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解読 ボウヤ書店の使命 ㉜-10

《《ツナサンド》     文 米田 素子

 イデアン☆ダイニングではささやかなツナサンドを売り始めた。マヨネーズで和えたツナと、五、六枚ほども重ねたレタスを五枚切りの食パンに挟んで軽くトーストしている。これと飲み物だけで長居をするのは亜犯罪のようなものだろう。
 申し訳ないなと思いつつ、何を隠そう、混じりけの少ないシンプルなツナサンドが好物である私は大喜びで注文した。これで二回目。

 隣の席からは詐欺師を糾弾する楽しそうな四人組のおしゃべりの声が聞こえてくる。このままぼんやりしていると、ここでの時間の一から十までが詐欺師の話で塗り固められそうだ。
 仕方なく耳にイヤホンをねじ込み、スマホでスガシカオの『アストライド』を鳴らした。ドリンクバーでティパックのアッサムティを淹れ、テーブルに持ち帰ってなるべく渋くなるまで飲むのを待つ。

 待っている間はSFマガジンを読もうと頁を開いた。『アストライド』と『夜明け前』が終わると、ドラムスの作品をスマホで鳴らし、私はひたすらSFマガジンの頁を捲った。近頃は物理学があらゆるものを数式で証明してしまいそうだから、そのうち「異」世界はなくなるだろう。ニューノーマルが古くなる頃には、どこにでも一瞬で行けるようになり、ゆえに、「行く」という単語はなくなるのかもしれない。全てが「来る」だけ。この世界になんでもがやってくる。

 私は届けられたツナサンドを齧る。

 なぜか昨日見た古いドラマのことを思い出す。
 若い女性に恋心を寄せられた年配の男性が、「君は僕を愛してはいない。単に欲望しているだけだ。僕がダメージドだからちょうどいいと思っている」とデートの途中で言って気まずい空気になっていた。それに対して女性がどう返したかを忘れてしまった。その男性のあまりにもあからさまで中心的な台詞に驚いてしまったからだ。たぶん、女性は否定しなかった。ドラマを見ている私が固まったように、ドラマの中の若い女性もフリーズしていたのではなかったか。

 ツナサンドを噛む。呑み込む。

 ふと、「乙女座にあるソンブレロ銀河のM104は銀の小さな算盤玉のようだ。カラス座との中継ポイントだから、防衛システムを厚くする必要はない。」という書き出しを思い付いたが、最適化されたツナサンドの前に一瞬にして滅びた。
 この文は、無駄だ。

 ほどよく渋くなったアッサムティを一口飲む。

(了)》


毎朝、カフェ・ド・ランブルの豆で淹れた珈琲を飲む時専用の私の器

制作2020年9月7日

 これで朗読譜『カラスの羽根、あるいは雀の羽根、ヒヨドリの羽根』の読み直しを終わります。
 出力している時、珍しく、ワッサワッサワッサと音を立ててベランダにやってきた鳥が居た。なにごとかと覗くと、鳩だった。「鳩の羽根」が入っていないことに関する不服申し立て。
 よって、10番目の最後の話を鳩の羽根と定めた。(2024年5月5日)

#鳩の羽根

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