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『Passport & Garcon』を、もう少し味わえるかもしれない何か

どうも、RAq(@raq_reezy)です。

Moment Joonさん『Passport & Garcon』を聴きました。

「日本語ラップ史上、こんなにコンシャスでリアルなヒップホップはない!」みたいなことだけ言って終わりにすることもできるんだけど、
もう少し詳しく書いた方が良い気がしたので、自分なりに各曲で気づいたことや感想を書いてみます。

Moment Joonさんのアルバムについて書くというのは、正直、ちょっと怖いところもあります。なぜなら、彼の音楽は、聴く側がテストされているようなところもあるから。余計なことを書いて無知を露呈してしまうかもしれない。

ヒップホップシーンを黙らす傑作を生み出す
それでも分からなかったら、そりゃリスナーの方がカス

(Moment Joon - "KIX / Limo")

けど、もしも僕が間違ったことを何か書いても、たぶん誰か訂正してくれると思うし(インターネットの良いところ)、それによって他の人も理解が深まるかもしれない。それに、そもそも全く前提知識がない人には、少しは作品理解に役立つのではないかと。

ということで、これは書いた方が良いのかなと思い、書くことにしました。

* 以下、アーティストについて書くときは、敬称をつけないものだと思うので、敬略で「Moment Joon」と書きます。

* また、このアルバムにはMoment Joonの恋人「ナターシャ」さんと、A&R・マネージャー的な「シバさん」が登場します。以降、それぞれ歌詞に出てくるままで「ナターシャ」、「シバさん」と書きます。



アルバムのテーマ

このアルバムのテーマは、乱暴にまとめてしまえば「"移民"として日本で成功を目指すMoment Joonの苦労を描いた作品」です。

「え?日本に移民制度ってないでしょ?」

そう思われるかもしれません。

確かに、日本では「移民を受け入れるべきか」みたいなテーマが議論されたりしているわけで、整理上は「外国人労働者」は「移民ではない」ことになっています。

しかし、日本に住んでいる日本人の中には、Moment Joonのように「日本にずっと住みたい」と思ってくれている人たち("移民")が、たくさんいるものと想像されます。

僕は“外国人”ラッパーではなくて“移民者”ラッパーMomentと呼ばれるようになりたい。僕みたいな外国人の中には外の人として扱われていて、自分は日本社会の一員ではない、と感じている人もいると思います。だからこそ“移民者”として認められて日本の中で生きていきたい。

韓国からの“移民者”ラッパーMoment Joon──「僕に言いたいことがある人は直接会いに来てほしい」

ちなみに日本にいる「外国人労働者」は、2018年の時点で約146万人を超えています。

ということで、このアルバムはそういった"移民"の声をREPするものになっています。おそらく、Moment Joonが「ImmiGang」と呼んでいるのは、そういった"移民"のことかなと思います。

さて、テーマについて説明したところで、話をアルバムに戻しましょう。


1曲目 「KIX / Limo」

まずは、1曲目の「KIX / Limo」。

Moment Joonが一度、ビザが更新できずに日本から強制退去となった後に、日本に"帰国"するシーンから始まります。

曲名の「KIX」関西国際空港(Kansai International Airport)「Limo」は関空から大阪市内へのリムジンバスでしょう。

ちなみに、アルバムに先立ってリリースされている『Immigration EP』には、Moment Joonがビザが更新できずに日本を去る際の、恋人のナターシャの視点から歌われた「Natasha’s Song」が収録されています。

無事にビザを取得して再度日本に帰ってこられるか分からないMoment Joonを空港まで送る、切ない歌です。

空港までの送り道
行かなきゃいけないの?
一人の帰り道
空を見てバイバイを

遠くには行かないで
また戻ってきて
電話わすれないで
手紙も書いて

(Moment Joon - "Natasha's Song")

さて、1曲目の「KIX / Limo」から、”移民”であるMoment Joonにとっては、日本生まれの日本人なら当たり前に享受している日常生活すら「確かなもの」ではないことがヒシヒシと伝わってきます。

無事に入国できなければ、そもそも再び日本で恋人と暮らすことも出来ない。そんな不安を表現する重苦しいトラックでアルバムが始まります。

もし通れなかったら、(空港で俺を)待たないで(家に)帰って Baby
通れなかったら、入れなかったら
もし君の側にいられなくなってしまったら

(Moment Joon - "KIX / Limo")

結果、Moment Joonは無事に日本に再入国できたわけですが、自身を「移民」であると自覚しているMoment Joonが「外国人」として扱われる一幕も早速描かれています。

オフィサー「次の方どうぞ。」
Moment Joon「よろしくお願いします。」
オフィサー「半年前に出国しましたよね。どうしたんですか。」
Moment Joon「あの、ビザの更新の不許可で、一旦出国しました。」
オフィサー「それは出国じゃなくて、(韓国への)帰国ですね。」

(Moment Joon - "KIX / Limo")

パスポートをチェックされている間の心臓がバクバクしている様子から、無事に入国できた瞬間の晴れ晴れとした気持ちまで、トラックの移り変わりで見事に描かれています。

「おかえり」とMoment Joonを空港で出迎えるナターシャ。

この「おかえり」は、アルバム中で二回出てきます。一回目は、物理的にMoment Joonが日本に戻ってきた、この1曲目です。

さて、無事に入国できて、気が晴れたのも一瞬。リムジンバスに乗り込むと、すぐに日本での現実が想起されます。再びダークなトラックに切り替わり、日本で暮らす上での困難が次々と吐き出されます。

授業料は53万、それで維持する阪大の看板
幸い家賃は2万、でも言ったでしょ?
「生存以上、生活未満」
「あのクソチョ*」と言われちゃった前のFuckingバイト

(Moment Joon - "KIX / Limo")

「生存以上、生活未満」の毎日に、犯罪行為が脳裏をよぎることもあったけれど、警察もMoment Joonの住所を知っており、もしも犯罪行為に手を染めたら日本から追い出されかねない

普通の日本人であれば、ちょっとした犯罪で国を追い出されることはありませんが、Moment Joonの場合は前提が違います。

一回でも悪いこと考えたことないと言ったら、それは嘘
でも警察は知ってるよ、俺のグリーンハウスの住所

(Moment Joon - "KIX / Limo")

Moment Joonにとっては、日本で暮らせることが、とにかく大切です。

アルバムを通じて「日本の永住権が欲しい」という願望がバシバシと歌われています。

こうした困難の一方で、徐々に活動の成果が出て、周りのラッパーの3倍のギャラが受け取れるようになった様子も描かれ、光も垣間見えています。

でも飢える覚悟をしたらファンたちが増える
依頼パンパン、シバさんのメール
文章からプンプン、お金のスメル
普通に周りのラッパーのギャラの三倍

(Moment Joon - "KIX / Limo")

ということで、一曲目から超リアルな内容となっています。

また、単にリアルなだけでなく、アメリカのヒップホップ好きへのサービスも忘れません。

「誰かにとっては、この音楽はただのエンターテイメント、でも誰かにとってはそれ以上って信じてますよ Amen」と12曲目の「TENOHIRA」で歌われてますが、つまりこのアルバムは「エンターテイメント」としてもかなりレベルが高いということ。

「K Dot」(ケンドリック・ラマー)「Backseat Freestyle」のリリックを参照して、「天守閣より大きいちんちん」と遊んで見せたり。

I pray my dick get big as the Eiffel Tower
so I can fuck the world for 72hours

意訳:
俺のちんちんがエッフェル塔みたいにデカくなるように祈っている
そうすれば世界を72時間ファックできるから

(Kendrick Lamar - "Backseat Freestyle")

K-Dotになった気分でリリックを書く
天守閣より大きいちんちん
俺は勝ち取る、日本のEverything thing
リムジンバスから真白なリムジン
クソチョ*から永住権とった外人

(Moment Joon - "KIX / Limo")

ちなみに、どうでも良いですが、エッフェル塔の高さは300メートル、大阪城天守閣の高さは58メートルのようです。ケンドリックのちんちん大きすぎ事案。(すみません)


2曲目 「KACHITORU」

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