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野球紀行/体験・一日近鉄ファン ~大阪ドーム~

 アルペンスタジアムで、ずっと外野の芝生席に直に座っていたので、できればデニムを洗っておきたいと思っていたら、幸運にもホテルにコインランドリーがあったので、持っていた2本とも洗ってしまった。まではよかったが、乾燥機が調子悪く、なかなか乾かない。翌日は大阪へ向わなければならないのだが、仕方なく半乾きのデニムを履いて出発するはめになってしまった。大阪ドームでも人に会う事になっていたので、変なにおいでも付きはしないかと心配になる。
 金沢あたりから、人の言葉が変わってくる。アクセントが丁度、東京弁の逆になってくるのだ。こうなるとそろそろ「西側世界」である。僕から見ると異文化圏と言ってよい。さらに南下するにつれ、濃い関西弁のシャワーを浴びることになるだろう。
 関西弁、特に大阪弁というのは、普段から全国区の電波に乗って流れているので、誰でも聞きなれているところがあるし、僕もいしいひさいちや中島らもを通して大阪の文化に多少の憧れはあったのだが、自分がその中に入っていけるかどうかは別の問題で、今日、大阪ドームで会う事になっている「PC-VAN 野球SIG」のSさんのようなネイティブの大阪人とも、普通に馴染めるか若干の不安があった。今までの傾向からすると、僕は四国、九州人とは比較的相性が良く、関西、東北人とは波長が合わない傾向があるように思える。別に、人の出身地によって態度を変えたりという事は全然ないのだが。

2階からの眺め。下手をすると右翼手が見えない場合があり、確かに視界はよくない。

 東京と違い、大阪はその玄関とも呼ぶべきターミナルが北にあるので、北陸から南下して来た僕にはいかにも「入口」という感じがする。しかしそこから少し離れると、街全体が東京の下町の雰囲気に近くなる。弁天町で地下鉄に乗り換え、阿波座のホテルに腰を落ち着け、そこから歩いて大阪ドームを目指す。
 公園に商店街、どこにでもあるけど初めての風景が新鮮だ。間違ってもファッション雑誌は取材に来ないであろう景観に心が和む。大阪市交通局は、東京ではほとんど見られなくなった年代ものの建築。レトロ好き者らしく感激していると、そのすぐ向こうに大阪ドームの近代的な威容が凄いコントラストを醸す。
 さてその数時間後、優勝に向けて意気上がるレフト側ホークス応援団を、閑散とした対岸のライト側から眺める男二人。5位のファイターズファンと6位のバファローズファン。「楽しそうやな」とバファローズファンがつぶやく。彼がSさんで、ファイターズファンは撲だ。
 Sさんは藤井寺在住の、バリバリのバファローズファン。僕は、ホークスには特に恨みはないが、ホークスに優勝されると、ファイターズが「日本で2番目に優勝から遠ざかっているチーム」になってしまうので、あまり簡単に優勝させたくなかった。したがって「一日近鉄ファン」として、応援団のいる所でにわかに盛り上がってみたかったのだが、一階席にいるとスコアボードが見えない。大阪ドームは、野球場としてはあまり視界がいいとは言えないとは聞いていたが、身をもってそれを実感する。

チケット売り場。東京ドームと雰囲気が変わらない。こういうところにいちいち「大阪っぽさ」を求めるのは不毛だろうか。

 仕方がないので2階の外野寄り内野席に移動するが、これが結構大変で、Sさんにわざわざここまで来てもらうのが申し訳ないような気がするほどだ。試合開始直後、Sさんから携帯に連絡があって、裏手の通路で待ち合わせをする。人気のない通路(わざわざここまで来る人は少数派)でご対面するまでの間、既に先発・佐野は井口に初回先頭打者ホームランを打たれていた。いきなりそれをSさんに伝えるのが心苦しかったが(笑)、彼は飄々とした人物で、笑って受け流すのだった。
 バファローズファンのSさんと、ホークスに勝たせたくない撲は、とりあえず一致しているが、試合の展開としてはバファローズ劣勢。こうなると目の前の戦いよりも、試合とは直接関係無い野球談議にウエイトが置かれるのが世の常である。「必ずこの話になりませんか?」とSさんが大阪弁で言う通り、贔屓のチーム同士で「誰をトレードするか」。
 どのチームのファンにも共通していると思うが、Sさんも例外なく「下柳が欲しい」と言う。代わりに誰をというと、高村を出してもいいと。先発のコマは欲しいが、考えてみると、下柳のような使われ方のできる投手は希で、エースの代わりができる投手はいても、下柳の代わりができる投手はいない。それを考えると、容易に下柳を出せないんではないかなどと話していると、四回には城島、ニエベスのホームランで5-1に。話は監督問題に及ぶ(笑)。

1階のバファローズ応援団。ここからだとスコアボードが見えないのだった。

 次期監督に梨田昌孝氏が内定しているバファローズだったが、鈴木前監督が辞めた時点で梨田氏にバトンタッチするのは既定路線だったという。しかしどういうわけか、今は佐々木監督がやっているので、次が梨田監督というのは、鈴木監督辞任の時ほど既定路線ではないが、それでも大方のファンにとっては梨田監督がベストらしい。佐々木監督も悪いところばかりではないのだろうが、悪い時はすべてがうまくいかない。ようやく佐野を諦め、ルーキー宇高に交代。
 バファローズはランナーを出すが返せない。昨日のファイターズを見ているようだ。非常に閑散としているドームで、ホークス応援団の一帯だけが賑やかである。いや本当に閑散としている。これなら東京ドームのファイターズ戦の方が入っているのではないかと言うと、「そうですよ」とSさん。大阪人は「飽きっぽい」のだという。僕は、大阪ドームでとりあえずお客が増え、それがチームに好影響を与え、バファローズに何らかの大きな変革をもたらすと思っていた。しかし藤井寺の方がよかったという声も少なくはない。もしかしたら「室内での野球」というものが大阪人の気質に合わないのかもしれないが、どうだろうか。

売店。きれいな通路。

 よく抑えていた宇高だったが、七回には吉永に一発。誰も優勝を信じて疑わないであろうホークス応援団。しかしあの応援団は「旧南海ファン」が占めており、夏休みの時期という事で何人かは福岡からの遠征組だろうとSさんは分析する。東京の僕にとっては意外な話だったが、大阪で潜在的に最も人気があったのは南海ホークスだったらしい。それに対して阪急、近鉄は人気がなく、僕が支持している「大阪近鉄」のネーミングも、Sさんに言わせると「大阪」と「近鉄」が矛盾しており、どちらかにするべきだという事らしい。
 そうか、すっかり忘れていたが、今、優勝を目前にしているのは、僕が野球ファンとなる頃には衰退の一途を辿っていたかっての南海ホークスだったのである。それがダイエーという巨大資本(今は大変らしいが)を得て「故郷」大阪で暴れている。因縁を通り越して「怨念」に近いものさえ感じてしまう。
 だからホークスの快進撃には、ただならぬ、鬼気迫るものを感じるのである。そして試合は7-2でバファローズの負け。ライオンズ、ブルーウェーブには優勝させたくないというSさんは「これでよよかった」という様子だったが、好きなチームがいいようにやられる光景は、実際に見せられればやはりいい気はしないだろう。僕といる手前、怒りをあらわにはできないのかもしれない。今の彼は、昨日の僕だ。

東京ドームにはファイターズのためのこんなコーナーはないのだ(悲)。

 二人でグッズの売店に行き、お土産に武藤のサインボールを買う。バファローズのためのグッズ店というものが存在するだけでも、ファイターズから見ると羨ましい。
 知らない街というのは、刺激的な反面、心細さもあるもので、ネット仲間が迎撃してくれるというのは有り難いものである。パ・リーグ好きで通じる者同士には、東京と大阪の相性とかはあまり関係のない事だった。(1999.8)

[追記]
 ホークスが福岡に移転してからこの年に優勝するまで10年。ようやく福岡のファンに受け入れられようというところだった。ファンもメディアも「福岡に移転したから強くなり、人気が出た」という趣旨の事を言うが、もし「大阪ダイエーホークス」で往年の強いホークスが復活していたら、低迷していた阪神をよそにパ・リーグの人気を引っ張っていたかもしれない。もともと人気のあった南海が大阪を去らねばならなかったのは関西球界の悲劇だった。これから5年後には近鉄が消滅。今思うと貴重なものを観た。

「PC-VAN 野球SIG」というのは、今は亡きパソコン通信PC-VANの、野球ファンの集まりだったのだが、どこかの掲示板とかコメント欄からは考えられないほど参加者のマナーが良いコミュニティだった。

「大阪近鉄」の矛盾とは、「近鉄」と「大阪」が包括関係である事が基かと思う。2008年に西武が「埼玉西武」になった時も同じ「矛盾」を抱えていた事になるが、当時私が感じた違和感は、単に自分が埼玉在住でなかったためのものだった。

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