STの投資価値の考察 - 技術革新と投資家価値の乖離
1. はじめに
私は過去にSTの自主規制に関する業務、そして証券会社でのST事業の立ち上げに従事した経験があります。新しい制度の創設に関われたことに幸運を感じる一方で、常に一つの素朴な疑問を抱えていました。それは、「STは本当に投資家が求めている金融商品なのだろうか」という問いです。
この疑問は、単なる好奇心からではなく、金融商品の本質的な価値とは何かという深い問題意識から生まれたものです。新しい技術や制度が登場すると、ともすれば私たち金融業界の人間は、その新奇性や技術的な可能性に目を奪われがちです。しかし、本当に重要なのは、それが投資家にとってどのような価値をもたらすのか、という点にあるはずです。
本稿では、この問いに答えるべく、STを供給サイド(証券会社、組成・運用会社)と需要サイド(投資家)の両面から分析し、整理していきたいと思います。私自身の経験と、業界全体の動向を踏まえながら、STの現状と課題、そして将来の可能性について、できる限り客観的な視点で考察を進めていきます。
この分析を通じて、単にSTの是非を論じるだけでなく、金融イノベーションの本質的な価値とは何か、そして私たち金融業界に携わる者が常に心に留めるべきことは何か、という問いについても考えていきたいと思います。
2. 投資家にとってのST
まず、投資家にとってSTとは何なのかを整理していきましょう。STは「Security Token」の略称で、日本語ではデジタル証券とも呼ばれます。その最大の特徴は、発行管理の仕組みが既存の「ほふり」(証券保管振替機構)による振替法に基づく振替台帳方式とは異なる点にあります。
一般的にはブロックチェーン技術に基づく台帳を利用していますが、法律的には必ずしもブロックチェーンを使用することが要件とされているわけではありません。ただし、電磁的な仕組みによる管理は必須となっています。ここで重要なのは、STとほふりで管理されている上場株や債券・投信との違いは、主に管理機関と依拠する法律が異なるという点です。
しかし、これは主に販売・組成サイドの問題であり、実際のところ投資家の主たる関心事ではありません。投資家にとって本当に重要なのは、「既存の金融商品と比較して、STがリスク・リターンの面で優れているかどうか」という一点に尽きるのです。
この点について、私たち証券会社やアセットマネジメント会社の人間は、往々にして見落としがちです。技術的な新規性や法的な枠組みの違いに目を奪われ、投資家の本質的なニーズを見失ってしまうことがあるのです。
ここで、日本の金融市場の変遷を振り返ってみましょう。約10年前のNISA制度の導入を契機に、投資環境は大きく改善されました。0.1%を下回る経費率の格安インデックス投信の登場、一部ネット証券での国内株売買手数料の無料化、米国株取引の拡充、NISA制度の拡充、iDeCoの拡充など、様々な改善が行われてきました。
こうした環境の中で、現在、長期運用を前提とした個人投資家のベストプラクティスは、格安インデックスファンドの長期保有に集約されつつあります。例えば、世界の中大型株に間接的に投資できる「全世界株式(オルカン)」の経費率は0.05775%(実質コストは0.1%程度)と、驚くほど低コストです。これは投資家にとって非常に有利な条件と言えるでしょう。
このような状況下で、STが投資家にとって魅力的な選択肢となるためには、これらの既存商品を上回るリスク・リターン特性、低いコスト、高い流動性・換金性、そして長期的な継続性を備えている必要があります。しかし、現状のSTは果たしてこれらの条件を満たしているでしょうか。
現在、STの多くは信託受益権方式の不動産を原資産としたものです。これは私募リートに近い商品性を持っています。確かに、昨年末よりODX(大阪デジタルエクスチェンジ)での取引が開始され、形式上の流動性は確保されました。しかし、実際の売買代金は乏しく、実質的な流動性には依然として課題が残っています。
ST不動産のセールスポイントとして、物件の個別性が強調されることがありますが、これは投資の基本原則である「分散」の観点からは問題があります。不動産は元々分散が効きにくい資産クラスです。上場リートは、証券化によって小口化し、複数の物件をパッケージすることで分散を図っています。
一方、STは小口化は実現していますが、物件の分散がほとんど実現できていません。多くのSTが単一不動産もしくは数物件を対象としており、上場リートと比較してリスク分散が不十分な商品となっています。もちろん、リスクが高い分、それに見合うリターンが期待できれば投資家にとって魅力的な商品となり得ますが、現状のST不動産の利回りは、必ずしも上場リートの利回りと比較して高いとは言えません。
さらに、情報開示の面でも上場リートの方が信頼性が高いのが現状です。ST不動産の情報開示は上場リートと比較すると限定的で、投資家は必ずしも意思決定に必要な情報を十分に得られるわけではありません。
加えて、ST不動産の場合、組成・販売に関しても高コストな体質が見られます。これは不動産会社、アセットマネジメント会社、証券会社、信託会社などが組成・販売における各プロセスでそれぞれの取り分(手数料)を相当程度差し引いていることに起因します。
参考までにST不動産の概要ページのリンクを示します。
ここでは「受託者に対する信託報酬、匿名組合営業者に対する報酬、ファンド・マネージャーに対する報酬等、アセット・マネージャーに対する運用報酬、受益者代理人に対する報酬、STARTにおける本受益権の年間取扱い管理料、信託財産から支払われる費用等」という項目で組成・販売・ランニングにかかるコストが示されています。
これらのコストは全て、最終的には投資家の利回りを押し下げる要因となります。ここで、一般的な投資指標・基準に照らし合わせてみると、現状のST不動産は上場リートの「劣化版」と評価せざるを得ません。流動性が低く、売買のスプレッドが大きく、時価の信頼性が低く、単一物件リスク(集中リスク)を背負っているのが、ST不動産の実態なのです。
このような状況を踏まえると、例えば住宅を対象としたST不動産に投資したいと考える投資家がいた場合、むしろレジデンス特化型の上場リートを選択する方が賢明でしょう。同様に、物流施設を対象としたST不動産に興味がある場合も、物流施設特化型の上場リートを選ぶ方が良いでしょう。
さらに、より分散を図りたい場合は、リート市場全体に投資する指数(東証リート指数)に連動する投資信託やETFを購入することで、市場リスクのみでポジションを構築することが可能です。
ただし、ここで強調しておきたいのは、STには将来的な可能性がないわけではない、ということです。例えば、より小口の投資や、これまで投資対象となりにくかった特定のニッチな不動産への投資機会を提供する可能性があります。これらは従来のリートでは難しかった領域であり、STの潜在的な利点として注目に値するでしょう。
しかし、現時点での結論としては、「リスク・リターン、コスト、流動性・換金性、継続性」の観点から見て、ST不動産に投資価値を見出すのは難しいと言わざるを得ません。投資家の皆さんには、STの今後の発展を注視しつつも、現時点では既存の上場リートや指数連動型の投資信託・ETFなど、より安定した投資手段を選択することをお勧めします。
とはいえ、金融市場は常に進化しています。STの将来的な可能性を完全に否定することはできません。投資家の皆さんには、市場の変化に注意を払い、新しい機会が生まれた際には適切に評価し、必要に応じて投資戦略を調整することをお勧めします。
また、ここで述べた見解は、主に個人投資家を想定したものです。機関投資家や特定のニーズを持つ投資家にとっては、STが有用なツールとなる可能性も十分にあります。したがって、「すべての投資家にとってSTが不要」と断言することは適切ではないでしょう。
投資の世界において最も重要なのは、自身の投資目標、リスク許容度、投資期間を十分に理解し、それに基づいて適切な投資戦略を選択することです。STについても、その特性と自身のニーズを冷静に比較検討し、判断していくことが大切です。
3. 供給側の論理 - STの開発と販売戦略
これまで投資家の視点からSTを考察してきましたが、ここからは販売・組成側(供給サイド)の立場に立って、STとは何なのかを掘り下げて考えてみましょう。私自身、証券会社でST事業の立ち上げに携わった経験から、供給サイドの思惑と課題について深い洞察を得ることができました。
端的に言えば、供給サイドにとってSTは「新しいニッチ商品」に過ぎません。しかし、それは決して否定的な意味ではありません。むしろ、既存の金融商品市場という「レッドオーシャン」から脱却し、新たな「ブルーオーシャン」を開拓するための重要な試みと言えるでしょう。
ただし、ここで注意すべき点があります。STは必ずしも商品性に優れているわけではなく、事務コストや組成コストが低減されるわけでもありません。むしろ、当初は試行錯誤や規模の経済が働かないことなどから、高コスト体質な商品となりがちです。
それでは、なぜ供給サイドはSTの開発と販売に注力しているのでしょうか。その理由は主に二つあります。第一に、「新しい技術を活用した新しい商品」というラベルを付けることで、従来の金融商品とは異なる魅力を提示できる点です。技術革新への期待感や新規性を前面に出すことで、投資家の興味を引きつけることができるのです。
第二に、新しい商品カテゴリーを創出することで、既存商品の手数料競争から抜け出し、より高い手数料設定が可能な新市場(ブルーオーシャン)へ進出できる点です。既存の金融商品市場では激しい競争によって手数料が低下傾向にありますが、STという新カテゴリーでは、少なくとも当初は比較的高い手数料設定が可能となります。
この戦略は、供給サイドにとっては合理的なものです。しかし、ここで明確に指摘しておかなければならないのは、これが投資家の利益と必ずしも一致するものではない、という点です。むしろ、ここには投資家と供給サイドの利害が明確に対立する側面があります。
投資家のニーズを満たすには、「リスク・リターン、コスト、流動性・換金性、継続性」の観点から優れた商品を提供する必要があります。しかし、このような商品は総じて供給サイドの利幅が極めて小さくなります。一方、供給サイドが高い収益を得られるSTは、往々にして投資家にとっては高コストで流動性の低い商品となりがちです。
ここで重要なのは、この対立を認識しつつ、いかにして両者のバランスを取るかという点です。単に供給サイドの収益を追求するだけでは、長期的には投資家の信頼を失い、市場そのものが縮小してしまう恐れがあります。一方で、投資家の利益のみを追求すれば、供給サイドのビジネスモデルが成り立たなくなってしまいます。
では、供給サイドはどのような姿勢で臨むべきでしょうか。私の経験から言えば、「過度な期待はせずに低コストで試してみる」という姿勢が重要です。結果に関して事前にバイアスを持たずに客観的に評価することが大切です。
具体的には、以下のようなアプローチが考えられます
投資家ニーズの徹底的な調査と分析: 既存の金融商品では満たされていない投資家のニーズを丁寧に洗い出し、そこにSTがどのように貢献できるかを詳細に検討します。
既存商品(リートなど)との差別化ポイントの明確化: 単に「新しい」というだけでなく、具体的にどのような点で既存商品より優れているのかを明確にします。
透明性の高い情報開示システムの構築: 投資家の信頼を獲得するため、従来以上に詳細かつわかりやすい情報開示の仕組みを整えます。
流動性向上のための取引プラットフォームの整備: STの最大の課題の一つである流動性の問題に対処するため、効率的で使いやすい取引プラットフォームを開発します。
コスト削減のための効率的な組成・運用プロセスの確立: ブロックチェーン技術の特性を活かし、従来よりも低コストで効率的な組成・運用プロセスを確立します。
これらの取り組みを通じて、STの真の価値を見出し、投資家にとって魅力的な商品開発を目指すべきです。しかし、ここで警鐘を鳴らしておきたいのは、「手段の目的化」という罠に陥らないよう注意が必要だという点です。新規事業担当者が陥りやすいこの罠は、技術の革新性に惑わされ、本来の目的を見失ってしまうことを指します。
画期的な技術を利用していることイコール画期的なサービス、ではありません。この点を誤認している事業担当者が驚くほど多いのです。ブロックチェーン技術(基盤)を活用した金融商品を組成しても、それ自体は必ずしも革新的でも画期的でもありません。
しかし、担当者にとっては「特定の技術を活用したプロダクトを開発すること」が目的化してしまっているので、この矛盾に気付けないのです。技術はあくまでも手段に過ぎません。技術よりも先に、実現したい「目標」が存在するはずです。
技術は目標達成のための選択肢の1つに過ぎず、運良く特定の技術が目標達成に最も適している場合のみ、その技術を採用すれば良いのです。最初から特定の技術を使うという結論ありきの事業開発では、ユーザーの需要とも合致することは難しく、結果として需要が存在しないプロダクトが誕生してしまいます。
金融業界におけるブロックチェーン技術の活用は、まさにこの典型と言えるでしょう。技術を活用すること自体を目的化してしまったPoCが散見されます。中にはそのまま製品化に突き進み、需要が存在しない製品も存在します。
この問題は何も金融業界に限ったことではありません。Web3、メタバース、NFTなども同様の問題を抱えています。これらのバズワードが目標を達成するための最善の選択肢であることは実際にはごく稀です。それぞれの目標から逆算して整理した場合、別のアプローチの方が最適であることが頻繁にあります。
では「手段の目的化」の罠を回避するには、どうすれば良いのでしょうか。私の経験から言えば、以下のようなアプローチが有効です。
目的の明確化: 技術の採用以前に、達成したい目的を明確にします。「なぜSTを開発するのか」「どのような価値を提供したいのか」を徹底的に議論し、共有します。
多角的な検討: 特定の技術に固執せず、目的達成のための複数のアプローチを検討します。ブロックチェーン以外の選択肢も含めて比較検討することが重要です。
ユーザーニーズの重視: 技術の革新性よりも、実際のユーザー(投資家)のニーズを最優先に考えます。「技術的に可能」ではなく「ユーザーが求めている」かどうかを判断基準とします。
段階的なアプローチ: 大規模な投資を行う前に、小規模なパイロットプロジェクトで検証を重ねます。フィードバックを得ながら、段階的に開発を進めていくことが重要です。
外部の視点の導入: 社内だけでなく、外部の専門家や潜在的なユーザーからの率直なフィードバックを積極的に求めます。これにより、内部の思い込みや偏見を排除することができます。
これらのアプローチを通じて、STの開発が真に価値あるものとなるよう努めるべきです。
最後に強調しておきたいのは、STの将来は決して悲観的なものではない、ということです。確かに現状では課題が多いものの、適切なアプローチを取ることで、STは金融市場に新たな価値をもたらす可能性を秘めています。
ただし、その可能性は現時点ではあくまで理論的なものであり、実現にはまだ多くの障壁があることを認識する必要があります。STの技術が既存の金融システムの一部を補完したり、特定の領域で効率化をもたらしたりする可能性はありますが、それがどの程度の規模や影響力を持つかは、まだ不確実です。
重要なのは、STの商品開発を進める際に、常に現実的な視点を持ち続けることです。技術的な可能性に目を奪われるのではなく、実際の市場ニーズや既存システムとの整合性、規制環境などを総合的に考慮しながら、慎重に前進していく必要があります。
これらの可能性を現実のものとするためには、供給サイドが短期的な利益追求に走るのではなく、長期的な視点で市場の健全な発展を目指す必要があります。投資家の利益と供給サイドの利益のバランスを取りながら、真に価値のある商品開発を進めていくことが重要です。
4. 認知バイアスとその克服 - 金融技術革新における教訓
金融技術の革新、特にSTのような新しい金融商品の開発において、認知バイアスは極めて重要な問題です。私自身、過去にこの認知バイアスに陥った経験があり、その克服には相当の時間と努力を要しました。
この章では、私の経験を踏まえつつ、ST開発過程で見られる典型的な認知バイアスとその克服方法について論じたいと思います。さらに、Web3、メタバース、NFTなどの関連分野における事例も取り上げ、認知バイアスが技術革新全般に与える影響を考察します。
まず、ST開発における認知バイアスの実態から見ていきましょう。開発者は往々にして、自らの仮説や期待に合致する情報を過度に重視し、反証となる情報を軽視する傾向があります。
例えば、STの潜在的な利点を強調するデータには注目しても、既存の金融商品との比較で不利な点を示すデータを無視してしまうことがあります。これは確証バイアスと呼ばれるもので、客観的な判断を妨げる要因となります。
同様の問題はWeb3の分野でも見られます。分散型システムの理想的な側面のみに注目し、スケーラビリティや使いやすさの課題を軽視する傾向があるのです。これは技術の可能性を過大評価し、実装上の課題を過小評価する危険性を示しています。
次に、開発チーム内で楽観的な見方が共有されると、批判的な意見が抑制され、リスクの過小評価につながる可能性があります。「STは革新的で必ず成功する」という楽観的な見方がチーム内で広がり、潜在的なリスクが無視されるケースがこれに当たります。
メタバースの分野でも同様の問題が見られ、「メタバースは必然的に普及する」という考えが広まり、現実世界とのインターフェースの課題や社会的受容性の問題が軽視される傾向があります。
さらに厄介なのが技術中心主義、つまり手段の目的化です。ブロックチェーン技術の利用自体が目的化し、実際の投資家ニーズを軽視してしまうことがあります。NFTの分野でも同様の問題が見られ、NFT技術の新規性に注目するあまり、実際のアート市場やコレクター、アーティストのニーズを十分に考慮しないケースが散見されます。
これらの問題は、Web3、メタバース、NFTの分野で顕著に表れています。Web3の初期段階では、分散型システムが中央集権的なインターネットに取って代わるという楽観的な見方が広まりました。しかし、現実にはスケーラビリティの問題や使いやすさの課題、規制の問題など、多くの障壁に直面しています。
メタバースも同様で、仮想現実の世界が現実世界と同等、あるいはそれ以上の重要性を持つという前提で推進されてきましたが、ハードウェアの制約、ユーザー体験の問題、プライバシーの懸念など、多くの課題に直面しています。
NFTに至っては、デジタルアートの新たな可能性として過度に期待が高まり、投機的な動きも見られましたが、著作権の問題、価値の持続性など、多くの課題が浮き彫りになっています。
これらの事例は新技術の短期的な可能性に目を奪われ、長期的な持続可能性を軽視することの危険性を如実に示しています。では、どのようにしてこれらの認知バイアスを克服できるのでしょうか。
私自身の経験から言えば、まず自己認識と謙虚さが重要です。自分自身のバイアスを認識し、常に謙虚な姿勢を保つことが大切です。また、多様な視点を取り入れることも効果的です。開発チームに多様なバックグラウンドを持つメンバーを含め、異なる意見を積極的に聞くようにしましょう。
さらに、感覚や直感ではなく、客観的なデータに基づいて判断を下すことが重要です。定期的に自分の判断や決定を振り返り、批判的に検証する習慣も身につけるべきでしょう。外部からのフィードバックも積極的に求めるべきです。業界専門家や潜在的な投資家からの率直な意見は、自分たちの思い込みに気づくきっかけになります。
これらの取り組みを通じて、ST開発においてより客観的なアプローチを取ることができるようになります。例えば、STの有用性に関する仮説を明確に設定し、それを厳密に検証するプロセスを確立することが考えられます。また、常に既存の金融商品との客観的な比較を行い、STの相対的な優位性を検証することも重要です。
技術の革新性よりも、実際の投資家ニーズを最優先に考える文化を醸成することも大切です。チーム内で「悪魔の代弁者」的な役割を設け、常に批判的な視点を取り入れることも有効でしょう。さらに、大規模な投資を行う前に、小規模なパイロットプロジェクトで検証を重ねるアプローチも考えられます。
認知バイアスの克服は、ST開発に限らず、あらゆる金融・技術イノベーションにおいて極めて重要です。Web3、メタバース、NFTの事例が示すように、新技術の可能性に過度に期待を寄せることは危険です。開発者は、技術の革新性に惑わされることなく、常にユーザー価値の創造を最優先に考え、自らの判断を批判的に検証し続ける必要があります。
また、他分野の失敗から学び、同じ過ちを繰り返さないよう注意を払うべきです。そうすることで初めて、STを含む新しい金融技術は、真に革新的で価値あるものとして発展していく可能性があるのです。過去の教訓を活かし、より慎重かつ現実的なアプローチを取ることが、持続可能なイノベーションへの道となるでしょう。
5. 総括と展望 - STの未来と投資家への示唆
これまでの議論を通じて、STの現状と課題、そしてそれを取り巻く認知バイアスの問題について詳しく見てきました。ここでは、これらの内容を総括し、STの未来と投資家への示唆について考えてみたいと思います。
まず投資家の視点から見たSTの現状について振り返ってみましょう。現時点では、STは既存の金融商品、特に上場リートと比較して、リスク・リターン、コスト、流動性、情報開示の面で多くの課題を抱えています。投資の基本原則である分散投資の観点からも、単一または少数の不動産に投資するSTは、十分な分散効果を得られているとは言い難い状況です。
そのため、多くの個人投資家にとっては、現状のSTよりも格安のインデックスファンドの方が合理的な選択肢となっています。0.1%を下回る経費率でグローバルな分散投資が可能な商品が存在する中で、高コストで流動性の低いSTを選択する理由を見出すのは難しいのが実情です。
一方で、供給側の視点に立つと、STは既存の金融商品市場という「レッドオーシャン」から脱却し、新たな「ブルーオーシャン」を開拓するための試みとして位置付けられています。しかし、ここで注意すべきは、新しい技術を活用しているというだけでは、必ずしも投資家にとって価値のある商品にはならないという点です。
私自身、過去にSTの自主規制や事業立ち上げに携わった経験から、供給側が陥りやすい「手段の目的化」の罠をよく理解しています。ブロックチェーン技術を使うこと自体が目的化してしまい、本来最も重要であるはずの投資家ニーズや市場の要求を軽視してしまうケースが少なくありません。
この問題は、STに限らず、Web3、メタバース、NFTなど、最近注目を集めている他の技術革新の分野でも同様に見られます。新技術の可能性に目を奪われ、現実的な課題や実際のユーザーニーズを軽視してしまう傾向があるのです。
では、STの未来はどのように展望できるでしょうか。短期的には、STの普及には相当の時間がかかると予想されます。現状では供給側主導の商品開発が続いており、投資家のニーズとの乖離が解消されるまでには、まだ時間がかかるでしょう。
中期的には、組成・販売コストの低下が進む可能性があります。また、規制環境の整備が進み、より安定した商品設計が可能になるかもしれません。投資家保護の観点から、情報開示の充実が図られることも期待できます。
長期的な展望としては、STの技術的利点が既存の金融システムに部分的に取り入れられていく可能性が高いと考えています。完全に既存のモデルに取って代わるというよりは、既存システムを補完する形で発展していくのではないでしょうか。