホ越しにこちらを見つめる。

「状況なんてあとでいいよ! お兄ちゃんはお兄ちゃんで、色々あったけど今でも大好きなお兄ちゃんだもん」
「そうかー、お兄ちゃん冥利に尽きるよー」
「たとえお兄ちゃんが、」

 悶え転びそうなのを抑え、それでもデレデレしているところに少しの間。
 区切られた言葉の後に続く言葉に、俺は驚愕することになる。

「たとえお兄ちゃんがパソコンに妹モノのえっちな動画とか写真とか溢れるほどため込んでる変態さんでも、いろはの大事なお兄ちゃんだm」
「おぉあああああああっっぅあああああああqあwせdrftgyふじこlp」

 何が起こったのか未だ状況を飲み込めていないが、これだけは言える。











 木城弦太郎は、この日二度目の死を迎えた。

(つづく)