▼『生のみ生のままで』

『生のみ生のままで』(綿矢りさ、2019)は女性同士の恋愛の話だ。一目惚れから結ばれるまで。恋の物語には障害が必要だが、この小説に置かれた最大のハードルは「同性愛に対する差別」ではなく「資本主義」であるのが興味深い。主人公の逢衣は2人の仲を引き裂こうとする人たちに「同性カップルが認知されてきているのに、こんなやり方で弾圧するのは古すぎませんか」と反抗する。以下の引用画像はそれに対する応答である。

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▼逢衣が恋する彩夏はモデルや俳優をこなす芸能人。芸能人という職業は「恋愛」を禁じる数少ない職業だ。資本主義は人を抑圧する面があるが、その手つきは「真綿のように」なのであって、個人の自由に対してあからさまな壁としては現れにくい。しかし、作者は同性カップルの片方を芸能人に設定することで、同性愛と資本主義が正面衝突する場面を作り出している。ガシャンと衝撃音を響かせるくらいに。

▼これは今思いついた比喩だけど、資本主義社会における「事故」は、物語の中で自損事故として描かれるのが常だ。自分で選んだ車で、自分で選んだコースを、自分で選んだ速度で走り、ハンドリングを誤って勝手にぶつかった。しかし、芸能人は別だ。商品そのものである個人に対して資本の論理が突っ込んでくる。逢衣と彩夏は「事故」によって大きな損傷を被りながらも、その事故を乗り越える。以下の引用画像のように、そうするための心の持ちようなども書き込まれていて、自己啓発的な本としても読める。

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