転校生は、金魚に火を通さない。~2話~

「小春~~~~~~!!!!!」
 その日の放課後、クラスメイトから当然のように囲まれ、質問攻めに合う俺を残し、そそくさと帰ろうとしている小春を捕まえた。
「「「きゃああああ!」」」
「やかましい!」
 クラスの女子にかまっている暇はない。今はとにかく小春を説得するのが先だ、本人がこの調子だと、俺がいくら否定したところで意味はない。
 なんとか二人にならないと……けど、どうやってこのまとわりついてくるクラスメイトを撒けばいい?
 数秒で考えついた案は最悪だったが、他に代替案もないので実行した。
「い……今は二人にしてくれ」
 歓声は更に大きくなったが、人の群れがバックリと割れる。これではモーセだ。
 こんなことに頭を使うために普段から勉強しているわけじゃ……ないんだけどなぁ。

◇◇◇

「……それで、どういうつもりだよ」
 結局たどり着いたのは前と同じ公園だ。
「いやぁ~、私達ウィンウィンの関係になれるんじゃないかな~って思って……つい」
「ついで彼氏彼女になるのはおかしいだろ! もっとこう……健全に関係を築いていってさぁ!」
「ふっ、誠実ぅ」
「なんか言ったか!」
 反省の色なし、というか一ミリも自分が悪いと思ってなさそうだ。
 確か都会から転校してきたんだっけか? やっぱり田舎ってのを全く理解してない。明日にでもすれ違った知らないおばちゃんから声をかけられるに決まってる。親父の耳に入るのも時間の問題かもしれない。……あぁ、嫌だ。
「まーまー聞いてよ、ウィンウィンの関係ってのは本当だってば。私は美味しい妖度を吸えて幸せ、なおくんは嫌な自分の特性が薄れて幸せ、ね? あんまり自分の特性気に入ってないんでしょ?」
「ぐっ……それはそうだけど」
 間違ってはない……間違ってはないけど……! 何だこの敗北感は。
「それにさ、自分で言うのも何だけど、私結構外見も可愛い自信あるんですけど? ほら、猫又女子だよ、にゃーん」
 猫のように両手を丸める仕草をする小春。しかし、流石に恥ずかしかったのか、耳まで真っ赤に染まる。
「………………今のはナシで」
「……努力する」
 思い沈黙が流れた。なんなら家の事情を打ち明けたときよりキツイ気さえする。
 だが、このまま有耶無耶にするわけにもいかないので、なんとかしないと……。
「ま、まぁ百歩譲ってウィンウィンの関係になるのはいいよ、けどさ、わざわざ付き合う必要はなくないか? 正直クラスのあの空気に耐えられる自信がない!」
「それは私もそうだけど! ……うん、そうね、田舎って怖いね」
「分かれば良いんだよ分かれば」
 よし、これはいい流れだ。表向きはこれで――。
「け、けどさ、もしどっちかに恋人ができちゃったらどうするの? 絶対関係が破綻しちゃうよ?」
「俺は作らない、特性が今より発露しそうだし、絶対ない」
 この特性が出たら身近な人間に必ず迷惑がかかる。俺は……死ぬまで一人でいい。少なくとも今はそう思う。
「分かんないじゃんかよー! ……顔はいいんだしさ」
「なんか言ったか?」
「べっつにぃ?」

 話は平行線になり、時間ばかりが過ぎていく。
 仮に噂が広まるならもう手遅れだろうし、これからのことはこれから考えるということで、今日は解散した。

◇◇◇

「あ~~~~~~クソ、どうしろっていうんだよ」
 蔵の防音性に今日ばかりは感謝しなければいけない。帰ってからもため息と行き場のない独り言が続いた。
 そうこうしている間にもI.O.N(田舎おばちゃんネットワーク)で情報が拡散されているかもしれないと考えると、明日からの登下校が憂鬱だ。
 俺がただの田舎者なら騒ぎにはならないはずなのに、なまじ家が大きいことと、相手がよそから転校してきたというのがまずい。考えたくはないが、小春に悪い噂が流れるのはなんだか嫌だ。

 ピンポーン。

 突然蔵のベルが鳴る。あまりに久しぶりすぎて一瞬なんの音かわからなかった。
 まさかもう親父に情報が……いや、そんなはずは……。
 恐る恐るドアを開けると、血相を変えた母屋の使用人さんが立っていた。
「直也様! 今すぐパソコンを!」
 田舎なんていう小さな世界の噂話に揺さぶられている俺の目に飛び込んできたのは、世界規模で更新されるあやかしに関する新情報だった。
「…………嘘だろ」

『神格を持つあやかしの男の子が日本の千町田にいます。本人もかなり特性のことを気にしているので、妖度を吸収できる特性を持つ方の協力、お待ちしてます』
 片田舎の恋愛事情を吹き飛ばす、ハイパートップシークレットな情報が世界に流されてしまった。当然ながら俺はこんな記事書いちゃいない。
「これ……俺のことだよな」
 俺の背中を、大量の冷たい汗が流れた。

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