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あの梅の景色を。

 開封した瞬間、私は故郷で見た梅の景色を思い出した。
 梅の木は雪に枝を白くさせながら小さな花が咲いていた。雪に同化しそうなぐらい白い花弁は徐々に埋もれていく、花弁か雪か……遠目ではきっとわからないぐらい。
 黄色の花粉が自身を花であると証明する。間近で見なければわからないほど小さい花の集まりで、近付けば近付くほどにその黄色が鮮やかになる。
 
 あの光景が一瞬にして張り付いて、動きを止めていたがようやく袋の中を見ることができた。
 袋の中からは甘い梅の香り、開け口から覗いた姿は茶色の茶葉に小さな蕾……中をよく見るためにガラスキャニスターに中身を入れ替える。
 
 円柱に注がれた姿が突然綺麗に見える、茶葉の中に蕾の他に薄いピンクの砂糖の粒と、白い炒り米が混ざっている。
 炒り米は遠くから見ると……まるであの梅の花のようにも見えた。小さな蕾はピンク色で、これも開花前の梅を模しているように感じる。
 
 梅と一言で捉えてもその種類は多様だ。私の記憶の中の梅は白い花弁だが、品種によってはこの蕾の色のような種類も存在する。
 きっと私も含めて『梅』と言われただけではその認識が上手く伝わることはないのだろう。
 例えば、梅といえば何を思いつくだろうか。
 冬の春の境目に咲く小さな花を思いつくだろうか。それとも食卓に出され、人々の生活のために収穫される実だろうか。
 
 この紅茶の香りはそのどちらも体現するが、梅の花らしい飾り付けは花への認識に寄せているように感じる。
 
 この袋の中は『梅の花が開花している』のだと。
 
 ガラスキャニスターの蓋を閉めて、電気ケトルの電源をつけた。沸騰するまで紅茶のラベルを読む。
 
 舞妓さんをイメージした紅茶。
 
 たしかに小さな砂糖の結晶やヒースフラワーは、花かんざしのようにも見える。紅茶の名前も『からころ』と歩みを進める音を連想させる。
 
 カタン、と電気ケトルから音がした。ポットに茶葉を入れて熱湯を注ぐ。白い蒸気に強い梅の香りが乗って、それを吸い込むように息をした。
 ……おっといけない、蓋を閉めないと。
 香りに魅了されて動けなくなるのは、美しいものを見て動けなくなる感覚と似ている。
 
 水面にヒースフラワーが浮かび、お茶の色が広がっていく。
 
 カップに口をつける際に香りが滞留していることがわかる。飲む前に一呼吸すれば梅の香りが奥まで入り込んでくる。
 あぁなんていい香りなんだろう。
 そして一口、香りと同様に甘みのある味にふぅと息を漏らす。紅茶特有の苦味もえぐみもなく、ただすっと入ってくる。飲み終えた口の中にも梅が香るが……それよりも嗅覚を魅了されてずっとカップの近くで呼吸をしていた。
 
 梅の並木を歩いている最中、深呼吸をしながら歩いているような感覚に似ている。梅の香りにいつもよりも呼吸が深くなる。
 
 香りに堪能すればするほど、飲み進めようとする口は閉じられる。つまりそれだけ飲むペースが遅くなるため、紅茶はすっかり冷めてしまった。
 
 紅茶は熱いうちに飲む、それを崩されるぐらい魅力的な香りなのは確かなのだが。魅力的すぎるのもまた困りものかもしれない。




◆◇◆◇

あとがき

ルピシアの紅茶。
「からころ」を飲みながら書いた小説です。新しい試みですがお茶の布教のキッカケになればと思い執筆しました。梅の香りが強くてステキな紅茶だったので小説の描写で表現してみました。

表紙に雪を被った梅を描いてみました。



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