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『コーリャ/愛のプラハ』  隠れた傑作、これいかに? 第2回

『コーリャ/愛のプラハ』  (1996年/チェコ、イギリス、フランス) 監督:ヤン・スヴェラーク  
 出演:ズディニク・スヴェラーク、アンドレイ・ハリモン

民主化直前のプラハを舞台に、
初老のチェロ奏者とロシア人少年の交流を描いた傑作。

米アカデミー賞の最優秀外国語映画賞の他、東京国際映画祭でも東京グランプリと最優秀脚本賞に輝いています。

これだけ評価されているのになぜか知名度が低いのは、
長らくソフト化されなかった事と、
社会主義時代のチェコスロヴァキアが舞台で単館上映という、
アート系のシネフィルっぽい雰囲気のせいでしょうか。

55歳独身で、かつてはオーケストラで演奏する著名なチェリストだったロウカ。
今や葬儀場で細々と演奏して何とか生計を立てている彼に、仲間が儲け話を持ち込みます。

それは、チェコの国籍が欲しいロシア人女性との偽装結婚の計画でしたが、
結婚式の直後、彼女は5歳の息子コーリャを残し、西ドイツへ亡命してしまいます。
当局からも目をつけられてマズい立場になったロウカは、
それでもコーリャを自宅へ住まわせ、
不器用ながらも世話をはじめる。

重苦しい政治ドラマか、お涙頂戴の疑似親子ものになってもおかしくない内容ですが、
この映画はどちらにも傾かず、
実にひょうひょうと、登場人物たちを暖かく見つめます。

演技にも演出にも情緒過多な所がなくて、
それでいてユーモアとペーソス、人間味を豊かに備えた映画。

そのバランス感覚がとても気持ち良く、
してみると本作が、
あの数々の美しい人形アニメや絵本、
カレル・チャペックやミラン・クンデラの文学、
ドヴォルザークやヤナーチェクの音楽を生み、
「プラハの春」事件の記憶を胸にしつつもビロード革命で民主化を達成した、
あのチェコの人々が作った映画だということが、ごく自然に納得できるのです。

特筆大書したいのは、
抑制の利いた芝居と演出をヴィジュアルで補完するかのような、
撮影監督ウラディーミル・スムットニーによる、素晴らしく美しい映像。
これほど詩情に溢れ、繊細な光と色彩で多くを語るルックは、
欧米各国の著名な撮影監督の仕事においても、めったと見られるものではありません。

主演は監督ヤンの父親で、チェコを代表する名優でもあるズディニク・スヴェラーク。
彼の淡々とした佇まいが本作のテイストの基調を成していますが、
コーリャを演じた子役をはじめ、
周辺に配された俳優たちもみな、作品のトーンをよく理解していて素晴らしいです。

脚本にはあっと驚く仕掛けがある訳ではなく、物語は然るべき場所へと自然に収束します。

サービス精神に欠けると言ってしまえばそれまでですが、
私にはそれ以外の結末など、本当はきっと無いはずだろうと感じられるのです。

クライマックスの場面に使われている映像は、
西側に亡命していた名指揮者ラファエル・クーベリックが、民主化後に母国へ戻り、
名門チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の指揮台に再び立った歴史的演奏会の、実際の模様です。
使われているカットはほんの一部ですが、
そこにこの国の人々の、熱い想いを感じないではいられません。

しかし、そういうのはあくまで枝葉で、
本作は決して重厚な歴史大作ではありません。

私たち日本人とそう大きく変わるわけではない、愛おしい人達の、
ささやかだけど胸を打たれるドラマです。
未見の方には、是非ご覧いただきたい傑作。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
(尚、見出しの写真は全てイメージで、映画本編の画像ではありません)

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