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raraだって聞かれたなら答えられない(番外編)

わたしの 実父には 五人の兄弟姉妹がいた
両親が離婚して 父が姉とわたしの親権を持ち
三人暮らしになった街に その内ふたりの兄夫婦がいた

離婚後すぐに 国鉄職員を辞め その街を後にした儘
生涯を「旅びと」で生きた 父
当然にと言うか ふたりの伯父さん夫婦宅に 身を寄せた 姉とわたし
(因みに 母が親権を持った妹は離婚と同時に
94歳まで生きた祖母が勝手に養子縁組を決め 母は
その後 父と同じ様に旅びととして47歳まで生きた)

その伯父さん夫婦には どちらにも子どもがいなかった
長兄夫婦の伯父は 北海道でもそこそこの土建会社の役員で 伯母は旅館と飲み屋をやっていた

父出奔後は 先ず 長兄夫婦の家で暮らした
伯父は 殆ど家にはいなかった
会社が 自宅から離れているし 公共事業を受けている
関係で 冬場を除くと ほぼ会社の在る街に住んでいた
そして 次兄夫婦は ふたりして やはり同じ会社で
現場の長として 道央の各現場で寝泊まりしていたから
雪が降らない時期は 四人中三人は 街にいなかった

この街で 中学卒業まで過ごした約10年は
わたしの胸奥深くに「独断と偏見」を刻み付けた
それが 時折書く「子育てより優先することはない」
そのことだ・・・

いろいろあったな
・給食費を滞納続けて担任の先生にお世話になったこと
・写生会で クレヨン3本買って箱を作り持参したこと
・飲み屋の伯母に酔って夜中に布団から引き出され
「なんでお前たちの面倒をみなければならない!」
 言われ続けて 泣いたこと
・教科書は毎年知り合いのお姉ちゃんから書き込みだらけのお下がりを貰いに行っていたこと

それもこれも 経ての「趣味は子育て」のじぶんが在る

シングルマザーさんは よく頑張っている!
3姉妹ちゃんたちも 泣き言を言わず共に頑張っている

或る時 ママの仲良しなおとなから 末っ子ちゃんが
着ていたか 履いていたか を 誰に買って貰ったの?
聞かれて「ママの新しいおとこのお友達に!」と
答え 「えー?」質問したひとに驚かれたとか

それは raraだって きっと同じで
わたしが 届けた何かを 「誰に買って貰ったの?」
聞かれたなら まさか 末っ子ちゃんの様には言わない
だろうけれど 困るのかなぁー

シングルマザーさん一家にとって
わたしは あくまでも 何の資格も持ち合わせない
他人として・・・ひと知れず それが現実

片親で三人の子を育てる
そりゃあ 容易ではない
それを承知の上で 生き方を選んだとしても 
たくさんの試練にぶつかりながらの 毎日だろう
手助けは 誰でも構わない!そんなことを
本気で想うことも 有るだろうけれど
それが 誰でも良いわけじゃないことは
後々になって 気がつくものだ

わたしなら 一つ一つ一回一回
みんな忘れて 良いのだからね
近くで顔を合わせることもないし 周りからも
知られない 

何しろ ママの新しいおとこのお友達?だけのこと



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