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2リーグ分裂の経緯の話(2)

 読売は、阪神の泣き所を突こうとした。阪神を反対派に取り込めれば4対4で、正力案を否決することが可能と考えた。といっても、阪神社長はすでに正力派の連判状にサインしている。しかし、各球団の社長と代表のサインがそろわなければ連判状は成立しない。恐ろしいことに、阪神・富樫代表のサインだけが抜けていたのだ。
 読売の使者とは、さもありなん四方田だった。四方田はどう富樫を口説いたか?甲子園を満員にできるのは阪神×巨人戦しかないことを強調したのである。富樫もそれをわかっていた。だからこそ正力側に付くことができなかったのではないだろうか。結果、正力の連判状に署名、捺印したのは、

   社長 代表
東急 ○  ○
大映 ○  ○
阪急 ○  ○
南海 ○  ○
阪神 ○  ×

 という結果に終わったのだった。
 これで4対4。人数で見れば9対7で、賛成派の勝ちという気がするが、社長と代表が揃わなければ無効という決まりだったのだろう。かくして、毎日、西鉄を加盟させることはできなくなった。
 こうなると泥仕合だ。結局11月の会議で、「阪神社長の捺印はあるから」ということで、毎日のみ加盟が認められることになったが、あとは収拾がつかず、次の結果となった。

  • 日本野球連盟は解体

  • 二つのリーグに別れる
    -読売、中日、太陽、阪神
    -東急、大映、阪急、南海

 はっきり言って「ケンカ別れ」である。当然、二つのリーグを統括する機構など存在しない。こうなると予想されるのは、無秩序化、節操のない選手の引き抜き合戦という事態だ。これではさすがにまずいということで、両リーグの上に日本職業野球協議会というものを設け、正力がひとまず議長ということになった。正力の構想は、思わぬ早産という形で実現することになったわけだ。決して望ましい形ではなかったにしても、正力がトップに座り続けていたら、日本のプロ野球はどう変わっていたか…そう、先にも述べたように、正力は「戦犯」としてGHQ からニラまれている人なのである。日本のプロ野球はまだGHQの管理下にあった。正力の議長就任は、法務庁特審局の指示により却下されてしまったのだ。協議会は烏合の衆となった。
 そして、球史に残る「新球団・毎日による阪神主力選手大量引き抜き事件」が発生する。一般には「引き抜き」と言われているが、実は当時の阪神・若林監督の毎日への売り込みというのが真相らしい。かねてから「巨人の横暴をいつまでも許してはおけない」と言っていたという若林は、タイガーズが読売主導リーグへ加盟すると、とたんに辞表を書き、同じく阪神を出たがっていたという何人かの主力選手を引き連れ、毎日へ売り込んだのである。しかし世間はそうは見ない。この一件は、えげつない大量引き抜きとして新生パ・リーグの毎日オリオンズの評判を落としめる要因となった。毎日は、強かったのにあんまり人気が出なかったというわけだ。

 昔、この話を知った時点での私は、パ・リーグが人気の面において慢性的にセ・リーグの後塵を拝する事になった元凶が、リーグの盟主になる筈だった毎日オリオンズの人気が盛り上がらなかった事だと思ったし、もっとキレイに、人気面の偏りがないように均等にリーグ分けされていたら…特に巨人と阪神を別リーグに配置していたらなどと考えもしたが、もっとプロ野球の歴史を大局的に俯瞰すると、リーグの「ケンカ別れ」により「セ・リーグの後塵を拝するパ・リーグ」を生み出した事実は、歴史的には正しかったのだと今は思う(考えてみれば「巨人×阪神」を看板とするプロ野球が巨人と阪神を別リーグに引き離すのは愚策と言える)。
 巨人、阪神、中日、広島、大洋、ヤクルト…このほぼ変わらぬメンツで安定した運営を続けてきたセ・リーグ。阪神の野田社長はセ・リーグ会長に「自分は連判状に署名したように毎日の参加には賛成だった。しかし2リーグ制に移行する場合、毎日のリーグに加盟するという前提があったわけではない。だから寝返りではない。ウチは巨人×阪神戦を選んだ。客を呼べる道を。プロ球団を経営する者として、当然の道を選んだのだ」と語ったという。
 対照的に新規加盟、球団消滅、身売り、合併と常にバタバタしながらセ・リーグを追いかけてきたパ・リーグ。巨人と阪神という全国区の人気球団がない分、地方都市の熱量をバックボーンに活路を見出し、実力だけでなく時に人気面でもセ・リーグを凌ぐ勢いを見せるパ・リーグという存在の、力の源がこの誕生の経緯と不遇の時代であり、その物語こそが正に「歴史」なのである。

 この「2つの個性」の鮮烈なコントラスト。言い換えれば「魅力」。
 たぶんメジャーリーグにも、他世界のプロスポーツにもないのではないか。すべてがキレイに収まり、何の波風も立たなければそれは歴史ではなくただの「記録」であろう。
 私はこの2つの個性のぶつかり合いが、これからもプロ野球の歴史を紡いで欲しいと思っている。だから「チームを減らして1リーグ」などプロ野球の自殺行為でしかない。

 セ・リーグとパ・リーグの存在が示しているのは単に「2つのリーグがあるよ」という事実だけではないという話。

[参考文献]


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