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あくまでアマチュア書評集 “ワケあって未購入です” #11 『氷三部作1 ブロの道』『氷三部作2 氷』 ウラジーミル・ソローキン 訳:松下隆志 (2015年、河出書房新社)

初めて読む作家だったが、帯の惹句が面白そうすぎて買ってしまった(そしてネットオークションに出品してしまった)2冊。特に前者の推薦文。「アヴァンギャルドから物語の最前衛へ。ソローキンにしか書けない超絶スペクタクル小説。憧れる」(中原昌也)、「そこの肉機械のあなた、ソローキンさんが世界の成り立ちをわかりやすく書いてくれましたよ、肉機械用に」(藤野可織)。私好みである。そりゃ買うわ。

ちなみにこの2冊、刊行順は逆である。先に『氷』が書かれ、その後に『ブロの道』が発表されている。ブロは『氷』に登場するキャラクターで、その生い立ちが旧ソ連の近代史と絡めて描かれているのが『ブロの道』。時間軸が直線的に繋がった続編ではなく、どちらから読んでもいいと思う。

いわば選民思想で世界の再生を目指すカルト教団の話で、始まりはツングースカの隕石落下。隕石探検隊が発見した巨大な氷塊から作られた氷のハンマーで胸部を強打すると覚醒し、心臓が真の名前を語り始める種族「光の子」。ブロはその最初の覚醒者で、危険を冒しながらも密かに仲間を探し、覚醒者を増やしてゆく。

「光の子」の共通点は金髪碧眼である事で、彼らは普通の人間を「肉機械」と呼ぶ(他にも奇怪な言い換えが頻出し、『ブロの道』後半は逐一読み替えの必要な難読パズルと化してくる)。活動の基本パターンは同じで、金髪碧眼の候補者を拉致してきては胸を強打する。覚醒した場合は医療施設に連れてゆき、治癒すると同胞探しに参加する。同胞は地球上に2万3000人しかおらず、出会える確率は甚だ低い。

ハンマーで何度も強打した末、ただの肉機械だと判明した場合は、そのまま放置されて死んでしまう。蘇生させるのは「光の子」だった場合だけで、やっている事は、選民思想の大量殺人である。

SFとしては設定がシンプルだし、文体も平易で読みにくくはない。ただ、シンプルすぎて単調である。『氷』では、延々とこの「拉致、ハンマー強打、覚醒」の描写が繰り返される。途中でリタイアしかけるのを、なんとか頑張って最後まで読んだ所で、結局このワンパターンに終始して他の展開なんてなかったりするのだ。

『ブロの道』はもう少し変化がある。ブロが覚醒し、仲間を集めて組織を立ち上げてゆく歴史が描かれるが、これも一つ一つの描写がやたらと長い。何か一つの状況が出てくると、それが延々と続く感じだ。ただ、この主人公は隕石探検隊に参加したり、体制が変わる度に周囲が粛正されてゆく密告社会においてうまく政権中枢に潜り込んだりするので、面白くスリリングに読める箇所も多い。

覚醒した同胞が全員揃うと「原初の光」になるとされるが、そもそも20世紀のロシアにおいては、覚醒者でさえ無事に生き延びる事が容易ではない。せっかく見つけた同胞であっても、粛正されてしまったらそれでおしまいである。つまり「光の子」として覚醒しただけで、特殊能力を授かるわけでも不死身の肉体を得るわけでもないのだ。

『ブロの道』の最終章は現代か近未来が舞台で、通信販売の健康器具を装った、氷のハンマーで胸をトントン叩ける便利で安全なマシンが登場している。肉機械の犠牲者を出す事なく、隠れた「光の子」をこっそり覚醒させる事ができるというわけだ。

この着想はほとんどお笑いコントで、筒井康隆が書いたのかと思うほどである。ソローキン氏は様々な文体を使い分けるカメレオン作家として知られるが、この章ではマシンの利用者レビューが延々と掲載される。しかしこれもまた、数十ページに渡って延々と続くので、やっぱり疲れてくる。とにかく記述がしつこいのだ。

結論から言えば、面白い所もあちこちあるが、基本的には読むのが苦行みたいな小説である。私には一度で十分。3部作完結編の『23000』や、著者の代表作『青い脂』は読もうかどうかまだ迷っているが、読破までの道のりを考えると気が重くなるのも事実である。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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