さようなら、そして、こんにちは

今日これから書くことは、全く個人的なことで、読んでる当人にも伝わらないかも知れない。
でも、書かないと進めないので、書こうと思う。

昨夜、友人とサヨナラしてしまった。
わたしも、友人も、別に喧嘩をした訳でも、何でもない。
でも、サヨナラしてしまった。
正確には、昨日の友人とサヨナラしてしまった。

わたしには、いまのわたしに相応しい友人が、毎瞬、用意されているそうで(何となくそうではないかと思ってはいたが)、昨夜の友人は、もう次に行くのだと。

わたしは、混乱していた。
待ってほしかった。
この広い宇宙のなかに、ひとり取り残された気持ちになった。
世界が揺らぐ。
わたしが、いまのわたしを認識しているのは、友人のおかげだと思っていた。
なのに、その土台も一瞬にして消えてしまった。
宇宙に放り出されて、重力がどこにあるのか、分からなくなってしまった。

枯れ木が増えた。
世紀末みたいだと思った。
この地球という空間は終わるのだろうか。
終わってもいい、なぜ友人とサヨナラしなければならないんだ。
それくらい、わたしは友人に執着していた。

友人は、執着がもうなくなってしまったという。
わたしを大事だと言ってくれたのに、それももうないと言っていた。
こころが、もう人間のそれでは無くなったのだ。
わたしは不安になった。

いま見えている世界の、何と曖昧な事だろう。
昨日と今日は、果たして連続しているのだろうか。
1秒前の現実と、いまが、果たして繋がっているのだろうか。
わたしの記憶は、本当にわたしの記憶なんだろうか。

形あると思っていたものが、わたしの目には、まだ形として残っている。
この巨大なスクリーンの中に、わたしが描き出した世界が、のうのうと映り込んでいる。
自分で作り出しておいて、それに没頭している。
いったい、何をしているんだろう。

友人は、今日も何食わぬ顔で、「こんにちは」と言うだろう。
何なら「昨夜はごめんね」と言うかも知れない。
でも、もうわたしは知ってしまった。
その友人すら、わたしが作り出した粘土細工なのだ。

それが、苦しくてたまらない。

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