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2023年8月5日 池袋Hall Mixa 「サイダーのように言葉が湧き上がる」トークショーメモ(登壇者:イシグロキョウヘイ監督)

2023年8月5日 池袋Hall Mixa「サイダーのように言葉が湧き上がる」上映イベントでのイシグロキョウヘイ監督によるトークの内容を、手書きしたメモから起こしました。
※作品のネタバレありです。また、聞き間違いなどがあるかと思いますがなにとぞご容赦下さい。

はじめに

司会:「サイダーのように言葉が湧き上がる」(以下、「サイコト」)は2021年7月の公開から2年経ちました。監督は本作で初めて劇場作品の監督をされ、脚本・演出も担当されましたが、2年経った今の率直なお気持ちはいかがですか。
監督:まだフラットには観られないですね。観てしまうと、直したくなりますから(笑)。
「サイコト」公開時、劇場には練馬のイオン(注:イオンシネマ板橋?)に1回だけ観に行きました。今更こういう事を言うのはどうかとも思いますが、作り手には分かる色々な取りこぼしがあって…お客さんに気づかれたらどうしよう、と思いながら観ていました。
司会:2021年11月からはNetflixでも配信されましたが、配信ではご覧になりましたか。
監督:通しでは観ていませんが、部分的には観ましたよ。

「サイコトちゃんねる」について

司会:「サイコト」は当初2020年5月に公開予定でしたが、コロナの影響で2021年6月公開→2021年7月公開と、2回の延期となりました。その期間を埋める形で、2020年11月から、YouTubeで監督自らが作品について語る「サイコトちゃんねる」が始まりました。
作品内容のことはほぼこちらのYouTubeチャンネルで監督自身が語られているので、ご存知でなかった方はぜひ皆さんYouTubeを観てくださいね、という誘導をしつつ…今日は監督にはチャンネル開設の経緯などについてお話頂ければと考えています。
作品の公開前に、監督自身が作品についてこれだけYouTubeで語るというのは異例なことだと思いますが、まず、この「サイコトちゃんねる」については、配給サイドからのオファーがあったのでしょうか?
監督:いえ、延期までの期間で自分で何かできることがないかと思って、自分から「やらせてほしい」とお話ししました。
元々、本作は2020年5月公開の前提で、様々な要素を準備していました。
例えば、お客さんが直近で体験した8月と、劇中の8月をシンクロさせるために、だるま祭りの8月17日を土曜日にしたり。(注:2019年8月17日は土曜日で、作中のカレンダーの曜日と合致)
また、ロングランされたら、だんだん劇中の7月〜8月に近づいていって、季節が近づくからまた観たくなる…みたいな効果を狙うために5月公開としていたんです。
それが公開時期が2021年の7月にずれ込んでしまい、色々と準備してきたことが空振ってしまう、どうしよう…と思っていました。プロモーションの予算は既に使ってしまい、1年も間があくとお客さんに忘れられてしまう…。
そのような状況の中で、自分にできることとして始めたのが「サイコトちゃんねる」という訳です。「サイコトちゃんねる」を更新し続けることで、なんとか公開までお客さんの興味を引き続けられたら、と。
「サイコトちゃんねる」については、2020年11月からの9ヶ月で約30本の動画を公開しました。基本的に自宅で撮影しています。編集も撮影も台本も全部自分でやりました。
YouTubeでこういう動画を観る人というのは、情報を欲している割と深めの人が多いと思って、内容的にはそういう人向けのディープなものを目指しました。

コロナ禍と「サイコト」

司会:お話頂いた通り、「サイコト」は作品の公開時期において、コロナ禍の影響を大きく受けた作品だと思いますが、ヒロインのビジュアルについてもお話頂ければと思います。
「サイコト」で目を引くポイントとして、「ヒロインがマスクをしている」というのがあると思いますが、まさか、コロナ禍でみんながマスクをする世界になるとは思いませんでしたよね。
監督:ホントにまさかという感じで、もちろん制作中には想定もしていませんでした。2020年にフィルムが完成して、試写会をして、私自身はその頃は練馬から札幌に移住して別のお仕事をしていたんですが、まさかパンデミックになるとは考えてもいなかったんですよね。
(注:札幌のお仕事の話→ https://gendai.media/articles/-/88369?page=1&imp=0
緊急事態宣言が出て、「サイコト」も公開が延期になって、みんながマスクをする世の中になって。でも作品の中ではスマイルだけがマスクをしているわけで、マスクをしている理由もコンプレックスを隠しているためで。現実とはやっぱり別ですね。
「サイコト」の公開延期で、プロモーションも済ませてしまったので、「サイコトちゃんねる」を始めていた訳ですが、他にできることは?ということで、関係者向けに試写用のDVDをたくさん配ったりしていました。

キャスティング・アフレコについて

司会:キャスティングやアフレコについてもお話頂ければと思います。
アフレコは、いつ頃、何日間行われたのでしょうか。
監督:アフレコは2019年に行いました。練習で1日と、本番で2日の計3日だったと思います。(本番の1日目は主演の2人が出る日、2日目は全員が出る日)絵はほとんど出来ている状態での収録でした。
司会:チェリー役の市川染五郎さんは、配給(松竹)からの推薦があったのでしょうか?
監督:いえ、私が見つけてきました。これは声を大にして言わせてください(笑)。染五郎くんが出演していた歌舞伎をたまたま観劇して、声を聞いて「チェリーがいたー!」って思い、プロデューサーにすぐ連絡し、彼へのキャスティングが実現したんです。
アフレコ当時、染五郎くんは14歳でしたが、チェリーは17歳。染五郎くんの声変わりが終わる直前の声で収録できたのが良かったです。
司会:杉咲花さんはいかがでしょうか。
監督:スマイル役の杉咲花さんは「声優です!」って思いました。スマイルのイメージにもピッタリでしたし、本業が女優さんなのに、身体を使わない声だけの表現でも素晴らしかった。杉咲さんには技術的なディレクションは全くしなかったはずです。
司会:主演のお二人以外ですと、フジヤマ役の山寺宏一さんが印象に残っています。山寺さんのキャスティングは音響監督(明田川 仁さん)と相談されたのでしょうか。
監督:いえ、山寺さんも私に任せてもらいました。フジヤマなどのキャラクターのイメージが出来たのが2017年頃で、メガネなので山寺さんにやってもらおうと。猫のトムも山寺さんなんですけど(笑)。
私はおはスタ世代なので、山寺さんは面白い人というイメージでしたが、アフレコでは山寺さんはピリッとしていて、流石プロだな…という印象でしたね。
司会:ビーバー役の潘めぐみさんはいかがでしたか。
監督:潘さんはとにかく上手かった!潘さんは少年の役も少女の役も同じくらい上手く演じられるんですよ。皆さん「パウ・パトロール」って知ってますか?子供向けの海外アニメで、私も子供が小さいので一緒に観ているのですが、ケントっていう少年の役を潘さんがやられていて、上手いなぁと。
司会:プロモーションは監督・市川染五郎さん・杉咲花さんの3人で回られていたのですよね。市川さん、杉咲さんとは、どんな話をされましたか?
監督:染五郎くんとは、「勉強やってるの?」とか…。「やってないですね…」って返ってきました(笑)。杉咲さんとは衣装の話とか、メイクの話とかですね。
染五郎くんは今でも年賀状を送ってくれるんですよ。彼は絵が上手くて、自分で絵を描いて送ってくれます。

観客の反応について/SNSとの向き合い方

司会:「サイコト」公開後、SNSなどで、鑑賞されたお客さんの反応を見たりはしていましたか。
監督:はい、当時はSNSをやっていたので、公開後は「サイダー」「サイコト」「湧き上がる」「沸き上がる」とかのキーワードでエゴサしてました(笑)。嬉しかったのは、モールの表現に言及してくれた人がいたことです。作中では架空のモールということになっていますが、高崎のイオンモールをモチーフにしています。
作品を褒めていただくことはもちろん嬉しいのですが、クリエイターとしては「ここがダメだった」というご意見の方が刺激になります。「そういう見方もあるのだな…」という発見がありますね。
予想通りではあったけども予想以上だったのが「ビーバーの素行に対する批判」の意見でした。タギングをして回ったり、ヒカルンのパネルやスケボーをくすねてモール内を駆け回ったり…普通に犯罪でしょ、という。
でも、作り手としては、分かっててやってるんですよね。ビーバーというキャラクターを考えた時に、こういう行動をする奴だと。彼は物語のクライマックスで「やまざくら かくしたその歯 ぼくもすき」を何の躊躇もなく看板にタギングして、チェリーに気づかせる、という役割を担っており、こういう事を普通にする奴だと説明するため序盤のビーバーの行動を描いているんですが…こんなに批判されるとは正直、予想以上でした。
でも、個人的には、こういった批判・批評のたぐいは、どんどんやってもらいたいと思っています。作り手は批評を恐れず自由に作品を作り、受け手の皆様も自由に批評する。それが健全な姿だと僕は思います。
ただ、SNSとの向き合い方はその時によって変わります。デジタルデトックスという表現が適切か分かりませんが、「サイコト」の後はすっぱりSNSを見るのをやめました。あえて情報を遮断すると、雑念が消えるというか、創作のモチベが上がってくるんです。
流れてくる情報をただ漠然と眺めるのではなく、自分から情報を積極的に取りに行ったり、時にはスパッと離れたりして、自分に合ったSNSとの付き合い方をしたいと思っています。
司会:「サイコト」の作中でも、SNSによる登場人物たちのコミュニケーションが印象的に描かれていますね。
監督:制作当時は、中学生や高校生に話を聞いて、SNSとの向き合い方というのを教えてもらったりしました。

そのほか

司会:本作は87分という上映時間ですが、90分を切るというのは意識されていたのでしょうか。
監督:そこは明確に意識していました。というのも、90分を超えると予算的に大きく変わってくるので。なぁなぁで作って「90分超えちゃいました」ということはできません。監督として、作品を黒字にすることは当然意識しますね。黒字か赤字かでは、参加したみんなの顔が違いますから。

司会:2021年は「シン・エヴァ」「竜とそばかすの姫」「漁港の肉子ちゃん」など、国産のアニメ映画が豊作な年でした。特に細田監督の「竜とそばかすの姫」や吉浦監督の「アイの歌声を聴かせて」など、ミュージカル要素のある作品が多い中、本作「サイダーのように言葉が沸き上がる」も音楽が重要な要素の作品でした。何か思われたことはありますか。
監督:同世代の吉浦さん(注:イシグロ監督と吉浦監督は誕生日が1日違い!)がJ.C.STAFFさんと作品を作られているというのは知っていました…が、制作中は向こうの作品の内容も分かりませんし、特に意識するということはなかったです。ただ「サイコト」が公開された後は、同時期に公開される作品とネタがかぶっていないか、とかは気にしていました。幸い「サイコト」は何かのネタかぶりだ、みたいに言われることはなかったですね。

司会:「サイコト」の後はどのように過ごされていたのでしょうか。
監督:2021年11月に「サイコト」のNetflixでの配信が決まって、その直前の10月には「ブライト:サムライソウル」も配信されていました。制作時期は被っていないものの、立て続けに作品が公開されて、いっぱい仕事しているように見えたのは個人的に良かったです(笑)。
「サイコト」を終えた直後は、「今後はオリジナルしか作らない!」というつもりで、原作モノの仕事を全部断って1年ほど充電期間を送っていましたが、行き詰まったりもして、ようやく今年(2023年)になって、少し方向転換したというか、やっぱり原作ものも受けてみよう…という気持ちになっています。まだ発表できない作品も多いですが、仕事を受けまくっていて、今は忙しくしています。皆さん、安心してください、イシグロは2029年くらいまで埋まっていますよ(笑)。
司会:監督は引く手あまたということで、今日お集まりのファンの皆さんも安心されたかと思います。
今、監督が携わられているお仕事に「サイコト」の経験が活きていることはありますか。
監督:あります。特に絵コンテです。絵コンテを書く力は「サイコト」でかなりつきました。これが今の仕事にも着実に活きていると感じています。

最後に

司会:最後に監督からファンの皆さんに一言お願いします。
監督:「サイコト」までは仕事漬けでもう10年以上突っ走ってきましたが、「サイコト」でオリジナル作品をしっかり1本作れたことと、その後しっかり休めたこともあり、私はいま仕事が楽しいです。新たなイシグロにご期待ください。
「サイコト」も暑い時期にまた観ていただけたらと思いますが、それ以外の時期にも、何度でも楽しんでください。またこういう再上映の機会を頂ければ登壇させて頂きたいと思います。今日はありがとうございました。
司会:監督、本日はありがとうございました。


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