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野球紀行/ゴジラの後輩たち ~石川県立野球場~

 石川県は雨が多い。特に5月は多いらしい。だから雨が降るのが金沢らしいと言えば金沢らしい。初めてちゃんと訪れた金沢で、駅に降り立つと間もなく、やはり申し合わせたように雨が降り始めた。千葉マリンスタジアムでは強風が吹くが、名物だと思うとなんとなく許せてしまうところがある。しかし雨だと野球が中止になるのでやっぱり歓迎できない。しかしこれで中止にならなければ、一応「金沢らしい野球」を味わった事になるのかもしれない。
 本当に「らしさ」を見たのは、雨が降った時よりも、その数分後である。東京ならたいがいの人は傘をさして歩く程度の雨の中、平気で傘なしで歩く人が少なくない。もしかしたら中止にならないかもしれない。一応球場に確認すると、やはり、別に中止にはならないと言う。ちょっと普段と違うと思ったのは、相手の口調が何となく「何でこのくらいの雨で中止になるの?」と言いたげだった事である。
 ちょうどこれを書いている時、ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜が公式戦でぼちぼち実力を見せはじめていた。去年FA宣言をし、ヤンキース入団が決定するまで、松井のインタビューは何度もテレビで見せられてきたが、見る度に思ったのが「いい顔をしているな」という事だった。失礼ながら彼は「イイ男」というタイプの顔ではない。しかしあの時期の彼は、そんなハンデ(?)など感じさせないほど、実際いい顔だった。日本で申し分のない実績を残し、最高峰であるメジャーからのオファーを待つ。しかも数球団が興味を示している。彼の顔には、内面の晴れやかさがにじみ出ていたのだと思う。

まさにゴジラの後輩たち…じゃなくてこっちは泉丘。

 普段はどちらかというと陰のある顔をしている松井だが、ほんとに気分が晴れやかな時はそんな顔をする人なのだろう。快晴の素晴らしさは雨の後にこそ引き立つ。石川県立野球場は、松井秀喜の逸話には事欠かない。彼も、雨の中この球場でプレーした事は何度かあった筈である。この場所で、鬱蒼とした雨雲と、突き抜けるような青空を何度も見てきた事だろう。
 松井の表情は、金沢の気候に似ているのかもしれない。彼の後輩達もそうだろうか。粘り強くストイックで、要所でスカッとさせてくれる野球を見れるだろうか。
 少なくとも、観る側にはストイックさが求められる試合ではあったようだ。プロ野球だったら普通に中止になっている雨。しかし当たり前のように行われる。これが金沢らしさか。石川県春季大会準々決勝。星稜の相手は県内有数の進学校らしい金沢泉丘。
 コンコースに、ジュースや弁当が入れてあったと思われるダンボールが積んであるが、みるみるなくなっていく。尻の下に敷くのである。皆、さも当然という顔をして持っていく。僕も一枚確保しておいたので、一試合大丈夫だろうと思っていた。しかし、甘かった。

こっちがゴジラの後輩たち。

 二回表、星稜はキャッチャー小笹のタイムリーで早くも4-0とリードを広げる。泉丘の高田泰は打たれても強気の内角攻め。雨が降っても縮こまる様子がない。ここでは、これが当たり前なのかもしれない。
 星稜の宮浦はセットからストレート主体のピッチング。キレは良いと思う。「キレ」とは具体的に何なのかと言われると結構困ってしまうのだが、ストレートの場合(ここで言うキレもストレートについてなのだが)、初速と終速の差が小さい、つまり手元で加速してくるように見えるという事だと思っている。また上手さもある。四回表の泉丘の攻撃では、無死一、二塁の後、四番山口低目を打たせ右ライナー。五番和田三ゴロで一、三塁。六番福井がストレートにタイミングが合わず苦戦していると、エサをまくという意味だろうか、低目のスローカーブを空振り三振。実に冷静にピンチをしのいだ。
 星稜の四番鹿野は大柄な右打者。ゴジラの後輩としては体格は十分。豪快な一発でも出れば「ゴジラの後輩」としては出来すぎたシーンになるのだが、グリップを顔の前に、脇を締めたバッティング。低目を選んで四球。走者を返したのは七番の尾山。これで7-0。やっぱり星稜は強いらしい。このまま行きそうだ。最後までやるにしても、コールドにしてもさほど時間はかからないだろう。しかし、甘かった。

スタンドは傘の花。晴れそうになるとまた雨が強くなる。

 雨が激しくなった。尻の下に敷いていたダンボールがすっかり水を吸って使えなくなる。新しいのを取りにコンコースへ行くが、これもいつまでもつかわからない。雨が激しくなるのはもちろん嫌だが、一応五回を終わった事だし、この金沢で、どれほど降れば野球が中断するのか、興味が無い事もなかった。
 しかし平然と試合は続行。それどころか、六回裏、試合も風向きが変わった。三番村上、四番山口連打で1点。雨が強くなって急に打たれだすという事は、やっぱり雨が影響しているのだろう。手元が狂うのか、早く終わらせようと焦るのか。そこはさすがに金沢でも同じらしい。
 六番福井右前タイムリー1点、七番高田諭も続き1点。九番高田泰の代打木野。そこでにわかに雨が上がりかけた。そしたら木野は三振。雨の間だけの反撃か?
 ここでようやくホーム付近に土が撒かれた。七回表からピッチャーは左の新村。しかしストライクが入らない。入ると歓声が起きる。鹿野また四球。なかなか打たせてもらえない?松井が敬遠攻めにされたあの試合を思い出し、ほんのわずかに松井との接点が見えたような。

いかにも公営野球場のコンコース。

 星稜もその裏からピッチャー山本。こちらは無難に三人で抑えるが、新村はやはりストライクが入らない。あまり入らないので数えてみたら、12球目でようやくストライク。しかし無死満塁になっていた。鹿野を浅いフライに。新村にやたら暖かい声援。しかしせっかく打ち取った後暴投で1点。一体何点入るかと思いきや、不思議と後続を断った。
 今度は危なげないと思われた山本が捕まった。守備の乱れもありヒット、エラーで2点。二死二、三塁から一番池村左越え2点タイムリー。いつのまにか9-7。ちょっとわからなくなってきた。逆に新村は良い所がでてきたのか(元々球威はあるらしい)相変わらず四球を出すも星稜最後の攻撃をゼロに抑える。このゼロがこの雨にふさわしい、かくもドラマチックなラストシーンを呼ぶのだろうか。そう、また雨が激しくなった。この試合に限って言えば、雨は泉丘反撃の合図である。
 打順良く三番から。しかし村上左フライ、山口二フライ。万事休すと思いきや五番和田、雨を切り裂く中越え二塁打。「野球はツーアウトから」という、普段は気休めでしかない常套句が今は実感として迫って来る。

見やすいスコアボード。配置も、字の大きさも丁度良く、情報も十分。

 当たっている六番福井、2球目を右前タイムリー。とうとう1点差だ。普段は嫌いな雨が、この時だけは最高の舞台装置。ちょっと大げさだが『七人の侍』さえ思い出す。
 七番高田諭も当たっている。星稜を見に来たのが、いつの間にか、失礼な言い方をすれば「やられ役」の泉丘の最後の粘りに視線が釘付けになっている。どっちを応援しているのか自分でもよくわからなくなってきた時、打球は二塁正面に...。
 しかし笑顔の観客。「よっしゃ、よっしゃ」の声が泉丘ナインに。
 二枚目のダンボールもそろそろ限界になっていた。いつもなら、雨の中での試合となると「早く終わってくれー」という心境で観ている事が多い。わざわざ金沢まで来て雨か...と思っていたのが、終わってみると「あ、これが金沢らしさか」と「金沢の野球」をしっかり堪能した自分に気付く。
 このまま晴れてくれれば、試合の余韻と合わせ凄くいい感じなのだが、甘かった。球場の外、さすがに傘なしで歩いている人はもういない。しかし球場では、次の試合のスタメンが発表されていた。(2002.5)

[追記]
 松井秀喜のドラフトの頃、日本ハムも松井指名に行くと見られていたが、息子を日本ハムに行かせたくないらしい松井の親父さんが日本ハムに「お宅はどうか投手で行ってください」みたいな事を言った記憶がある。当時ハムファンだった私は「何であんたに指名選手を指図されにゃならんのか」と憤ったものだった。
 こんな風に星稜というのは、自分の贔屓球団(最近は「推し」というらしい)にはつくづく無縁な世界だと思っていたが、今の推しである東京ヤクルトに内山壮真 、奥川恭伸、北村拓己といつの間にか3人も集まっていたのだった。

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