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連載小説 星のクラフト 6章 #4

 オブジェは主に木で出来ていた。薄く切って板になったもの、角材を裁断したもの、樹木の皮、楊枝のごとく細い棒。
 森が豊だったから、あっという間に見つかるだろうと考えていたが、それは全くの誤算だった。風に吹き飛ばされた落ちてきた枝や、剥ぎ取られた樹木の皮は豊富にあったが、人工的に用意された板や角材、楊枝はない。
 ランは地面や樹木の上方をじろじろと眺めながら、びっしりと落ち葉の歩き積もっている林の中まで歩き回ったが、一時間歩いてもこれといった成果はなかった。
 気付くとずいぶんと森の奥まで到達していて、これ以上行くと、ホテルの屋根上に掲げられた紋章が見えなくなるところまで来ていた。
 ――道に迷ってもいけない。
 振り返ると、すでにどの方角から来たのかわからなくなりそうで、恐怖心が芽生えた。ささかな恐怖心のようだが、身体全てが凍り付きそうで、自身でも血の気が引くのに気付いた。
 ――森というのは、侮れないな。
 21次元では完璧にコントロールされているとしても、歩道を逸れて歩く人のことまでは想定していない。21次元であっても、歩道からはみ出して歩くのならば、それは0次元地球の野生の森と同じだ。
 ――あぶなかったな。 
 反省し、どうにか戻れそうな位置で折り返そうとしたことに感謝し、帰路に着こうと一歩進めたところで、甲高い鳥の鳴き声を聞いた。
 ――インディ・チエム?
 即座にそう思った。一度聞いたら忘れられない、心の真ん中をハッとさせる切ない響き。
 立ち止まり、樹上を見上げると、葉が激しく揺れる場所があった。どうやら、そこに鳥がいるらしい。
「インディ・チエム?」
 ランは鳥に向かって呼び掛けた。それに応えるかのように、また甲高く、透き通った響きで鳴いた。そして、帰路の方角に向かって素早く飛行し、数メートル先の樹木に止まる。
「案内してくれるのか」
 ランは微笑んだ。ホテルの紋章を目指していれば、大幅に迷うことはないはずだが、インディ・チエムが導いてくれるのなら心強い。
 少しずつ先に飛ぶインディ・チエムの後を辿るようにして、ランは森の中に作られた人工的な歩道に出た。少し先には、あの盗聴機構から逃れている樹下のテーブルがある。インディ・チエムはそこまで飛び、テーブルの角に止まって、柔らかな声でこちらを呼ぶように囀った。
「ありがとう、インディ・チエム」
 テーブルまで歩いていくと、インディ・チエムはその上の樹木の枝に飛んで逃げ、わざわざ導いてくれる親切心にそぐわない厳重過ぎる警戒心を剥き出しにした。
 ――クラビスにしか懐かないのか。
 樹木は濃い緑で、そこにいつまでもクリーム色の鳥が止まっているのは危険な気もした。
「インディ・チエム。おいで」
 手を伸ばし、呼び掛けても、テーブルには降りてこない。
 ふいに、机に人の影が横切った。 
「インディ・チエムは警戒心が強くてね」
 後ろから声が聞こえる。見ると、クラビスだった。
「クラビス。居たのか」
「僕がインディ・チエムに案内するように頼んだのですよ。散歩をしていると、ラン隊長が小道から外れて林の中に入っていくのが見えましたのでね。ややもすると、ラン隊長はもっと森の奥に入って行きそうに見えたから」
「もう隊長と言うのはやめてくれよ」
 ランはむっとした。「任務は終わった」
「わかりました。呼び捨てでいいのでしょうか」
「そう。ランと、それでいい」
「では、ラン様、何か探していらっしゃったようですが」
 まだ様を付けているが、すぐに呼び捨ても難しいのだろう。
「作りたいものがあってね。その材料が落ちていないかと探していた」
 嘘をつく必要もない。
「どのような材料?」
「薄い板や、角材、極細に削ってあるもの」
「そんなものは、この森に落ちていませんよ」
 クラビスが笑いながら言うと、インディ・チエムもクククと囀る。
「探し始めてやっとわかりましたが、それはそうでした。この森は0次元よりもむしろ、ゴミのない、人間のいない本格的な森を演出してあるらしい」
 癪に障るが仕方がない。
「どうして、そのように人工的な材料が必要なのでしょう」
 クラビスは笑うのを止めた。
「オブジェ、見ただろう? 0次元の建物が崩壊した後に突如として現れた絵画と共にもたらされた、あのオブジェ。あれと同じものをそっくりに作りたくてね」
「どうして?」
「理由は聞かないでくれ。いつか話すが、まだ話す段階ではない。それより、そういった人工的な木材を手に入れる場所を知らないかな。知らないだろうね、クラビスもここに来たばかりなのだから」
 ランはイラついてテーブル板を指でコツコツと叩いた。
「ありますよ、手に入る場所。お連れしましょうか」
 クラビスが言うと、インディ・チエムが興奮したかのように鳴いた。
「あるのか。どこに?」
「森の奥です。僕はここに来てから数日間いなかったでしょう? あのバスルームに《名前》と書いて姿を消していた間。あの時、この辺りを散策していました。インディ・チエムがいれば怖くないから、森の奥まで行ってみました。そこに、仰っているものはありますよ」
「今からでも行けるのか」
「もちろん」
 そう言うが早いか、クラビスは立ち上がった。

つづく。

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