転校生は、金魚に火を通さない。~3話~

「昨日のあやかしネット……見た?」
「……あぁ、見た」
 幸いなことに付き合った噂はまだ校外にはさほど広がっていないようで、俺と小春はなんとか無事に公園に到着、放課後の会議が開かれた。
「その……念のため言っとくけど、私じゃないからね」
「分ぁってるよ、小春にライバルを増やすメリットがない」
 小春が申し訳無さそうな視線を向ける。俺は気にしてないよと軽く答えたが、内心はかなり焦っていた。
 引っ越し……するのもなぁ、小春と今離れて新天地に行くのはちょっと怖い。

「とりあえず……ウィンウィンの関係は続けよう。普段から抑えておけば、多少はごまかせるかもしれない」
「確かに吸った直後はいい匂いも薄まったけど……うーん、バレる人にはバレるような……」
「しないよりはマシだろ」
 記事は三十分もしないうちに削除されたのだが、気付いた人はいるだろう。
 とは言え全世界でも少数しか見てない情報で、日本語で書かれた記事だ。大丈夫……多分。
「じゃあ、協力は続ける。けど付き合ってるのはしばらくしたら解消ってことにしよう。私から繋がりがバレるかもしれないし……」
「あぁ、そうだな、そうしよう。会う場所はこの公園で、日取りは連絡し合うってことで」
 小春が頷いたのを確認すると、あやかしネットのアドレスを交換して解散した。…………まぁ、一応妖度も吸ってもらった。

「「「うおおおおおおおおおおおお!?」」」
 翌朝、教室にたどり着くと、ちょうど中から大きな声が聞こえた。
「……なんだろ?」
「……すごく嫌な予感がする」
 頼む、またカップルが誕生したとかそういうオチであってくれ!
 強い祈りを込めて扉を開け放つと、担任の先生がこっちを見て手招きした。
「おー、二人でラストだ。全員一旦席に戻れー」
 教室の前の方に集まっていたクラスメイトが、ガヤガヤしたまま全員自分の席に戻っていく。
 しかし、教壇の左右に二人ずつ、計四人の制服を着た生徒が残された。
 嫌な予感は的中したようだ。
「とんでもないビッグニュースだ、なんと四人も同時に転校生だぞ! いやぁ、こんな偶然あるんだなぁ」
「「そんな偶然あるか!」」
 思わず同時に小春と声を上げ、すぐに後悔した。それぞれクラスメイトを探るように動いていた四人の視線が、同時にこっちへ固定される。
「……へぇ」
「あら?」
「ビンゴ!」
「……じゅる」
 隣の小春と自然に目が合った。何も言わずとも分かる、これはアレだ、終わりだ。
「え~~~~……教室を間違えました」
 勢いよく振り返り、とりあえずダッシュで離脱しようとしたが、後ろから襟を掴まれた。当然だが衝撃で首が絞まり、思わず変な声が出る。
「おいおい、どこに行くんだよお二人さん……見たところ体調も悪くなさそうだけど?」
 転校生のうちの一人、ウルフカットで長身の女の子が軽々と俺たち二人を捕まえている。なんて力だ……襟で化学繊維が悲鳴を上げている。
「あらあら、乱暴は良くないですわ、ねぇ? ちょっとびっくりしただけでしょう?」
 ちょっとイントネーションに癖がある女の子が、口元を扇子で隠しながら語りかけてくる。口調こそ丁寧だが、突き刺すような視線が『良いから大人しく座れ』と言っている。
「「…………はい、元気です」」
 席へと連行(?)される俺達を見て、残りの転校生のうち一人はゲラゲラ笑っていて、もうひとりは無表情だ。
「いや~面白いねぇ、元気だねぇ、顔色も最高だね!」
 ひとしきり笑いきったのか、三人目の女の子は服を正しながら言った。目には涙が浮かんでいる、どんだけ笑ったんだよ。
 笑顔の口元からこぼれる鋭い犬歯に気がつくと、なぜが寒気した。本日何度目の嫌な予感だろうか? 多分合ってるだろうけど。
 最後の一人は俺と同じ男子だった。ちょっとサイズの余った詰め襟が不格好だが、同性というだけで謎の安心感がある。まさかキスしてきたりしないだろう……しないよな? いや、余計なことを考えるな、的中したときのことを考えたくない。

「うっす、剣崎〈けんざき〉その、です! これからよろしくお願いします!」
「雪代七〈ゆきしろ なな〉って言います、よろしぅね」
「墨石〈すみいし〉アランでーす、男性名だけどちゃんと女の子だよ、父さんがちょっとアホだったんだ、よろしく~」
「……丹川棗〈あかがわ なつめ〉、筋肉……好きです」

 全員揃ってこっち目線で自己紹介をするのは本当にやめてほしい。そんな事を考えていたら、隣の小春が小声で話しかけてきた。
「ねぇ、四人のうち何人が『そう』だと思う?」
「…………全員」
「……わかる」
 学校生活はまだ二年以上残っているというのに、今すぐ卒業して都会に逃げ込みたい気持ちだ。
「とりあえず、なんとか目立たないようにお互い頑張ろうぜ……」
「うん、わかってる」
 小声でも流石にバレたのか、先生がこっちを見る。
「元転校生繋がりだしいい機会だな、一二三ちゃん、もっかい挨拶して、あと好きな食べ物も」
「なんかペナルティついてませんか!?」
「私語するほうが悪い! ……次は吉谷な」
 へんにょりしたまま、小春が教壇の前に立つ。転校生四人からの視線が突き刺さり、いかにも居心地が悪そうだ。
 小春が口を開こうとした矢先、七が小声で小春に何かを耳打ちした。途端に小春がめちゃくちゃ動揺し始める。何を言われたんだ!?
「あー……えーっと、その……」
 謎の奇声をしばらく上げた後、バッと顔を上げ、決意に満ちた声で小春は叫んだ。
「名前は一二三心春! 好きな食べ物はなおくんです! 誰にも渡しません!」
 一瞬の間、俺もすぐに理解が追いつかなかった。
「んなっ!?」
「「「「はぁ!?」」」」
「「きゃああああ!!!!」」
「正妻宣言だ……!」

 俺の平穏な学校生活が、音を立てて崩れ落ちた瞬間だった。


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