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堕ちる空、回転する窓、消える花

海にまつわる神は予言の能力を持つという。

それから僕は9年生きた。9年だ、生まれた子供が小学3年生になる年月。とんでもなく時間は経過していた。その間、様々なものが僕の周りと中から離れ、気づけばくだらないものだけが残っていた。

それでも希望を持っている。
僕は愛しているのだ、あの景色を。そしてきっとその景色から愛されているのだ。気まぐれなその天気を、夏の風に揺られるその茶色の髪を。

久しぶり訪れたその街は、かつて見たそれとは違って見えたような気がした。工事中の場所があったり、新しい建物があったから、というわけじゃなくて、目で見た景色が脳に辿り着くときに生まれる信号とか、反応のようなものがあの頃とは変わったような気がした。


離れた街は僕から離れない

と僕は歌った。
けれど訪れてみて気づいたのは、離れられなかったのは僕の方で、きっと、この街はずっと前に僕から離れていたし、ちゃんと時間も動いていた。悲しんでいたのは僕だけで、誰も僕のために涙を流していなかった。
自分が作ってきた曲や歌詞に、すこしだけ嫌気がさした。
なんだったんだろうなって。
いや、でも、その詞を作った時もすでに僕は気づいていた。
ただ人のせいにしたかっただけだったんだと思う。
離れられないのは自分ではなく、その街なんだって。

やるべき仕事を終えた僕は電車に乗った。
どうしても向かわなくてはいけない場所があった。

線路沿いを歩いているうちに、どんどん雨雲が立ち込め始めて、9年前の夏を思い出した。ちょうどこんな天気だった、あの曲の空はこんな色だった。
よくもまあ忘れずに、大切にとっておいておけたものだ。

物語に巻き込まれた、罪のない登場人物へ
「随分と待たせてしまったね、ごめんね」



砂浜についたころ、すでに雨が降り始めていた。
ここへ来るのは3度目だったが一人きりで来たのは初めてだった。
ここを求めていた、ずっとずっと。
かつてはここが自分の死に場所なのではないかとさえ思いこんでいた。
雨が強くなってきた。
もう少しだけ吸えるたばこの火を消した。
物語はもう動かない、僕がこの場所で死ぬまでは。けれどそんなことにもう何の意味もない。
僕が妄想していた王国はとっくに崩壊していた。民のいない国で王は大きな声でずっと叫んでいた。何もかも気づきたくなかっただけだったんだ。

終わったんだと思う、何もかも。
もう苦しくなることはないし、苦しませることもないし、ありもしない妄想をすることもないし、殺す必要もないし、殺される必要もないし、呪う必要もないし、歌にする必要もない。


必ずこの街を訪れると思った通りになる。

ベッドの上で僕は思い出話をした。


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