#1

 便器の中に顔を突っ込む度に波の音が聞こえた気がした。その音が聴きたくて僕は嘔吐していたのかもしれない。目を瞑ると何もかもが平坦に成り果て、頭の中をぐわんぐわんと意思が巡る。そのあとまぶたの奥に海が見えて、それはしかも夜の海で、漣が僕の体を連れ去ろうとしていた。

 ここのトイレはほとんど誰も使っていない。この高校の中で1番端の、1番面倒くさい位置にあるトイレだから。昼飯を食べたら決まって僕はここへ嘔吐しにくる。体の中に何も入れたく無い、全てを平坦にするために。その頃からだんだん眠れなくなっていたし、朝起きたら胃の中が気持ち悪くて、登校中は常に吐き気がしていた。身体が本格的に悲鳴を上げているのを僕は気づいていた。けれど僕は自分の身体がそのレールを進み始めていることを喜んでいたし、出来るだけその進行方向を守ろうとしていた。

 頭の中を壊すくらい爆音で流れていたのはcabsやNovembers、radiohead。放課後すぐにイヤホンを耳に差し込んで、音楽が鳴り出すと、トレインスポッティングで見たハイになるレントンの姿を自分に映した。白目を向いて、天を仰ぐ。この目の前の道路を走っている車全てが僕の方へ突っ込んで凝ればいいのに。いつも通るこの綺麗な川の上を架かる橋の下から飛び降りることができたらなんて美しんだろう。いつも同じことばかり考えていた。

その女性が僕に教えてくれたことはあらゆる音楽と映画と書籍、そしてアルコールとセックス。その女性に、というよりはその女性が教えてくれる新しい知識とその美しさに引き込まれて、いつしか僕は何もかも、その女性の言う通りにしていた。

けれどやっぱり僕の心は少しずつ腐っていって、やがて気づいたらどうしようもないところまで訪れていた。戻ることも進むことも許されないなら、いっそのこと、。

その女性に別れを告げたところから僕の物語はスタートした。そしてそこからのプロットには必ず海があって、場所は違えど波とその匂いが登場人物の1人として存在していた。僕がそれに気づいたのはずっと後のことだったけれど。
ーーーーーーーーーーー

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?