もう、おされることはない。
人間、誰しも突発的な衝動に駆られる事があるだろう。
美味しいご飯を食べたい。
今日はゲームをしたい。
パーっと飲みたい。
同じようにして、俺を突発的な衝動が襲った。
髪を切ってパーマをかけたい。
先輩や後輩、友達に至るまで美容師さんの知り合いに恵まれている俺だが、今!まさに今!髪を切ってパーマをかけたい。
いくら知り合いに対しても、いや知り合いだからこそそんなわがままを言える事もなく、俺は家の周りの美容院を巡った。
店選びのポイントは単純明快。
「外観がオシャレかどうか」だ。
一件訪ねては「今日は予約でいっぱい」
次を訪ねては「今日は予約でいっぱい」
この二件の経験を経て、俺は学んだ。
三件目に足を踏み入れるや否やこの言葉を言い放った。
「明日って予約とれますか?」
店員『明日だと……9時からなら平気ですよ』
完璧である。
そう言う店員も今まさにカット中だった。俺は完璧に空気を読み、流れを掴んだ。
店員『このカードをお渡ししますので、明日お持ちになってください』
…ポイントカード?詳しく見る前に財布にしまう。
これを見ていたら今まさに髪を切ってパーマをかけたい衝動が暴れ出しそうだ。
だが、明日の9時までは待ってくれるだろう。俺はこの衝動を飼い慣らす事に成功し、床に就いた。
翌朝。
8:00のアラームで目覚め、一応念のためシャワーを浴びる。
準備は万端だ。軽やかな足取りで美容院に向かう。
朝9時にも関わらず、俺とはまた別の男性客と思しきおっちゃんが店の前に並んでいた。早い、早すぎる。開店5分前に到着した俺にそのおっちゃんはしたり顔をする。
男性店員『あ、先に中へどうぞ』
まだ看板も出ていない状態だが、気を遣ってくれたのだろう。入り口にある客待ち用の椅子にちょこんと座る。
女性店員(以下:女店)
『こちらへどうぞ〜』
早速、鏡の前へと移動する。早く切ってくれ、早くパーマをかけてくれ。そんな衝動を悟られないようにあえて低めのトーンで「はい」と返事をする。
女店『まずカルテをお渡ししますのでこちらご記入ください。』
カルテ………?中身を見るとどうやらアンケートのようなモノで、今日の内容やしたい髪型にまで踏み込んだモノだった。
名前と住所、この店を知ったきっかけ、ヘアースタイルはスタッフと相談 or 参考写真から等々、スムーズに記入した後、その下に最も書きたい項目があった。
今日のメニュー
俺はカットとパーマの2箇所に力強く丸を書き、店員に返した。
男店は先ほどのおっちゃんと談話をしながらカットの準備を始める。
カルテを見た女店は不思議そうな顔をし、昨日予約をとってくれた男性店員(以下:男店)と小声で話し始める。
なんだ。この雰囲気。俺の名字が珍しいとかそーゆーのはもう良い。早くしてくれ!と、思った矢先、女店が戻ってくる。
女店『すみません、昨日予約された際にカットのみと言うことでしたので、パーマは今日はちょっと………』
「あん??!」
と、口に出しそうになったがそれよりも頭がついて来ていない。ん?どうゆう意味だ?ひとまず落ち着いて質問に対応する。
「昨日予約した時点ではカットだけとかそのような話はしていないですし、聞かれてもいないですね。。」
女店は『なるほどぉ、、、』と言い俺と距離を置く。店内に無数に置かれた鏡で男店のバツの悪そうな顔を確認する。
あいつ、やったな。そう思った。
女店『少々お待ちください……』
そう言うと女店は店の奥に引っ込んでいった。
そのタイミングで男店が俺に近寄る。
『すみません、昨日接客中でバタバタしていまして、こちらの確認不足で申し訳ないのですが、今からだとパーマが出来ない状況でして………18時からだと対応できるのですが………。』
こいつ完全にやりやがった。
しかし、俺の衝動は今もう既に爆発寸前とは言え、その受け皿がある事が確実なら他にぶち撒ける事もない。
「あ、はい。18時で良いですよ」
と、あっけらかんと応えた。
男店と女店の作戦会議が始まる。
『すみません、本当に申し訳ありません。。。18時のパーマの前に、今少し前段階でカットだけしても良いでしょうか?』
なんとも時間に切迫しているのだろうと思い、それにも了承し、ひとまず前段階のカットとやらをする事になった。不穏である。
女店『では髪を濡らしますのでこちらへお願いします』
シンプルに髪を濡らし、また席へ戻った。朝シャワーを浴びてきたので特に気にならなかったが、シャンプーされないのは初めてだった。
ここでカットに入る前に、これまでどんな髪型にしてきたかや今日どのようにしたいか。の話を女店とする流れになった。
俺の要望はごくごくシンプルで、短くして緩めのパーマをかけてもらいたい。ただそれだけだ。夏本番を目前にこの毛量と直毛をどうにかしたかったのだ。
「ここは3mmでツーブロックで、この辺は緩めのこんな感じ(手で表現)でパーマかけてもらえれば良いんですけど」
女店『ここツーブロックですね、じゃあ先にバリカンいれますね』
その最中に話は昨日もらったポイントカードへ移る。
どうやらこのカードは「トライアルカード」なるモノで3回までお店側が決めた特典を都度選んで受けられるそう。
内容としては
・シャンプー無料
・お会計から10% Off
・トリートメントプレゼント
そうか、シャンプー別料金なのか。俺は今までなんて良心的なお店に通っていたんだ。と思いつつ冷静にパーマかけるしなぁと10%Offでお願いしますと言った。
バリカンをいれ、髪を少しすいてきたあたりで男店が『すみません、普段より時間かかってしまっても平気であれば今パーマかけれますけどいかがしましょう…?』
そりゃぁ今やってくれる方がスケジュールの観点からも良いに決まっている。
「はい、ぜひ!」とそこそこ大きな声量で言った。
すると、男店は『どんな感じにしましょうか?参考写真とかあれば!』
と言ってきた。
俺はカルテに「相談して決めたい」にマルをつけているし、女店には説明している。なんだか面倒くさい雰囲気を感じたが、「写真とかは無いので」ともう一度説明する事にした。
早速2人がかりでパーマを巻き始める。
その間俺はゆっくりニュースを見ていたが、時折開くインスタに出てくるえなこの写真がなかなか際どくて画面を見られていないかソワソワしていた。
男店『この辺は伸ばし途中なんですか?』
「そうですね、前回短くてかけられなかったんで、今ゆっくり伸ばしてます」
男店『なるほどですねーー。』
そして時間は経過し、無事に巻き終わりパーマ液をかけ、待つ。
待つ。
待つ。
待ちすぎじゃね??
待つ。
また別の液をかけて待つ。
やっと洗い流す事になった。
かなり待った。待ちすぎたのかもしれません。
ここでもシャンプーの登場はなく(美容師さん曰く、パーマかけた後はシャンプーはNGとの事。本当?) 頭にタオルを巻かれた状態で鏡の前に戻る。
いざ、Brandnewな俺とご対面だ。
タオルを外し、女店は『結構ちゃんとかかりましたね!』と意気揚々だ。
.
.
結果
なんか全然いけてないおじさんパーマになってました。
鏡に反射した自分を見て若干ひきつる。
知り合いの美容師さんにお願いする時は「カッコいいけど、ちょっと可愛い感じのパーマ(髪型)で!」とか言うのを今回言わなかったからか……?
いや、違う。そもそもさっき説明した感じとは全く違うのだ。えーーー、マジかよーーー。
男店『伸ばし途中って言ってたので、ちょっと強めにかけておきました!』
もうゲンナリである。
緩めって言っただろうが!!
パーマがかからなかった短い部分だけ調整してもらい、会計を済ませ(10%Off)店を出る。
家に帰り鏡を見る。前髪も若干パーマかかってない部分がある。はぁ、とため息をつき自分で調整した。
そこから3日が経ち、鏡で見るたびイケてない髪型を見るのがしんどくなってきたので、つい今しがたパーマがかかった髪の先をちょちょいとセルフで削ぎ落とした。勿体ない気もするが、仕方ない。ただ、夏本番を目前にした短さになったのであり寄りのありである。明日はちゃんと鏡見れそうだ。
美容院はしっかり選ばないとダメ。そう思う授業料だったと言う事にしよう。
もう、あのトライアルカードに2つめのスタンプが押される事はない。
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